序章

序章 回春Ⅰ

新太の通う私立北信高校は、駅から徒歩10分に位置し、非常に交通の便が良いことで有名だ。そのため、遠くから電車で通っている者も多くいた。

そんな中、新太の家は学校から近く、自転車で15分の距離にあった。

自転車をこぎ、急いで学校へと向かう。

学校に着いたが、校内は授業中なのか閑散としていた。

新太は音をたてないように気をつけながら、足早に教務室へと向かった。


「失礼します。岩室先生いますか?」

「岩室先生?ちょっと待ってね」


と、扉近くの丸めの若い先生が呼んでくれている。

どうやら居たみたいなので教務室に足を運び入れ、岩室先生の机まで向かった。

 

「おう、灰鹿。元気そうだな」

「ええ、オカゲサマデ。じゃあ問題ないってことで自分はこれで……」

「おいちょっと待て、灰鹿」

「はい?」


なんだろう?事情聴取だろうか。

 

「お前この時間に登校しといて何の連絡もなしとは、いい度胸してるな?」


ゴリゴリの取り調べだった。

ていうか、連絡してくれてたんじゃないのかよ。


「どうした?何か言い訳があるなら言ってみろ」


訳を話そうにも、全く許してくれそうな気配がない。いや、もう指とかバキバキ鳴らしてちゃってるし…。

予想外の事態に、新太は己の持つ思考力を総動員させ事態の対処に臨む。

「いや、その、あれですあれ……」

 

どうしたらこの場を速やかかつ穏便に脱することができる?……これだ!

どうやら、答えが出たらしい。が、新太は巻き戻りの件で相当な思考力を浪費してしまっている。故に、ろくな答えが思いつくはずもなく、

「…だいべ」

「ふん!」

「んんんん――」


新太は強烈な右ブローをボディに喰らう。

え、てか今この人殴ったよね?教員とか云々の前に人としてどうなの?それ。


「いや、殴ることないでしょ?痛ぇ」

「ん?あぁ、壊れた生徒がいたんで直そうと思ってな」

 

この人、人の事ブラウン管かなんかだと思ってる?精密機械なんだけど…。

「まあいい。よく反省してから授業に参加しろ」

「そんなだから婚期逃すんですよ……」

「あ?」 

「ひ、いえ、教室行ってきま~す」


この男勝りで、多少、人として難ありなのが新太のクラスの担任である岩室有紀(いわむろゆき)だ。アラサーを迎え結婚に本気で焦ってるらしい。顔やスタイルだけ見れば十分美人の部類に入るだろう。だが、人としていろいろ欠陥があるためなかなか明るい話が挙がらない所謂『残念な人』というやつである。二年生の間では「残念美人」と呼ばれている。

新太は何故か寒気を感じ、急ぎ気味で教室へ向かった。



新太のクラスは五階、一番高い階に位置している。

長い階段を一段飛ばしで駆け上がり、やっとの思いで教室にたどり着いた。

だが、教室の前でその足が止まる。

この扉の先に陽葵がいる。そう考えると自然と足が重くなる。

一度、呼吸を整えなおす。

そして、扉に手をかけたその時、


「あれ?新太君だ」


そう声をかけたのは、他でもない陽葵だった。


「ひ、陽葵?本当に陽葵か?」

「うん。陽葵だよ?」


そこには、何も知らずに可愛らしく首をかしげる陽葵がいた。

そんな当たり前だったはずの景色に新太は酷く動揺する。

新太は泣きそうになるのを何とかこらえる。


「新太君、話があるって言ったのに、待ってても来ないんだもん、心配しちゃった

よ。もしかして体調でも悪いの?」


何も知らない陽葵は、純粋に俺の心配をしてくれる。そんな陽葵を見ていたらこらえていた涙が頬をつたった。


「え!新太君どうしたの、大丈夫!?」


陽葵の心配に呼応して涙は絶えず流れ続ける。

よかったここには陽葵がまだいる。

新太が好きになった優しい陽葵が。

新太はこぼれる涙を拭きながら再度心の中で誓った。

『必ず陽葵を助ける』と。

覚悟を決めている新太とは対照に陽葵は、大丈夫?おなか痛い?保健室行く?と心配

そうにオロオロしている。


「なんだか廊下が騒がしいな。」


と廊下を確認しにきた先生と新太たちの目が合う。


「うん、何……やってるんだ?」


泣いていて喋れない新太に代わって陽葵が答えた。


「先生!」

「はい、白山さん」

「新太君のことをいじめていたわけじゃありません!」

「ぶふっ」


思わず吹き出してしまう。


「うん、先生の事、ばかにしてる?」

「あれ?ち、違うんです、えーと、えーと」

「とりあえず教室はいる?」

「はい……」


陽葵が恥ずかしそうにうなずいた。

そんな陽葵のおかげで流れていた涙も止まった。


「ひどいよぉ、笑うなんてー」

「あはは、いや、ごめん、ごめん。ふふ」

「まだ笑うかー!」


陽葵が頬をふくらましむくれている。その姿を見てまた笑えてくる。

そう、陽葵はなにも考えてないようでちゃんと周りのことをよく見ている。

今だって、新太が泣いていることに気を使ってあのような言動をとったのだ。


「ありがとう。陽葵」

「なんだか今日の新太君変だね」

「え?」

「だって、遅れてきたと思ったら急に泣くし、泣いたと思ったら笑うし」


確かに、傍から見れば完全に頭のおかしい奴だ。

どうしよう、よりにもよってこれから告白する人の前で醜態をさらすなんて、これで

返事が変わったらどうしよう。


「ヒマリ、オレノコト、キライ?」


焦って片言になってしまう。


「え、急にしおらしくなった!?うーん、そうだな、でも陽葵が新太君の事キライになることなんて多分ないよ?」


陽葵は恥ずかしがる素振りもなくそう言った。

それを聞いた新太は陽葵から顔をそむける。赤くなった顔がバレないように。

新太は動揺が伝わらないように話題を変えることにした。


「そ、そういえば、陽葵はなんで授業中にこんなところにいたんだ?」

「恥ずかしながら、トイレに。えへへ……」


なるほど、女子にはいろいろあるから言及しないでおこう。

あれ?そういえばなんか忘れてるような…


「なあ、そろそろ教室に入ったらどうだ?お前ら」


先生が教室から覗いて言った


「「すいません……」」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る