序章 はじまりのおみくじ
デート当日。
今日は世間ではゴールデンウィークであり、駅にはたくさんの人の群れが渦巻いていた。
まだ五月だというのに日差しは強く照り付け、気温は25度に達していた。
13時に駅前と待ち合わせしていたが、これなら午前中からの方が良かったか。
新太は15分前に駅前に到着し、陽葵を待っていた。
これほど暑いとは思っていなかった。外を歩くのは極力避けたいな。
そんなことを考えていると、携帯が鳴った。相手は陽葵だ。
「陽葵?どうした?」
「うん陽葵です、今着いたからどの辺にいるかなって」
「ああ、エスカレーターの近くにいるよ」
ヤバイ、なんか緊張してきたな‥‥‥。
新太は二回目でも緊張している自分に成長しないなと呆れてしまう。
「分かった、えーと‥‥‥あっ」
と直接、「おーい」と聞こえた。
その声に新太は一呼吸置いてから振り返る。
「新太くーん、ごめん待った?」
「いやーもう超待った。あっついよ」
「もう、そこは『いや、俺も今来たとこだぜ』ていうとこだよ?」
それは、「だぜ」までがセットなんですかね?
「嘘々、時間よりも早いだろ?そんな待ってないよ」
「ふふ、じゃエスコートしてもらおうかな」
「ハイハイ」
新太は陽葵の方を見る。
黒のオフショルダーシャツにベージュのプリーツスカートを合わせ、ベレー帽をかぶっている。
とてもよく似合っている。そのせいか新太は緊張してしまう。
「陽葵」
「ん?」
言おうか言わまいか迷いつつも、新太は口を開く。
「に、似合ってると思う」
「えへへ……ありがとう」
陽葵はうつむきながら感謝を述べる。
照れた顔も可愛かった。
「よし、じゃあ行こうか」
「そういえば、新太君どこに行くの?電車に乗ったけど」
「まあ、もうすぐ着くよ」
「着いてからのお楽しみってやつかぁ、なんだろう」
そう言って陽葵はこちらに微笑む。
(まもなく白山、白山に到着します――。)
アナウンスが響く。
「ここで降ります」
「え?ここ?白山って何かあったっけ?神社とか‥‥‥」
「そう、これから白山神社に行きます」
「何しに行くの?」
「お参りだよ。神頼みってあんまり好きじゃないけど、これから二人が上手くいくようにとかさ」
陽葵が立ち止まる。
「陽葵?」
「うん、それすごい良いと思う!ねぇ、おみくじしようよ。どっちが運良いか勝負しよ?」
「良いよ、やろうやろう」
陽葵が喜んでくれている様子を見て、ホッと胸をなでおろす。
しかし、これは陽葵というよりも自分のために考えた場所であった。
神の存在なんてもちろん信じてはいないけれど、信じざるを得ないようなことが実際起きてしまっている。
だから、神頼みでもなんでも新太はできることは全てやっておきたかったし、その方が気持ちも楽だった。
「そういえば、今白山祭りがやっているから屋台とかもあるよ。まあこの暑さだから長居はできないけど」
新太は今日祭りがやっていることを既にリサーチ済みだった。
「あ、じゃあおみくじの運勢が悪かった方が何か奢るっていうのは?」
「乗った」
陽葵の提案に新太は乗ることにした。
そうこう話をしているうちに、目的地である白山神社に到着した。
神社は予想以上の人で賑わっている。
「うわー、すごい人混みだね。新太君」
「そうだな、こんなに混むのか白山祭りって‥‥‥」
あまり長居はできそうになさそうだ。
「じゃあ、さっさとお参りしておみくじを引いて来よう」
「……ねぇ、新太君?」
「何だよ?」
「その、凄い人混みだから……さ?」
なんだろう、陽葵が妙にモジモジしているようだ。
「うん?」
「だから…その、手繫いでも、良いかなって‥‥‥」
「え?」
この時、新太は自分がすごい顔になっていることに自分でも気づいた。
それを隠すように顔をそむけて答える。
「も、モーマンタイ」
咄嗟に反応したため返事が気持ち悪くなってしまう。
だが、恐る恐る手を陽葵の方向へ伸ばす。陽葵の手もこちらに伸びる。お互い顔をそむけながら。
そして、その手が触れ合う。
陽葵の手はとても柔らかかった。新太はその手を優しく、でも離れないようにしっかりと握った。
「えへへ、じゃあ行こっか」
新太たちは境内を目指して歩き始めた。
やはり人が多く参拝するにも並ぶ必要がある。
「見てただけでお腹すいちゃうよ~」
「そうだな、気になる屋台も何個かあったな」
待っている間、新太と陽葵は他愛のない会話をしていた。
その間も二人は手を繫いだままだった。
しばらく時間が経ち、ようやく新太たちの番が回ってきた。
新太は財布から45円を取り出す。
これは、昨日デートについて調べてた時に得た知識で「始終ご縁がありますように」という縁起の良いお金なんだとか。
そして勢いよく賽銭箱に投げ込み手を合わせる。
新太は『陽葵がこれから先、幸せになれますように』と、そう願いを込めた。
横を見ると既に済ませていた陽葵がこちらを見ていた。
「よし、じゃあおみくじ買いに行こうか」
「うん」
そう言うと、二人はおみくじを買いに向かった。
「そういえば、新太君必死にお願いしてたみたいだけど、何をお願いしたの?」
「ん?ああ、お願い事って言うと叶わないらしいよ」
「え、そうなの?じゃあ聞かないでおこうかな」
新太は、楽しそうな陽葵を見て思う。この頃の陽葵はおそらく、まだ自殺を考えてはいないと。
きっといつか、その分岐点があるはず。
まず新太自身がすべきこと、それは分岐点の回避だ。
でも、それは一体――。
「新太君?」
「は、はい」
「なんかボーっとしてたけど大丈夫?」
「あ、ああ、うん。大丈夫」
「着いたよ、おみくじ」
気付けばおみくじを売っている店の前に着いていた。
「よし、じゃあ買おうか」
ようやく二人はおみくじを買った。
「じゃあ、せーので開けるからな」
「あっ……」
陽葵が既に開けてしまっていた。
「ふっ」
「もぉー!何で一回フェイント入れたの!?開けちゃったじゃん!」
「あははは、ごめんごめん。俺もすぐ開けるよ」
多分、陽葵のこういう少し抜けているところもまた、人を引き寄せる要因の一つなのだろう。新太はそう思った。
「どうだった?」
「俺は……小吉、微妙だなー。陽葵は?」
「ふっふっふ。じゃーん!大吉だったよ」
「マジで?すごいじゃん。何かいてあるか読んでみようよ」
「えーと、なになに、願事、首尾よく叶うしかし油断すれば破れる。待人、すぐ傍にいる。争事、人に協力求むれば吉。恋愛、愛情を信じなさいだって」
「おー、なんか大吉って感じだ」
「新太君は、なんて書いてあったの?」
「えーと、願事は諦めずに成し遂げれば結果はおのずとついてくる。待人、遠くない内に来る。争事、時には戦うべし。物騒だな‥‥‥。えー恋愛は、愛情を信じなさい」
新太と陽葵は顔を見合わせて笑う。
「恋愛は一緒かぁ。なんか運命、みたいで嬉しい」
「‥‥‥そう、だな」
改めて口にするとなんだか照れくさい。
「じゃあ、約束通り奢ってもらうからね?新太君」
「まあ約束したからな」
「何にしようかな~」
やっぱり陽葵と話すのは楽しいと新太は思った。
二人は屋台の方へと向かおうとした。
「仲良いですね。そこのカップルさん」
どこからか声をかけられた。いや、別の人か?
「君たちだよ。さっきおみくじを買った」
先ほどおみくじを買ったカップルとは新太たちだ。どうやら新太たちに声をかけていたらしい。声のした方を振り返る。
そこにはフードを深くかぶり、マスクをしたいかにも怪しい女性の姿があった。
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