第160話 天神と戦う僕
約束の日、オリジンの上空にラプユタが現れた。前回と同じように天人族が天馬を率いて地上に僕を迎えに来た。
「チェイス殿お迎えに参りました。天神様がお待ちですのでどうぞ天馬にお乗りください」
前回と全く対応が違う天人族の様子に少し面食らったが、天神が僕を右腕にすると言っていたことを思い出し納得した。
天人族に案内され謁見の間に向かった。予想通り天神はおらず、僕は膝をついて天神の到着を待った。
前回と同じように謁見の間に到着してから一時間ほどたったところで天神が現れた。天人族の態度が変わったことから天神が前回より早く僕の前に現れることを危惧したが杞憂だったようだ。王撃の発射予定時刻まで後10分、この時間ですべてを決めてしまわなければならない。
「よくぞ参った。面を上げて楽にしてよいぞ」
「ありがとうございます。アルヴィン・チェイス・ユートピア、約束通り天神様の下に参りました」
立ち上がり天神に向かって敬礼した。
「ルアンナから教育を受けてきたようじゃな。ワラワの申出を断るかもしれぬと心配したがいらぬ心配だったようじゃな。さて、答えを聞かせてもらおうかのう」
「はい。そのお話はお断りさせていただきます」
天神の誘いを断り、同時に天神の顔目がけて新たに開発した特殊弾を放ったが天神の張った魔障壁によって軽々と止められてしまった……ように天神には見えただろう。
「そ……!」
弾に纏った雷魔法が天神に命中したようだ。神とは言え一応は生物である。雷魔法で一瞬でも意識を奪えると思ったが予想通りだった。天神の顔が強張ると同時に天神の魔障壁が解除され、一旦は止められたように見えた特殊弾が天神の額に突き刺さる。
(ブースト弾の威力では殺れたかどうか分からん! 追撃だ)
今回使用した弾は急遽クリスに作ってもらったブースト弾だ。ブースト弾には運動エネルギーを生み出す魔法陣と魔石が組み込まれていて、物体などに命中し弾が止まった後もしばらくの間は直進し続ける。
今回僕が放ったブースト弾は天神の魔障壁で止められたものの弾は直進を続けていた。ブースト弾に纏った雷魔法で天神の意識を一瞬奪い魔障壁が解除されたことにより、天神の額にブースト弾が命中したのだ。
天神に向かって追撃のライフリング弾を放つ。ライフリング弾は天神の右手と腹部を貫通し、天神を貫通したライフリング弾が後方で大爆発を起こすがそれでも天神は倒れない。天神の額や右手、腹部からは血が噴き出している。
(ライフリング弾では貫通力が強すぎる! 他の弾を使え!)
貫通力の低い丸鉛弾を放とうとしたが、突然身体を衝撃が襲い吹き飛ばされた。
「ワラワに傷をつけた者など何百年ぶりかのう。……顔に傷をつけられたのは初めてじゃ」
表情も声も今まで通りだが、天神は傷ついた額をなでながら次々に魔法を放ってくる。魔法の種類は分からないがとにかく魔障壁で防ぐしかとるすべがない。吹き飛ばれた衝撃で身体のあちこちに痛みが走る。
「殺すつもりじゃったがこれも防ぐか。さすがじゃのう。いつまで耐えられるか楽しみじゃ」
天神が魔法による攻撃の手を緩める気配は全くない。次々と飛んでくる魔法に反撃することもできずに魔障壁がどんどん削られていくばかりだ。
(魔法の威力も速度もとんでもないな……なんとか耐え抜け!)
殺すことまではできなかったものの、天神に一撃入れるという目標は達せられた。後は耐え忍ぶだけだ! ありったけの魔力を魔障壁に注ぎ込み亀のように丸まって天神の魔法を受け続ける。
「ワラワの魔力が尽きるのが先か、お主の魔力が尽きるのが先か楽しみじゃのう」
天神は僕の常人離れした魔力量を理解していない。天神の魔力量がどの程度あるのかは分からないが僕は何時間も耐え忍ぶ必要はない。……そろそろ来る時間だ。
(残り十秒……五秒……四……三……二……一……来るぞ!)
オッ・サンが宣言してから数秒、這いつくばっていた城の床が大きく揺れ、外からは爆音が響き渡った。
城の壁には亀裂が走り、壁の装飾品や天井に設置されている灯りの魔道具が次々と落下してくる。さすがの天神もあまりの出来事に慌てふためき、僕への攻撃も止めてしまった。
しかしこれほどの衝撃とは……『王撃』は予想以上に威力が大きかったようだ。
「な……何が……誰か! 誰かおらぬのか!」
天神は慌てふためきながらも人を呼ぶがなかなか誰もやってこない。天神のこの驚く様が最も見たかったものだ。
しばらくして天人族が謁見の間にやってくる。
「ち、地上からの攻撃があったようですが……詳細が分かりません!」
僕は何とか立ち上がり、天神の方を見ながら笑い声をあげた。
「『王撃』の威力はいかがでしたか? 一発でかなりの被害が出たようですね」
「お、おぬしの仕業だというのか! このようなことをしてただで済むと思うな! 天神の名において人族領全てを滅ぼされたいか!」
天神に今までの余裕はないらしく声を荒げて脅しをかけてくる。今まで脅威にさらされたことがない者程脆いものはない。
「人族領が滅ぼされるのが先か、ラプユタが撃ち落とされるのが先か……そろそろ二発目が発射される時間です」
再び地面が激しく揺れ、大きな爆発音が響く。二発目の『王撃』も無事命中したようだ。
「くそっ……何が狙いじゃ! ワラワもろとも……おぬしも死ぬつもりか!」
天神の言葉遣いまで乱れてきている。あとは最後の詰めだ。
「できれば僕も死にたくありませんので取引をしませんか? 今後ユートピアに干渉しないということでしたら攻撃を止めさせましょう。まあ、『王撃』の射程はあなたの使う『天帝』と同じくらいですから、ユートピアに近づかない限り攻撃はできないのですけどね」
『王撃』の射程はせいぜい十km程度で『天帝』の威力など知るよしもないので適当であるが……
「……………………」
天神は決めあぐねているようだ。今までさんざん下に見てきた人族からの要求なので仕方がないことと言えば仕方がない。
「言い忘れていましたけど、次の『王撃』は後五分程で発射されますので決断するならお早めに……もちろん僕の生死に関係なく発射されますので」
『王撃』の弾は二発分しか準備ができなかったのでこれももちろん嘘であるため次の攻撃はいつまで待ってもくることはない。五分以内に天神が決断しなければ僕たちの負けだ。
「……分かった。今すぐこの地を離れよう。もうおぬしたちに関わることはせぬ」
時間がかかると思ったが意外に早く天神は決断してくれた。冷汗がだらだらと流れているところを見るともう嘘を付く余裕も残されていなさそうである。
「分かりました。今後はユートピアにラプユタが近づいた時点で狙撃しますので気を付けてくださいね」
悔しそうにしている天神を残し謁見の間から出て外に向かった。
(さっきまであんなに綺麗な町並みだったのにひどいものだね……)
(やった張本人がそれを言うか……ラプユタを攻撃されることなど想定していなかったから建物の作りも甘かったのだろうな。まるで大地震の後のような光景だ)
建物は崩壊し、地面には亀裂が走り、まだラプユタが浮いているのが不思議なくらいの光景だ。振り返って天神の城を見ると、やはりあちらこちら崩れている。
厩にいた天馬を一匹拝借し、崩落しそうなラプユタを背に地上へと戻った。
ラプユタは岩や土の欠片を地上に落下させながらも徐々にユートピアから遠ざかっていく。あれだけボロボロになっても墜落しないとはどのような魔法が使われているか気になるところだ。
ラプユタから戻る僕をシエルやエリーを始め皆で迎え入れてくれた。クリスだけは『王撃』の後処理のためか、その場にはいなかった。
天馬から降りてまずはシエルに抱き着いた。
「ちゃんと戻って来たよ。約束は覚えてる?」
「おかえりなさい。結婚の準備で忙しくなるね」
やっと結婚できることに嬉しくなり、更にシエルを強く抱きしめた。
シエルの柔らかさを充分に堪能した後、エリーのもとに行き頭をなでる。
「無事終わったよ! ちゃんとエリーとエイブラム様の借りも返したからね」
「それはどういうことだ?」
せっかくエリーと仲良くしているところなのにエイブラムが口を挟んでくる。
「どうしても気持ちが治まりませんでしたので、天神に一発、いや三~四発ですかね? 魔法を食らわせてやりました。右手とお腹に穴を空けたまでは良かったのですが結局反撃されて危ないところでしたけどね」
「あれだけ打ち合わせを重ねたのに作戦以外の動きをするとは……呆れて怒る気にもならんが……借りを返してくれたことには礼を言おう」
怒られると思ったがエイブラムもなんだかんだ天神には相当頭に来ていたのだろう。珍しくお礼まで言われてしまった。
「天神様にダメージを与えたやつなど聞いたことがないぞ。本当にチェイス君はいつも笑わせてくれるな。天神様……いや、天神も相当怒っていただろう?」
ルアンナが笑いながら聞いてくる。
「額に傷をつけたのですけど、顔を傷つけられたのは初めてだって言って相当怒っていましたね。あれはなかなか迫力がありましたよ」
表情や声にはあまり表れていなかったが、額から血を流しながらこちらを見つめる天神はとても怖かった。
「しかし天神を倒さないまでも撃退したとなると今後の身の振り方を考えなければならなくなるな。魔導バリアも魔導砲のこともばれてしまっただろうしフレイス共和国に残るか独立するか考えなければな。近々フレイス共和国からの調査も入るだろうが……それは今後協議すればいいことだな」
エイブラムから独立という言葉が出てくるのは意外だが、天神を撃退するということはそれほどのことなのだろう。
「とりあえず今日はすべて忘れて祝勝会でもしましょうか。この十日程働きっぱなしで疲れ果てましたよ」
「何を言っているんだ? ラプユタからの落下物のほとんどは魔導バリアで防いだが、それなりの被害も出ている。早速修復作業に入るぞ」
天神の来襲という大事件を解決したのに休むことなく町の修復作業を行うこととなってしまった……
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