序章 零れる花びら
「で、これはどういうことかな?あ・ら・た・君?」
内野さん、めっちゃ怖いっす。顔めっちゃ笑顔なのが余計に怖い。
「えーと、その、見ての通りです‥‥‥」
陽葵が困ったようにこちらを見る。
現在、新太たちは半ば強引に近くのファストフード店に連行され尋問されていた。主に新太の方が。
「じゃあ二人はその、お付き合いしてるってこと?」
「えーと、まあ、そうですね」
「死ね」
「え?」
俺の聞き間違いじゃなければ今コイツ死ねって言わなかったか?
「ねぇ、灰鹿。紐なしバンジーと沸騰風呂どっちが良い?」
やっぱり死ねって言ってやがった。
「いや、それどっちも死ねって言ってるじゃねぇか。なんだよ沸騰風呂って」
「それもそうね。あはは、ごめんごめん。じゃあ死ぬのと殺されるのどっちが良い?」
「いや、もう隠す気もないね。死ぬしかないね、それ」
だから怖いんだって。もう笑顔ですらないよ。ねぇ、真顔やめて?こっわ、もう声しか笑ってないんだけどこの人。
「美月が手を汚す必要ないよ、このゴミは私が捨てておくから」
いや、女子高生の言葉使って?あと、言い過ぎにも限度があるだろ。
「というか、なんでこんなに責められてるの俺」
「それは、こーんなに可愛い陽葵をだまして、付き合うなんてサイテーだからよ」
陽葵に抱きつき、頭を撫でながら日奈子が話す。
「おいー?」
なんでいの一番にだますなんて発想が出るんだよ、お前らの方がよっぽど最低だよ。
「大体、あんたみたいのと、こんなに良い子の陽葵が付き合えるわけないでしょ」
追い打ちとばかりに美月が口撃をする。
「あのぅ、さっきからあまりに酷すぎません?僕に対して」
終いには泣くよ?
「陽葵?ちょっと私と一緒にトイレに行こうか」
「え?ちょっと雪奈ちゃん?」
「いいからいいから」
言われるがまま雪奈に陽葵が連行されていく。
まずい、そうなると今この場に残るのは、内野とまきひなと吉田さんと俺。
これ本当に殺されるのでは?
「はぁ、じゃあ灰鹿」
「ハイ」
理不尽には常日頃から慣れているつもりだったが、今回はあまりに理不尽だろ。
これが社会か――。南無三。新太はそう覚悟決めた。
「あんた、陽葵の何処が好き?」
「え?」
「いいから答えて」
新太は予想外の質問に戸惑った。だが、答えないことには終わらなそうな雰囲気だ。
陽葵の好きなところか、正直たくさんある。でも何か一つ上げるとするなら何だろう。
「顔とかはダメだからね」
「分かってるよ。――そうだな、他人のために一生懸命になれるところかな」
「「ん?」」
三人はキョトンとして新太の方を見つめる。
「陽葵は自分のためじゃなくて他人のために泣いたり笑ったり傷ついたり励ましたりするんだよ。人一倍。そういうどこまでも優しいところが、好きかな」
なんかコレめちゃくちゃ恥ずかしいな。
「おえっ、禿げそうになるわ」
「つまんないわね」
コイツ等もう殴っていいかな?
「私は、とても素敵だと思います」
「吉田さん~」
やっぱり吉田さんは良い人だなー。それに比べてこいつ等は……。吉田さんの爪の垢を煎じて飲ませた方が良い。いや、吉田さんに爪の垢なんて無いんだろうけど。
「まあいいや、じゃあ灰鹿トイレ行ってきなさい」
「え、なんで――」
「い・い・か・ら」
「ハイハイ」
なんなんだよ、コレ。
新太は反抗する事無くトイレへ向かった。
トイレに向かう途中に陽葵と雪奈の二人とすれ違う。
新太は陽葵と目を合わせ苦笑した。
さて、半強制的にトイレに行かされた新太だったが、むしろ都合が良かった。
何故なら、今の状況を再確認できるからだ。
そう、新太はずっと疑念を抱いている。
なぜ、ここに女子のグループがいたのかということを。
前回通りならこの時間にここで遭遇することなんてありえないはず。第一それを狙って場所の変更をしたのだから。
でも、実際あいつらはここにいた。どうして?
考えられるのは、新太が関わったことで目的地が変わったということ。
だが、新太が原因であの四人の行動を変えるようなことはないはず……。なら何故?新太の顔にどっと脂汗が滲む。
嫌な考えが新太の頭を支配していく。
いや、落ち着け。まだ断定できたわけじゃないんだ。決めつけるには早計だ。
新太は顔を洗い、深呼吸する。大丈夫だ、そんなわけないんだ。
『運命が定められている』なんてそんなはずがない。
新太がトイレから出ると女子たちは未だ会話を続けていた。
今戻るとまた文句を言われそうなのでもう少し時間を置くことにした。
「ねえ、陽葵は灰鹿の何処が良いの?」
「ええ、はずかしいよぉ」
会話が聞こえてくる。
どうやら新太と同じ質問を陽葵にもしているようだった。聞くのをためらったが、それは前々から気になっていたことであったため、新太は聞き耳を立てる。
「私たちはね、あんたが心配なのよ。本当に灰鹿でいいのかってこと」
確かに、陽葵はどうして俺なんかの告白を受けてくれたのだろうか。
陽葵は容姿が良く、人柄もとても良い。今まで陽葵のことが気になっているといった男子も多くいた。
だからこそ、新太も一度聞いてみたかったのだ。
「新太君の好きなところかぁ、良いところ見せようとしてから回っちゃうところとか、たまに寝ぐせがついているところとか、寝顔がちょっと可愛いところとか――」
いや、そこ?なんか恥ずかしいんだけど。
「分かった分かった、でもあたしたちが聞きたいのはそういう感じのやつじゃなくて……」
そうそう、そこだよ。
「全部だよ」
「えっと…具体的には?」
「全部。全部好きかな」
えへへ、といって照れ隠しをする。
「はあ、分かった‥‥‥。私たちの負け、降参するわ‥‥‥」
この時、新太自身はどんな顔をしていたのだろうか。
それは分からなかったけど、今まで衝撃的な現実を突きつけられ疲弊していた新太の心が癒されていくのを新太は感じた。
しばらく会話が続いていたが聞く気は起きなかった。会話がひと段落着くタイミングを新太は待った。体の火照りがさめるまで――。
「もういいのか?」
「まあ、今日のところはこのくらいにしといてあげる」
なんだこの迸る雑魚キャラ感‥‥‥。
「……新太」
「ん?」
最後に雪奈に声をかけられる。
「陽葵を泣かせたら許さないからね」
「……ああ、それは任せろ」
新太は強く返事をした。
「かっこつけんじゃねー」
「そうだそうだ」
「ぐっ‥‥‥。いいだろそんくらい」
だが、美月と日奈子に野次を飛ばされ調子が狂う。
「じゃあ、俺たちは行くわ」
「バイバーイ」
陽葵が四人に大きく手を振る。
今は余計なことは考えず、陽葵が楽しめることだけ考えよう。
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