序章 回春Ⅱ
授業が終わった。前に聞いたことがある授業のはずだが、全く記憶になかった。理由は明白である。その後に待っている告白のことで頭がいっぱいだったからだ。
そういえば、あの時の告白のセリフってなんだったっけ?
そうだ、『ずっと前から、陽葵の事が好きでした。』だ。
今振り返っても、この告白はなかったなと自分でも思う。
あの時も相当慌てていたこと、それでもこのかっこ悪い告白を心の底から喜んでくれた陽葵のこともよく覚えている。
そういえば、いつから俺は陽葵のことが好きだったのだろう。告白の『ずっと』とはいつのことなんだろう。と、ふと新太は疑問に思った。
新太と陽葵は高校一年で同じクラスになり、いつの間にか話すようになっていた。そして、気づけば陽葵のことが好きになっていた。けれどもずっと昔の事のようにも感じられた。
「何やってんだ、新太。サボりか?」
「うお、急に声かけんなよ」
考え事に集中しすぎて、不意を突かれた。
「いや、そんな急でもなかったんだが……。どうした、午前中休みなんて、しかも
無断欠席で。岩室先生完全にキレてたぞ」
確かにキレてたな。
「まあ、一身上の都合ってやつかな」
「なんだそりゃ」
こいつはクラスメイトの寺尾梗平(てらおこうき)だ。イケメン・バスケ部・人当たりよしというモテる三拍子を持つ非の打ちどころのない男。この全国のモテない男子の敵と俺は中学からの仲だ。
「お前さ、もし今の記憶を持ったまま戻りたい時間に戻れるとしたらどうする?」
「なんだ、藪から棒に」
「もしだよもし」
藪から棒になんてセリフ、リアルに聞いたの初めてだな。
「そうだな、子供のころに戻って女風呂にはいるかな」
「つまらんな、聞いて損したわ」
「つまらんか?こんなもんだろ」
しかし、実際こんなものだろう。普通の高校生にはこれほど意味のない質問もそうないだろう。
「まあ、お前がびびって逃げたんじゃなくて俺はよかったよ」
梗平は今日新太が告白することを知っている唯一の人物だ。
これ見よがしに新太の事を梗平がからかう。
「うるせぇ」
新太は鬱陶しそうに、梗平のからかいをはらう。
「でも、来たってことはそういうことだろ?」
「……まあな」
「まあ伝えたいことは伝えろよ~」
「へいへい」
一年前ならまだしも、今この時においてこの告白の持つ意味は重さが違う。だからこそ、新太はこの場に来たのだ。
「あ、チキったら、今度ごはんおごってくれ」
「いいだろう」
ややしつこめに梗平が絡んでくる。だが、新太には梗平の言葉の裏に『逃げるなよ』というエールのように聞こえた。だから、新太もそのエールを受け取る。
「二人して、何の話してんのよ」
後ろから声をかけられる。
「今、女子のパーツでまず、どこから見るかの議論してたんだよ」
梗平が答える。
「なにそれ、おもしろそうじゃん」
「なんで呼ばないんだよぅ」
おー、バカが釣れる釣れる、大漁だ。
「俺は、やっぱりおっぱいかな」
このおっぱい好きのバカ一号の名前は曽根大輝(そねだいき)である。バカで地雷を踏みがちだが憎めないような奴だ。クラスのムードメーカー的ポジションである。
「それは、スケベだろう」
「うーん、ふくらはぎじゃない?」
この足フェチのバカ二号の名前は赤塚夕(あかつかゆう)だ。こちらも相当のバカである。
「それも、どうかと思うが?」
「うーん足で言うならくるぶしが好きだな」
どうして誰一人として顔が出ないのだろう。新太は割と本気で心配になる。
そして、最後にでた変態の名前が小針大智(こばりだいち)。こいつは頭の良い変態である。なにそれ怖い。
三人がまるで打ち合わせでもしてきたかのように集まってきた。まあ、よく集まるメンツ。所謂いつメンというやつである。
だが、新太は梗平以外の三人には告白することを伝えていない。もちろん信用がないことは大前提として、確実にろくなことにならないという新太と梗平の判断によるものだった。
「お前ら、人と会ったらまず自分の好きな部位見るのやめない?」
これに大輝が答える。
「でも、新太だって見るだろ?」
まあ、それは否定しないが……。
「いや、でも顔から入るんじゃないのか?普通」
これに異論を唱えたのは大智だった。
「顔が悪かった時点で、恋愛対象としてじゃなく性欲にチェンジするから実質見るのは好きな部位だ」
それを聞いていた全員が割とガチで引いていた。
「……」
「どうしてこんなになるまでほっといたんだよ…」
「どういう教育を受けたんだ?」
「前世はビル・ゲイツだったとみた」
これにはさすがに共感できずに梗平、夕、大輝の順で大智に辛辣な言葉を浴びせる。あとビル・ゲイツはまだ死んでいない。
だが、そろそろ本当にブレーキを踏んだほうが良い。
なぜならば、先ほどから周囲の女子の視線が痛いほどにつき刺さっているからだ。
ここで助け舟を流すかのようにチャイムが鳴った。
「うへぇ、もう授業かよ」
大輝が嘆く。
そして、新太の机にたむろっていた四人がそれぞれの席に戻っていく。
去り際に梗平が何も言わずに振り向く。言葉こそ交わしていないものの新太には梗平の言葉が伝わった気がした。
『がんばれよ』と。
そう、これで最後の授業だ。
だから新太は梗平に無言でうなずいて見せた。
授業も終盤に差し掛かっていた。
この授業は実質二回目である新太だが、無論、今回もこの授業を聞くことはかなわなかった。
新太は授業中告白のセリフについて考えていた。
前回、緊張から考えていたセリフが出てこなくなりなんともかっこの悪い告白になってしまったのを新太は悔やんだ思い出があった。
だが、あの時の陽葵の反応も同時にとても印象的であった。
それに、この告白は前回とはわけが違った。
意識せずとも告白の言葉選びも慎重にならざるを得ない。
一応、前回言えなかったセリフも、今回新たに考えてきたセリフもある。
刻々とタイムリミットが迫っていく。
なかなか告白のセリフを決めきれない新太は再度自分のなすべき目的について確認する。
今は一年前の四月十七日、陽葵に告白する当日。
そして、この一年後に陽葵は自らの手で命を絶つ。
だから、新太がこの世界でやらなくてはならないことは、陽葵に自殺を選ばせないことである。ならば新太が選ぶべきセリフは――。
終わりを告げるチャイムが鳴る。
周りが帰り支度に勤しむ中、新太は一年前のこの日を思い出していた。
一年前は、人生で一番と言っていいほどに緊張していた。
直前まで告白のセリフの確認なんかをしていたような気がする。
そして、今も告白のセリフを確認している。
あの時から何も変わってないことに新太は少し可笑しくなってしまう。
いや、本当に何も変わっていないかというと少し違う。
あの時も今も緊張はしている。結果を知っていても告白は緊張してしまうものだ。
だが、新太が今抱いている緊張は以前の緊張とは異なった緊張だった。
あの時とは状況がまるで違うから。
そんな緊張を煽るかのように粛々と終礼は進む。
周りは、週の初めということもあり、学校が終わる解放感から私語が絶えずにぎやかだが、
そんなクラスの空気を横目に、新太の緊張はピークに達していた。
しかし、新太の緊張には我関せず、終礼は終わりを告げる
「起立、さようなら。」
そして、遂にその時が来た。
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