第161話 魔王になった僕
ユートピア領による天神撃退の情報は瞬く間に大陸全土に広がったようで、ユートピア領との同盟や交易を求める親書が各国から送られてきている。
「この親書の山……交易はともかく、同盟の依頼はどうします?」
エイブラムは頭を抱えながら一枚一枚親書の内容を確認している。
「ユートピア領は現在フレイス共和国の一領地にしかすぎんからな。同盟の締結権など持ち合わせておらん。とりあえず保留にしておくしかないが……独立について早急に検討しなければならないな」
「僕としてはどうでもいいですけど、独立するかフレイス共和国にとどまるか、どちらがいいのですかね?」
「今のユートピアの状況なら独立した方がメリットが大きいだろうな。税を支払う必要はなくなるし、議会のじじい共から面倒な喚問を受ける必要がなくなるからな。独立の際の気にしなければならないのが防衛と外交だが、ユートピアに攻め入ろうなどというバカはいないだろうし問題はないだろう。外交についてもさほど問題はないだろうしな」
天神の一見で『王撃』や魔導バリアの存在も知られることになってしまった。他国を寄せ付けない圧倒的な軍事力に魔金属の製造販売で得られる資金力、防衛でも外交でも他国と対等以上の関係で交渉ができるだろう。
「そうなれば独立ですかね? やっぱりフレイス共和国には怒られちゃいますよね?」
「正直反応が全く読めん。普通であれば領地の独立など認められる訳がないし独立の気配を醸し出しただけでも軍が派遣されると思うが……今回ばかりはフレイス共和国としても独立を認めて今後の友好関係を築いた方が得策だと考えるはずだしな」
「じゃあ独立の方向で行きましょう! あとのことはエリーとエイブラム様にお任せします。あ、王様はエリーかエイブラム様でお願いしますね」
話は終わったとばかりに立ち上がり部屋を出ようとしたところでエイブラムに後ろ首を捕まれた。
「いつもなら政治関係は俺が処理するが、今回ばかりはそういう訳にはいかん。今からユールシア独立に向けた会議を行うぞ」
エイブラムによりすぐにいつものメンバー、子爵のエリーに、治療魔導士のシエル、魔道具士のクリスに幼女ルアンナの四人が招集された。
「えー、では不本意ながら第一回ユートピア領独立会議を開始します。まずはフレイス共和国からの独立について皆さんの意見を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
そしてなぜか僕が司会をやらされることになってしまった……
「俺は独立に賛成だ。資金的にも楽になるし、議会のじじい共に行動を縛られることもなくなるからな」
エイブラムが先陣を切って意見を述べる。どうも一番独立したがっているはエイブラムのような気がする。
「私はご主人様が独立したいなら賛成します」
「僕もエリーが賛成なら賛成かな」
「私もチェイス君がしたいことなら応援するよ」
エリー、クリス、シエルの3人に至ってはいつも通りだ。
「私はどっちでもいいが……そもそもなぜこの会議に私も呼ばれたのかが分からん」
ルアンナは独立について興味自体なさそうだ。
「特段反対意見もないようですのでユートピア領はフレイス共和国から独立方向で話を進めたいと思います。では、これで第一回会議は終了して独立に向けた手続きについてはエイブラム様にお任せします。ではお疲れ様でした」
会議を終わらせ席を立とうとしたがエイブラムによって阻まれてしまった
「待て待て待て! まだまだ決めることはたくさんあるだろ! 国名、国の形態、代表者、法律など決めることは盛りだくさんだぞ!」
「王様になるエリーかエイブラム様で決めてくださいよ。僕はなんでもいいのでお任せします」
「……そうか全権を俺に委ねるということだな……分かった。では俺に任せておけ」
「はい! お願いします! では僕は色々とやることがあるのでこれで失礼します!」
珍しく呼び止められることなく会議室を後にできたため、僕はその足で狩りへと向かった。
その後しばらくの間エイブラムに呼ばれることもなかったため、僕は伸び伸びと狩りや研究に時間を使うことができ素晴らしい時間を過ごしていた。
それから三十日程が経った頃だった。この日も僕は狩りに行っていた。オリジンの町に入るといつもと雰囲気が違うことに気が付いた。兵士も冒険者も商人も農民も皆、道の真ん中で酒を飲み、踊り、歌を歌い、お祭りのような雰囲気が町中にあふれている。
(何かあったのか? あ、ついに独立が認められたのかも!)
(もしかしたらそうかもな。布告が掲示板に掲げられているはずだから見に行くぞ!)
人ごみをかき分けるように町の中心部に設置してある掲示板の前へと向かった。なぜか領民の僕を見る目がいつもと違う気がする……
掲示板を見た瞬間僕は固まってしまった。
(お、やっぱり独立したようだな! なになに……魔法国家ユートピア、国家元首は……アルヴィン・チェイス・ユートピアで称号が魔王……やったなチェイス! ついに王にまで上り詰めたぞ!)
(え、え、ど、どういうことかな? 僕が国家元首? しかも称号が魔王!?)
(魔法国家の元首だから魔王ってわけか……どう考えてもエイブラムの嫌がらせだな……真面目に会議に参加しないからだぞ)
(それにしたって酷くない!? 魔王はあんまりでしょ!!)
(だってチェイスはエイブラムに全権を任せるって言ったからな。仕方ないだろ)
確かにそう言った……だが、そうは言ったがあんまりだ! 僕はすぐにエイブラムの執務室に向かった。
「エイブラム様! 僕が国家元首って……魔王ってどういうことですか!?」
「お、やっと布告を見たか。もうお前がこの国の王なのだから俺に様などつけなくてもいいぞ。おっと、これからは魔王様と呼ばんといかんな。ちなみに俺が宰相で内政と外交を担当するからよろしく頼むぞ」
エイブラムは満面の笑みで言い放った。エイブラムが宰相だと僕が締め付けられる未来しか見えない……なんという最悪の人事だ。
「ち、ちなみにエリーや他のみんなも何か役職が付いているのですか?」
「エリーミアには公爵として首都オリジンを治めてもらう。クリスとシエル、ルアンナにも貴族位や役職を与えたかったが拒否されたからただの一般市民だな。ちなみにだが……魔王直轄の領地はないからな」
「クリスたちが拒否したなら僕も拒否します!」
「布告前であれば間に合ったのにな。もう他国に向けても挨拶のための親書を出してしまったから今更取り消すことは不可能だな」
(完全に逃げ道がふさがれているな。もうあきらめるしかないぞ)
「ただいま……」
どれだけエイブラムにお願いしても僕の魔王就任は覆ることはなかった。僕は重い足取りで家路へと着いた。
『パーン、パーン、パーン』
家に入るや否や、パーンという大きな音と花吹雪が僕を迎え入れた。
「チェイス君魔王就任おめでとう!」
「ご主人様おめでとうございます」
「チェイスおめでとう。君が前言っていた『クラッカー』を作ってみたんだ。驚いただろ?」
「お兄ちゃんおめでとう。王様になるなんてすごいね!」
「アルヴィン様が王になられるなんて……これ以上の喜びはありません」
「弟子が魔王になるとは私も鼻が高いぞ」
家の中はお祝いのため綺麗に飾り付けがされており、美味しそうな料理の匂いもしてくる。皆それぞれお祝いの言葉をかけてくれるが全く嬉しくない。こんなにうれしくないお祝いは初めてだ。
「えっと……一応ありがとう……それより! なんで僕が魔王になるって教えてくれなかったの!」
「エイブラム様がサプライズだからチェイスには教えるなって戒厳令を敷いちゃったの。あ、私は魔王の妻になるのはプレッシャーが大きいからって反対したんだよ?」
「私はご主人様が一番になるのがうれしいから賛成しましたよ」
「僕もエリーが賛成したし、何よりチェイスが本当に魔王になるのが面白かったから賛成したよ」
「私も面白そうだから賛成しておいたぞ」
くそ……僕の見方はシエルだけのようだ。いや、シエルも自分が魔王の妻の立場にならないのなら賛成していたような気がする……
「それより腹が減った。あとは食べながら話すぞ。せっかくの料理が冷めてしまう」
ルアンナは僕の不満に興味なさそうに食堂へと向かっていった。
「さあ、チェイス君も行こう」
シエルが手を握って引っ張るので逃げるわけにもいかず僕もみんなと食堂に向かった。不本意ながらもみんなのお祝いを断ることもできずに結局やけになりその日は遅くまで飲み明かしてしまった
この日僕は本当に魔王になってしまった。
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