序章 【あの日】
あの時と同じように放課後は少し陽が傾き春の心地よい風が教室に吹き込む。
教室には、俺と陽葵の二人きり。
新太は迷いなく陽葵のもとへ行く。
「陽葵」
「あ、新太君。今日は大変だったね」
えへへ。と陽葵がはにかむ。
「あー、まあな」
「で結局なんで休んでたの?」
「ちょっと頭痛で……」
「大丈夫なの?調子悪いならやめとく?」
なんかデジャブを感じるなぁ‥‥‥。
「いや、大丈夫。今日がいいんだ」
「そうなの?うん。じゃあ聞く」
今日がいい。それは梗平に脅されたからではない。今日が陽葵の誕生日だからだ。
前回はそれを知ったのは後のことだったから。
新太は、目を閉じて一度深呼吸をする。
そして、瞼を開き陽葵の方を真っ直ぐと見る。
すると、そこには涙目の陽葵がいた。
新太は不思議に思った。前回新太が告白したとき、陽葵は泣いていた。
それは、好きだった人に告白されたからだったはずだ。
だが、今陽葵は、新太が告白する前に泣いている。
以前の反応と違う陽葵に新太は戸惑った。
『陽葵は新太が告白することに気づいている?』
そう考えざるを得ない。そして、そのことが新太の選択を揺さぶる。本当にあの告白でいいのかと。
けれども、新太は変えないことを選択した。
逃げたとか、諦めたとかではない。
その言葉が今、新太の伝えられる一番の言葉だと思ったから。
「ずっと前から、あなたの事が好きでした。」
陽葵の目から涙が溢れる。
「陽葵……」
「――新太君は卑怯だよ」
「え?」
やはり【あの日】と言葉が違う。『卑怯』とはどういう意味なのだろう。
「えっと、ごめん……」
「ううん、嬉しいの」
陽葵が泣きながら微笑む。あの日と同じ笑顔で。
その顔を見て新太は自分の選択は間違ってなかったと思った。
こぼれる涙を抑えながら陽葵が答える。
「陽葵も新太君の事、大好きです。ずっと前から。こんな陽葵で良ければ最後まで傍にいさせてください。」
まさか、人生で同じ人に二回も告白するとは思っていなかった。と新太は改めて今の奇妙な状況にため息を漏らした。
告白後、教室で新太は泣いている陽葵を慰めていた。
「わかったから、頼むから泣き止んでくれよ……」
こんなところ誰かに見られたら絶対誤解されて殺される……。
「ひっく…」
嗚咽しながら、あふれてくる涙をぬぐう陽葵。
まあ、告白してここまで喜んでもらえると一年やり直していることを忘れてしまうくらいにはうれしい。
だが、新太にはなぜ陽葵がここまで喜んでくれているのか理解しがたかった。
正直、好きな人から告白されたからといってここまで人は喜べるものなのだろうか。まるでプロポーズでも受けたかのように喜んでいる陽葵を見て喜びを感じながらも新太は、ほんの少しの疑念を抱いた。
やっとの思いで新太は陽葵を落ち着かせることに成功した。
しばらくの間泣いていたせいか、陽葵は息を切らせてせき込んでしまっている。
既に陽は傾き、辺りは仄かに暗くなってきている。
新太は一年前と同じように、二人で帰宅しようと考えた。一年前は、緊張や恥ずかしさで上手く話せなかったのをよく覚えている。
しかし、今の新太には不本意ながら余裕を持っている。
だからこそ、誘うことにしたのだ。前回よりも良い結果にするために。
だが、その考えは次の陽葵の返事で全くの無駄骨となった。
「ごめん!今日は一緒には帰れない」
――時刻は19時となり、真っ暗な中新太は一人黙々と自転車をこいでいた。
そして、今日の出来事をまとめ頭の中を一度整理する。
まず、朝起きたら一年前の告白当日の朝に目覚めた。記憶だけそのままの状態で新太だけが。その後、学校へ遅れて行き授業を受ける。その際、この時間の陽葵と初めて会う。そして、放課後に陽葵に告白。
これが今日一日の流れである。
そして、今日一日で新太が確信したことは、未来は変えられるということだ。
今日の告白の時の陽葵の反応や、そのあとの帰宅の返事が確固たる証拠だ。
そう、当たり前だが新太の行動が変わるなら新太とかかわる人間の行動も変わる。実際、今日この時間に新太が一人で帰ったという過去は存在しなかった事実だ。
こんな当たり前の事実が、今の新太には何よりの励みになっていた。
もしかしたら結末は変わるんじゃないのかと。
まだ少し冷える春の夜が疲弊した新太の頭をやさしく冷やし、いつもよりも考えに集中できている。
だから、新太は考えてしまう。
『なぜ陽葵は自殺を選んでしまったのか』と。
答えは出ない。陽葵がいじめられていたとは到底考えられないし、死にたいほど悩んでいたようにも、新太の目には映らなかった。
だが、自分が見ている世界がすべてではないことを新太はもう知っている。
きっと自分が知らないところで何かが起きているに違いない。
だからこそ、まずは手掛かりをつかむ。それを突き詰めない限り未来が変わることはない。
これからの動き方を考えているうちに家の前に到着していた。
この時、時刻は既に20時に差し掛かっていた。
「新太遅いよ?ご飯は?」
「いや、今日はいい」
「あんた大丈夫?」
親の心配にいい加減に対応し、自分の部屋へ直行する。
とにかく今日は疲れていた。一日に処理できる情報の許容量をとっくに越していた新太はただただ眠りたかった。
荷物を放り投げ、着替えないまま布団に倒れこむ。
薄れゆく意識の中で、新太はこれからの出来事について振り返っていた。
おそらく、一緒に下校することを抜いて、最初のイベントは初めてのデートだったはずだ。
初デートは確か映画だったっけ。
ありきたりではあるな。
どこに行くのが最適なのだろうか。
どうしたらより良い結果になるだろうか。
そんなことを考えているうちに新太の意識は途絶えた。
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