序章 よりよい未来へⅠ
「おせーよ、二人とも飯終わっちゃうよ」
「悪い悪い」
いつも通り新太、梗平、大輝、夕、大智の五人で弁当を食べていた。
しかし、今日はクラスの女子にも絡まれた。
「灰鹿どうしたん?グレた?」
「グレてねぇよ」
最初に声をかけてきた女子はよく陽葵とつるんでいるうちの一人、内山美月(うちやまみづき)である。明るく誰とでもフランクに話している。新太ともよく話をする仲だ。
あと、いろいろな意味で存在感がある。幅とか、ウェイトとか‥‥‥。
陽葵は基本的には五人と一緒に行動していることが多い。今紹介したほかに、少しバカだが、そのおかげで誰とでも仲のいい巻日奈子(まきひなこ)、通称「まきひな」、優しくてマイペースな清楚系で、クラスで、密かに人気を集めている吉田千種(よしだちぐさ)、そして、陽葵の親友であり、クラスの中心人物で、いの一番に名前が上がる青山雪奈(あおやまゆきな)。
「二日連続ってヤバイよね?サルでもやらないよ」
お前にだけは言われたくねえよ。
と「まきひな」こと巻日奈子がここぞとばかりにいじってくる。
「口悪すぎない?ねぇ」
日奈子は、あははと笑っている。
「どうせサボりでしょ?」
「間違いないな」
「当たり前じゃん」
美月に続いて、大輝と夕も好き勝手に新太をいじる。
「酷すぎないですかね‥‥‥」
いつの間に俺の信用は地に落ちた?
もはや、新太に反撃の余地はなかった。
「どう思う?雪奈、陽葵、千種」
日奈子がほかの女子に振る。
また余計なことを、と新太は内心思う。
「……まぁ、たまにはそういう日もあるんじゃないですか?」
「吉田さ~ん」
「千種、いいのよ。このバカに気なんか使わなくて」
「おいー?」
新太は最後の希望と言わんばかりに陽葵の方を向く。
「……新太君」
「はい」
「遅刻はダメだよ?」
陽葵が笑顔で返してくる。その笑顔が逆につらい。
「え、なにこれいじめ?」
まあ、一見からかいに来たようにしか見えないが、おそらく新太のことを気にかけているのだろう。多分?いや、なんかただバカにしに来ただけのようにも思えてきた。
このように他愛のない会話をしているうちに、昼休みは終わりに差し掛かる。
だが、新太にはまだすることがあった。
そう、デートのお誘いである。
スマホのやり取りでもいいのだが、やはり直接言ったほうが良いと新太は思った。それに早いほうが予定も埋まってないだろう。
だが、これだけ人が集まっていては伝えづらい。何より大輝たちにバレてしまう。
新太はずっと機会を伺っていたが、このままでは昼休みも終わってしまう。
しょうがなく新太はノートから一枚ページを切り離し「週末二人で出かけないか?詳細はスマホで」と書き残した。
チャイムが鳴り談笑も止み、それぞれが自分の席へと戻っていく。
新太は怖気づきそうになるのをこらえて声を振り絞った。
「陽葵」
「はい?」
「これ、時間のある時に見といてくれ」
「うん?わかった」
無事渡すことが出来てホッとした新太だった。
新太は何か大切なことを忘れているような気がしたが、新太がそれに気づくのはまだ少しさ――。
「新太ー、反省文いつ書くんだ?」
「ホアアアア」
声ではない何かが出た。
時刻は18時を迎え、辺りはすっかりと暗くなってしまった。
新太はというと教室に一人で居た。
なぜこんなことになっているかは明白である。
あの鬼のような反省文が原因だ。
新太はやっとの思いで四枚を仕上げ、少しばかり休憩をとっていた。
何もない時間は嫌でも今の状況について考えてしまう。
一年前の初めてのデートの際は、新太は直接言うことが出来ずにスマホで誘った。
そして今日、新太が直接言うことにしたのは「そのほうが良い」と思ったからである。
しかし、デートの日にちは変えていない。
このように新太は自分の中で一つのルールを設けていた。
それは、変えるべきだと思った過去の出来事だけを変え、基本は一年前と同じように生活するといったものである。
この二日間で、新太が関わることで一年前の時と違う結果になることが分かった。
だが、まるで違う行動をしてしまうとその後がまるで読めなくなってしまう。
そう考えた新太は、このルールを思いついたのだった。
さて、問題はデートの内容である。
一年前は、確か映画を見に行き、ご飯を食べ、買い物をした。いかにもありきたりなデートである。
今の自分ならどうするだろうか。やはり重要な出来事は慎重にならざるを得ない。過去を改変しないように同じ内容を選ぶのか、それとも――。
「あ、新太君」
ハッと我に返り、呼ぶ声の方向に振り向くとそこには陽葵がいた。
「陽葵?何でこんな時間に?」
「あはは、私は親が迎えに来るのを待ってたところ。新太君は……あー」
「見ての通りですよ」
「ダメだよ、ちゃんと学校にはこなきゃ」
「返す言葉もねぇ‥‥‥」
「それにしてもすごい量だねー、陽葵も一緒に考えてあげよっか?」
「お、助かる」
こうして、陽葵も一緒になって、反省文の案を出し合った。
何気ない時間が過ぎてゆく。他愛もなく、ほっといてしまえばすぐに消えてゆくような、だが今の新太にとってはかけがえのない時間が――。
そんなこんなで五枚目も残りわずかとなった。
まあ、もうどうしたって十枚は不可能なのだが……。
昼休みやってたとしても到底終わるとは思えない。
「ところでさ、お昼のアレなんだけどさ……」
「アレ?ああ、見てくれたんだ。どうかな?」
陽葵の方に目をやると、なぜかきょとんとした顔を浮かべていた。そしてすぐにむくれた顔になった。なんかちょっとおもしろいな。
「ん?どうしたんだ陽葵?」
「いや、新太君があまりにも普通そうだから……」
もそもそと喋っているせいか最後のほうが聞き取れない。
「何?」
「だから!新太君が普通そうだから陽葵だけ緊張しちゃっててバカみたいじゃん!」
それを言われてやっと気づいた。
そうか緊張していたのか。そう分かるとこちらまでドキドキしてしまう。
終始無言が続き、先に打開したのは新太の方だった。
「だ、大丈夫そう?」
「う、うん……」
とりあえずは一安心だ。と新太はホッと胸をなでおろす。
なんだろう急に気まずくなってしまった。
そのままうつむいてしまう。
「新太君」
「はい、なんでしょうか!?」
ついつい敬語で返事をしてしまい、慌てて陽葵の方を向く。
すると、先ほどまで驚いたり、むくれたり、動揺したりしていた陽葵の表情が曇っているように見えた。
どうしたのだろうか。やっぱり何か用事があったのだろうか。
「何かいろいろ大変そうだけど、無理はしないでね?」
「……お、おお?」
心配してくれているだろうが何についての心配かは分からない。いろいろとは何だろう。もしかしたらここ連日の遅刻に対しての心配なのだろうか。
返事もあいまいになってしまった。
突然、携帯の着信が鳴る。
どうやら陽葵に迎えが来たらしい。陽葵が携帯の着信に応答する。
少しばかりのやり取りを終えてこちらに戻ってくる。
「じゃあ、楽しみに待ってるね」
「おう、まあ期待に添えるように頑張るわ」
バイバイと大げさに手を振る陽葵を見送り、新太は教室に戻った。
だが、新太はやけにさっきの陽葵の言葉が引っ掛かった。
いろいろ大変そうとは何かを暗示しているのだろうか。
確かに何かを忘れているような気がしている。その答えが出るのは早かった。
新太は時刻を確認する。
「…18時45分、あっ」
新太の中ですべてが一本でつながった、『反省文を出していない』と。
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