第159話 天神を許せない僕
恐らく天神が臓器や太い血管がある個所を外して攻撃をしたからだろう、血はそれなりに出ているもののエリーとエイブラムの傷は大したことはなく、シエルの治療魔法ですぐに回復した。
「とにかく天神に一泡吹かせてやらないと気が収まりません。次にラプユタが近づいてきたら全力で攻撃するつもりです」
「アホ! そんなことをした瞬間領地ごと滅ぼされるぞ。天神に目をつけられて命が助かっただけでもありがたいと思え。しかも天神の右腕にしてくれるとのことだ。これでこの領は将来にわたって安泰だぞ」
「ああ、俺もはらわたが煮えくり返って仕方がないが、ここは天神の言う通りにすることが得策だ。逆らって勝てる相手ではない。世界樹の魔力が使用できなくなることで影響は出るが、天神の右腕になれるのだ、もうルタや、たとえ魔神プオールも簡単に手を出すことはできんし、他領や他国との交渉も圧倒的優位に立つことができる。チェイスが生きている間だけのこととは言っても悪い話ではない」
「そういうことを言っているんじゃありませんよ! エリーとエイブラム様が傷つけられたことが許せないんです! 絶対後悔させてやりますよ」
話し合いは何時間にもわたって続いたが僕が折れないことでルアンナやエイブラムをはじめ、クリスやシエルも呆れた表情をしている。
「エイブラム、このバカはいくら説得しても折れんぞ。天神様もこのバカの何をそんなに気に入ったのか……天神様はチェイスが右腕にならんことにはこの領地を滅ぼすだろうからな。時間もあまりないんだ、それならそれで次の手を考えた方がいいと思うぞ」
エイブラムは思いっきり髪をかきむしった。
「ああ、確かにこのバカの説得は無理そうだ。しかし、チェイス、何か策はあるのか? 失敗すれば俺やエリーはもちろんクリスもそしてシエルも間違いなく殺されるぞ。その覚悟がお前にはあるのか?」
「天神の下につけばどっちみち同じことですよ。天神の下について僕がいつまでも我慢できるわけありませんし、あいつは僕が何か意にそぐわないことをすれば僕じゃなく親しい者から殺していくでしょうしね。策については……王撃を使おうと思います。クリス、魔導砲最大出力で王撃を出力した場合、あの島は貫けると思う?」
「王撃? なんだそれは!? そのような兵器聞いたことがないぞ!!」
「ええと、まだ実験段階なのですが……魔導砲でエネルギーそのものを飛ばすのではなく、巨大な槍を飛ばす技術でして……エネルギーが一点に集中する分、点の破壊力は通常の魔導砲を大きくしのぎます。ラプユタの地面は五十メートル程度ですので貫けるとは思いますが、槍を変形させずに真っすぐ飛ばす技術がまだいまいちでして……」
「実験用の弾は魔鉄を使っていたけど、今回はオリハルコンを使おう。素材自体が重くなる分、槍を小さくしても威力は出るはずだし、空気抵抗を大幅に小さくできるでしょう? オリハルコンなら魔鉄以上に魔力で強化することもできるし、槍の変形の問題は解決するはずだよ」
「確かにそれなら理論上は可能かもしれないけど……そんな大量のオリハルコンを集めるのは難しいんじゃない? オリハルコンを作るにしたって何十日もかかるだろうし……」
「城の地下にオリハルコン制の剣が三百本以上あるからそれを使おう。数発分の弾は作れるでしょ?」
有事に備えて城の地下には大量のオリハルコンの剣が保管されている。騎士たちの秘密兵器にする予定でため込んでいたが熔解すればすぐに王撃の弾を作れるはずだ。
「確かにそれなら間に合うかも……分かった! 僕もエリーがやられてムカムカしていたんだ! 天神に一泡ふかせてやろうじゃないか!」
「待て待て待て! 仮にその王撃がうまく作動してラプユタに一撃食らわせてもその後どうする!? 完全にラプユタを破壊することができればいいが、万が一にも天神が生き残った場合、天神の魔法でユートピアは吹き飛ばされるぞ!」
「一撃食らわせたら後は交渉次第ですかね。王撃を何発も発射できると天神に錯覚させて領地から手を引いてもらうしかありませんよね……交渉の方法については今から考えましょう!」
エイブラムが大きくため息をついた。
「分かった。俺も覚悟を決めよう。交渉の方法については残り十日……その間に詰めるぞ! クリスは弾の開発に全精力を注いでくれ。他のメンバーでクリスをサポートしながら交渉方法についても考えるぞ! エリーミア子爵、ユートピア領の方針として天神への攻撃を行う! これで異論はないな!?」
エイブラムがエリーに確認をする。
「ええ。ご主人様の決定にすべて従います。今の私があるのはすべてご主人様のおかげですから、仮に失敗して命を落としたとしても何の後悔もありません」
「分かった。最後にシエル! チェイスを止められるのはシエルしかいないと思っているがチェイスを止める気はあるか?」
領主のエリーより後にシエルに尋ねるとは……
「私が言ってもチェイス君は止まらないと思いますし、私もチェイス君の決定に従います。でも、もしチェイス君が死んだら私は生きていけないから死なないでね」
シエルは僕の方を見ながら笑顔で答える。
(シエルは笑ってはいるがあれは覚悟を決めていると思うぞ。チェイスが死んだら自死か天神に復讐するか……どちらにしろその場合はシエルも死ぬだろうな)
「死ぬつもりはないから大丈夫だよ。そして、天神との戦いが終わったら結婚しよう。予定より少し早いけど約束してくれないかな?」
(……毎回言うがそれ死亡フラグだぞ)
「吸魔鬼を倒した時のことを思い出すね……あの時もちゃんと約束を守ってくれたし……絶対に結婚するんだから死んだらダメだよ」
オッ・サンに死亡フラグと言われようが、僕としては目標があった方がやる気がでる。
「チェイス緊張感が緩んでるぞ。いちゃつくのは構わんが二人の時に……そして天神との戦いが終わった後に好きなだけやってくれ」
いつの間にか自然に顔がにやけていたようだ。
「そうですね。あ、エイブラム様もリリーと結婚しなきゃいけませんし死ねませんね」
「そんなことは戦いが終わった後に考えることだ」
興味なさそうにエイブラムは言ったが、エイブラムの口角が少し上がったのを僕は見逃さなかった。
ユートピア領総力を挙げて天神に攻撃を仕掛けることが決まったがやるべきことは山のようにある。クリスは王撃の弾の作成、エリーとシエルが必要な物資の補給と策が失敗したときの領民の避難計画の作成、僕とエイブラム、ルアンナが天神を退けるための方法の検討とそれぞれで分担して処理することにした。
「そういえば天神ってどのくらい強いのですか? 仮に一対一で戦った場合僕に勝ち目はあるのですかね?」
「天神は純粋な魔法使いタイプだが近接戦闘のレベルもとんでもなく高い。ラプユタでエリーとエイブラムが攻撃されたとき全く気付かなかっただろう? 剣士が剣を振るより早く魔法を発動するからな。近距離戦ではまず勝てん。中、遠距離戦も当然強い。現在のチェイス君がどの程度の実力かは私も測りかねるが、魔法の発動速度は身体強化魔法が使えないチェイス君が勝てる見込みはないし、魔力量でも恐らく勝てないだろう」
身体強化魔法を使った場合反応速度や思考速度も速くなるため魔法の発動速度も速くなるのだ。
「近距離戦については全く勝ち目はなさそうですけど、中・遠距離戦なら全く相手にならないこともなさそうですけどね。神と呼ばれるほどの存在にしては少し地味なような……」
「そもそも魔法に関してはチェイス君が規格外だからそう感じるだけだ。普通の魔法使いでは百人束になっても勝てんぞ。あとこれは伝説上の話で実際に見たことはないが、天から隕石を呼び寄せる魔法『天帝』は一撃で国すら破壊してしまう程の威力だそうだ。まあ発動までは時間がかかりすぎるし、一対一の戦いで使うような魔法ではないから今回警戒する必要はないがな」
「その魔法は危険ですね……ラプユタからその魔法で狙われたら防ぎようがないですもんね。射程がどの程度あるのかは確認したいところですね」
「あくまで伝説上の話だからな。仮に本当の話でも見たことがある奴は既に生きていないだろう」
「天神って一体何才なのですか?」
「少なくとも千歳以上、下手をすれば数千年は生きているかもしれん。普通の天人族は寿命があるはずだが天神については不明だ。なんでそんなに長生きなのかは知らんがな」
「さすが神と呼ばれるだけはありますね。他の神も長生きなのですか?」
「神と呼ばれる者たちが代替わりをしたという話は聞かんから恐らくそうなのだろう。私はほぼ人間界で生活をしているし、そもそも他の神は滅多に表舞台に出てくることがないからよく分からんが……人間界に出てきたのは天神様、鬼神様くらいだ。おっと、一応プオール、魔神も人族領に出てきているな。鬼神様の場合は鬼人族が人族にさらわれたために助けに来ただけみたいだし、人族領に来る神は天神様くらいだ」
「人族のことは放っておいてくれればいいのに本当に迷惑ですね」
「さあ、雑談はそのくらいにして交渉方法や落としどころについて考えるぞ。失敗は許されんからな」
僕とルアンナの話をエイブラムがさえぎる。神たちのことが気にはなるが、時間もあまりないので仕方ない。
「それについては僕がもう一度ラプユタに行くしかないでしょうね。天神も返事を聞かせろと言っているので僕がラプユタに行くこと自体は何も問題ないと思いますし、僕がラプユタに向かって……そうですね……一時間後に王撃を放ってください。天神の『天帝』が放てる範囲に来ればいつでも王撃でラプユタを攻撃できるとハッタリをかましますので……そこで引いてくれなければこちらの負けですね。『天帝』がどこからでも放てるくらい射程が長い場合も負けですけど……」
「交渉についてはそれしかないだろうな……よし! 残りの時間で考えられるだけシミュレーションするぞ!」
天神が定めた十日後まで三人での打ち合わせが続いたが……僕はラプユタに王撃を打ち込むだけで天神を許すつもりはさらさらなかった。
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