序章 木漏れ日

これが夢だということを理解するのにそう時間はかからなかった。

 

なんだろう小さいころの記憶だろうか。

俺によく似た男の子と、知らない女の子がいる。

泣いてる女の子を慰めているようだった。

会話がうまく聞き取れない。

 

「新太君は×××××××××××××」

「なんだよそれ」

「だって××××××なのに××××だから」

「いや……それは!」


なんだこれは。クソ、上手く聞き取れない。

 

「ありがとう。新太君。でも、×××××」

 

誰なんだあの少女は。

 

「じゃあね、新太君」

 

おい、ちょっと待てよ。

 

「ちょっと、待ってよ」

 

小学生低学年ぐらいに思える新太の呼ぶ声に謎の少女が振り返る。

 

「なんでだよ!」

 

小学生の新太が問うと??が答えた。

 

「本当に新太君は酷いね」

 

 




「新太?」

 

誰かが呼ぶ声が聞こえた気がする。

 

「新太」

 

気のせいか?

 

「新太!」

「ひゃい!」

 

驚いてたまらず目を覚ます。

 

「いつまで寝てんのよ。今何時だと思ってんの」

 

声の主は澪だった。

 

「なんなんだよ、朝から大声出して。どうせ七時半とかそんなだろ?だいじょうぶだって‥‥‥」

 

全く、大げさなんだよ姉ちゃんは。そういって時計に目をやると、針は既に数字の九を指していた。

 

「おい?」

「何よ?」

「なんでもっと早く起こさないんだよ」

「自分の力で起きなさいよ」

 

それに関してはぐぅの音もでない。

 

「いやそれにしたって限度ってもんがあるでしょ?仮にもあなた去年まで学校行ってたよね?」

「なんで、私があんたのために七時に起きて声かけなきゃならんのよ」

 

全く悪びれる素振りがない。まあ大学生だからこいつはしょうがないとして、親はどうした親は。あんたらの息子、二日連続で遅刻してんだぞ?

ふぅ。と小さくため息を吐き、新太は大きく息を吸って、

 

「くそったれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

叫び散らかした。



「灰鹿」

「ハイ」

「なんで私が怒ってるか、分かるよな?」

「……ハイ」

「言ってみろ?」

「二日連続で無断遅刻したからですかね?」

「だよな?理由はなんだ?」

「……」

 

まあ当然こうなる。

そして今、岩室先生に説教を受けている真っ最中であった。

ところで、先生の説教中に『どうして~~なんだ?言ってみろ』みたいな言葉がでるが、あれに対する答えがいまだに分からないのは自分だけだろうか。

なんて意味のないことを考えている。

こうでもしてないと怖すぎて耐えられないからだ。

いや、ほんとに怖すぎるって。どんな生き方したらそんな怖い顔になるの?

 

「はやくしろ、こっちだって忙しいんだ」

 

これは、ガチギレのやつだ。早めにそれっぽいことを言って切り抜けたいところだが。

しかし、仮に正直に『昨日は、一年後の世界から気づいたら一年前の昨日になっていて疲労がたまったせいで遅刻してしまいました』なんて言ってもふざけるなとか頭大丈夫かとしか言われないだろう。そして、おそらくなにをしても殴られるだろう。なんたる理不尽。

嘘やら言い訳は通用しないだろう。

新太は覚悟を決めて話を切り出した。

 

「……寝坊です」

 

どんなことを言っても信じてもらえるわけはない。言い訳にしか受け取ってもらえず余計に反感を買うだけだ。ならば、寝坊と言って殴られ怒られて終わったほうがマシだ。

結局ここでは、すべてを知るのは自分だけで、信じる人なんているはずがないということを知る。

岩室先生は意外そうな顔でこちらを見ていた。

 

「なにかあるのか?」

「え?いえ、寝坊ですよ?」

「私が何千人の生徒を見てきたと思ってるんだ。生徒の顔を見れば何かあったことくらいは分かる」

 

顔に出したつもりはなかったが、なるほど。長年教師をやっているだけあって生徒の些細な表情の違いもくみ取れるのかもしれない。

だが、それにしても、

 

「何千人って、一年で面倒見る生徒なんてせいぜい百人くらいだから……」

「あ?」

「すいません」


だから、それ。それ怖いんだって。そんなだから結婚が遠くなってくんだって。

 

「はぁー、まあ言いたくないんだったら言わなくてもいいが、学校にはちゃんと来い」

「はい」

「今回は、反省文だけ書いてそれでいい。だからそんな顔するな」

 

そんなに心配されるような顔をしていたのだろうか。

まぁ普段は置いといて、よく生徒のことを気にかけてくれる良い先生であることは確かなのだ。そういうところを出していけば、正直すぐに結婚相手くらい見つかるだろうに。

新太は内心そう思った。

 

「分かりました。ちなみにどのくらいっていう目安とかありますか?」

「ん?ああ、とりあえず十枚くらい書いとけ」

 

前言撤回。鬼かよ。この人はまだまだ結婚できない、絶対に。

 

 

「はぁー」

 

意図せずため息が出てしまう。

昨日は衝撃的な一日だったが、それでも良い出来事や新たな事実を知ることができ、なんだかんだプラスな一日だった。

それが一転して、今日は朝からツいてない。

そのことを新太は嘆く。

なにか重要なことを忘れてしまうし、朝は寝過ごすし、反省文十枚出されるし、と既に散々な一日だった。

 

「おい、二日連チャンで遅刻かよ?」

「なんだ、梗平か」

「どうした?大丈夫か?」

「大丈夫なように見えるのかよ」

「見えんな、んでペナルティは?」

「ん」

 

と言って、新太は気怠そうに十枚の原稿用紙をちらつかせる。

 

「うひゃー、マジかよ。鬼だな」

 

まったくだ。新太は心の中で同意する。

 

「それで?どうだったんだよ?」

「なにが?」

「とぼけんなよ。昨日連絡待ってたけどいつまでたっても返信来ないから」

「あー、昼休み言うわ」

「勿体ぶりやがって」

 

梗平は、終始にやついていた。そんなに人の不幸が嬉しいのか。

新太は一限には間に合わずに二限からの参加となった。

つつがなく授業は執り行われあっという間に昼休みになっていた。

その間、新太はそれとなく陽葵の様子をうかがっていた。

新太の席は陽葵と少し離れた左斜め後ろの席で最後列の一つ前に位置していた。そのため人を観察するにはうってつけの席だった。

特段、気になるようなことはなくいつも通り友達と楽しそうにしていた。

ちなみに、一度だけ目が合ったがすぐにそらされて若干傷ついた。

昼休みになり、周りは仲のいい集団で固まり弁当を食べ始める中、新太と梗平は教室を抜けていた。当然、新太が先延ばしにした結果を聞くためである。

 

「で、どうだったんだ?」

「成功だよ」

「マジ?その割にはテンション低くね?」

梗平にも自分が普通ではないことを指摘されてしまった。

どうやら分かる人には分かるようだ。

これからは、もっとうまくやっていかないと。新太はそう思った。

 

「そりゃ、これから反省文を処理しなくちゃならんからな」

「なるほど、それにしても新太もリア充かぁ」

「やめてくれ、そのリア充っての」

 

新太は前からリア充という言葉が好きではなかった。

なんだリアルに充実してるって、彼女がいないとリアルは充実しないのか。

 

「ていうか、梗平。お前だってその気になれば簡単に作れるんじゃないのか」

「嫌味か?否定はしないけど、いい加減な気持ちで付き合っても楽しくないだろ?」

「ちっ、贅沢な悩みだな。腹立つ」

 

本当に腹が立つ。けれども、顔が良いのはもちろんだが、梗平はまじめに人に接し、公平に判断する。そんなところに憧れる者も多いのだろう。

 

「良かったじゃないか。おめでとう」

「そろそろ戻んないと怪しまれるぞ」

 

そう言って新太はごまかすように教室へと足を向けた。 

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