第156話 外部講義を行う僕

 エリーが製造に成功した味噌や醤油は広げる機会が今までなかったため、自分たちが食べる分だけを細々と生産し続けていた。だが、ついにその味噌と醤油が領地に広がるチャンスがやってきたのだ。


 冒険者ギルドや商業ギルドでの外部講座は食品をテーマに実施することにした。最初の講義はゴブリンラーメンの作り方にしようと思ったが、クリスやエリーの猛烈な反対もあり、味噌や醤油を使った食品講座を実施することになった。


 一回目が味噌や醤油を使った料理講座で味噌や醤油の魅力を知ってもらい、二回目が味噌づくり講座、三回目が醤油づくり講座と全三回の講座を受講すれば味噌、醤油づくりを習得できるようになっている。


「予想より沢山集まったね。三十人はいるんじゃないかな?」


 受講者にはやはり、引退を考えているような年配の冒険者が多いようで会場の平均年齢はかなり高くなっている。


「申し込みは百人以上あったらしいですけど、調理実習もあるので数をだいぶ絞ったらしいですよ」


 今日は助手にエリーに来てもらっている。エリーは料理も上手だし、味噌、醤油の実質的な発明者であるため本講座には欠かせない存在である。


「じゃあ今日は選りすぐりの受講者ってことだね。気合を入れて教えないとね!」


「はい! 一生懸命頑張ります! ところで、私が参加することをエイブラム様には……」


「特に何も言ってないけど、外部講座のことはすぐに許可をくれたから大丈夫じゃないかな?」


「………………」


「さあ、そろそろ時間ね! 今日はモツ味噌煮込みと鳥の照り焼きだね。材料はもう行き渡っているみたいだし早速始めようか」


 四人一テーブルで分かれてもらい、それぞれのテーブルには魔導コンロと下ごしらえをした材料を置いている。


「今日は『味噌・醤油講座』にようこそお越しくださいました。僕が本日の講師を務めます領立学園校長のチェイスで、こちらが学園の生徒でもあり、今日の助手でもあり、ユートピア領子爵でもあるエリーミア子爵です。今日は味噌と醤油を使った簡単な料理を体験してもらいたいと思います。材料は既に下ごしらえをしたものを準備していますので僕の言うとおりに料理をお願いします。まずは……」


 僕が手順を説明して、エリーが実際の作業を担当し、受講者たちはそれを見ながら作業を行う。


 モツ味噌煮込みは既に下ごしらえが済んでいるモツを鍋に入れ、味噌などの調味料や野菜を入れ煮込むだけだ。モツ味噌煮込みを付煮こんでいる間に鳥の照り焼きを作る。鳥の照り焼きも、肉を焼き、醤油やハチミツを混ぜた調味料をかけて煮詰めるだけの簡単料理だ。


 材料を煮たり焼いたりするだけなのでどのテーブルも大きな失敗もなく順調に仕上がっているようだ。あちらこちらから味噌や醤油の香ばしい匂いが漂ってくる。


「照り焼きはそろそろ食べられそうですね。焼きあがったらナイフで切ってお皿に盛りつけてくださいね。盛り付け終わったら早速味見しましょう。エールも準備していますので是非ご一緒にどうぞ。食べているうちにモツ味噌煮込みも出来上がると思いますのである程度のところで取り出して食べてみましょう」


 それぞれのテーブルで肉が切り分けられエールもあけられているようだ。


「僕たちも少し味見しようか。普通の鶏肉だけど皮目もパリッと焼けて美味しそうだね」


 照り焼き独特の甘じょっぱい匂いが食欲を刺激する。この匂いだけで酒が飲めそうだ。鶏肉は安物であるが、ソースが良い具合に絡んでいて、口に入れると鳥の油と醤油の辛み、ハチミツの甘味が絶妙に合わさった旨味が口の中いっぱいに広がる。


「うめえ! 甘いとしょっぱいが合わさって不思議な感じだがエールに最高に合う味だな!」


「これを食ったらいつもの塩だけの肉には戻れないな!」


「味噌煮込みもうめえぞ! モツの臭みが消えているし、モツの油と味噌が最高に合ってる!」


 受講者たちはそれぞれの感想を言い合いながらエールを流し込んでいる。エールもそれなりの量を用意したはずであるがこのペースだと一瞬でなくなりそうだ。


「はい! 皆さん! お楽しみのところ申し訳ありませんが、一回目の講義は以上になります! 次回から味噌や醤油の作り方も教えますので今日の料理が気に入られた方は是非参加してくださいね」







 大好評だった一回目の外部講義が終わって数日が経ったとき、エイブラムから城に呼び出された。


「今日はなんで呼び出されたか分かるか?」


「先日の講義が大好評でしたので次の外部講義の日程調整の件ですかね? 冒険者ギルドや商業ギルド対象の外部講義は後二回残っていますから、それが終わった後でもいいですか?」


 エイブラムは無言で表情筋が全く動かないことからどうやら相当怒っているようだが、怒られるようなことが何も思いつかない……

「ええっと……もしかして日程調整の件じゃありませんでしたか……」


「そんな訳あるか!! 本当にお前は……もう良い!! 分からないようだから言わせてもらうが、領主を講義の助手として使うなどどういうことだ!! こんなことフレイス共和国の歴史でも前代未聞の出来事だぞ!!」


 怒り狂った竜のような大声が部屋に響きわたった。


「学校内のことなら身分に関係なく自由にしてもいいって言ったじゃありませんか!」


 エイブラムに負けじと反抗してみる。


「学校内のことは確かに認めたが外部講義は学校内のことか!? 冒険者や商人を前に料理教室をやる領主がどこにいる!! お前は領主と言うものがどういうものか分かっているのか!? 俺は情けなさ過ぎて怒りを通り越してため息しかでてこんぞ」


「親しみやすい領主でいいかと思いましたけど……冒険者ギルドや商業ギルドでもエリーの評判は上々みたいですよ? なんでも娘にしたい領主ナンバーワン、息子の嫁にしたい領主ナンバーワンとかで……」


「この!! 大馬鹿者!! 貴族を何だと思っている!!」


 その後エイブラムによる説教は夜が更けるまで続くことになった。貴族の品格がどうのこうの、不敬がどうのこうのと色々と言っていた気がするがあまりに長い時間にわたる説教で何を言われていたのか全く頭に残っていなかった。

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