第150話 教師に向きそうがない僕

 最近ルーナが庭の壁に向かって手を伸ばし、ぶつぶつと何かをつぶやいている光景をよく目にする。


「ルアンナ先生、あれは何をしていると思います? ルーナが向いているのはちょうどエイブラム様の家の方向だし、リリーを取られた仕返しに呪いでも送っているのですかね?」


「チェイス君はたまにアホになるよな。あれはどう見ても魔法の練習をしているのだと思うぞ。詠唱などは適当だろうけどな」


 なるほど魔法の練習か。ルーナが魔法に憧れているのならば僕が教えてあげることもできる。お兄ちゃんらしいところを見せてやるチャンスだ。


 ルーナに近づくと呪文らしき言葉を唱えているのが聞こえた。「炎さん力を貸してください」「お水出ろ!」と呪文らしき言葉を唱えているルーナがとってもかわいい。


「ルーナ、魔法の練習の調子はどう?」


「全然でないの。お兄ちゃんやルアンナみたいにバシュって魔法を使いたいのに」


 ルーナはルアンナのことを呼び捨てで呼んでいる。ルアンナも別に気にするそぶりは見せないのでどうでもよいことであるが。


「お兄ちゃんが教えてあげようか?」


「本当!? 教えて教えて!」


 ルーナは目を輝かせるように喜んでいる。これはルーナの心をがっちりとつかんでしまったかもしれない。


「よーし! まずは体の中の魔力を外に出して魔力をギュッとリンゴくらいの大きさにまとめるんだ。さあ、やってみて!」


 ルーナは僕の方を向いてぽかんとしている。ちょっと説明が難しかったのだろうか? 


「ルーナは体の中の魔力を外に出すことはできる?」


「うーん……ルーナよく分かんない」


 まずい……いきなり壁にぶち当たってしまった……いつも何となくやっているが体内の魔力を外に出すってどうやって教えればいいんだ……早速行き詰ってしまったので無言でルアンナの方を見る。


「仕方のないやつだな……いきなり体内魔力を外に出せるようなのは天才と言われるようなやつだけだぞ。普通はだな……まず体内に魔力が流れる感覚をつかみ、体内での魔力制御を習得して初めて魔力を体外に出せるんだ。体外で魔力を扱う感覚は体内魔力制御とは全く違うから体外魔力制御まで習得して詠唱魔法が使えるようになるまでは、そうだな……常人なら三年はかかるな」


「三年……もっと簡単に覚えられるものだと思っていましたけど……エリーなんかは教えたらすぐにできましたよ?」


「エリーはエルフだからな。ヒュム以外の人族である亜人種や魔族は魔力制御が得意だ。詠唱魔法程度ならほとんど教えることなく使えるようになる」


 魔法とはそんなに難しいものだったのか……確かに無詠唱魔法は難しいかもしれないが詠唱魔法くらいは簡単に使えるものだと思っていた……


(チェイスが魔法を初めて使ったのは六才だったか? 確かすぐに成功したから簡単に使えると思っていたけどな)


(詠唱魔法については練習らしい練習は何もしていないもんね)


「お兄ちゃん早く魔法を教えてよ。ルーナ、手から魔法がビュって出して鳥さんをいっぱい捕まえたいの」


「ルーナは鶏肉が大好きだもんね。魔法を使うにはまず体の中の魔力を……」


 しまった! 僕は体内魔力の操作の仕方など全く分からないんだった……再びルアンナの方を無言で見る。


「優秀な剣士や魔法使いが必ずしも優秀な指導者になれるわけではないが……チェイス君はその典型だな。これも何かの縁だ、仕方ないから私が教えてやろう。ただ私の指導料は高いぞ」


「はい……指導後には美味しいベーコンと最高級のお酒を準備しておきますので……」


 ルアンナには酒とベーコンさえ与えておけば文句を言わないので扱いやすい。しかし、兄の威厳が丸つぶれである。


「ルアンナが教えてくれるの? ありがとう! ルーナ、ルアンナのこと大好きだから嬉しい!」


 ルーナはルアンナにすっかり懐いてしまっている。僕にはなかなか懐かないが……


 僕は用なしになってしまったのでルアンナがルーナに教えるところを見るだけになってしまった。


 しかし、改めて思うがルアンナは人に教えるのがうまい。恐らく今までも何人もの魔法使いを育ててきたからだろうが、ルーナに合わせて分かりやすい言葉で説明してくれているし、やる気を維持するためか毎回小さな目標を与えて達成できたら褒めちぎっている。僕の時はこんな教え方ではなかったと思うが……






「僕の時と教え方が全然違いませんか?」


 ルーナとの魔法の練習が終わった後、指導のお礼のベーコンをつまみにお酒を飲みながらルアンナに突っ込んでみる。


「そりゃ人間は魔道具じゃないんだ。生徒の特性やレベルに応じて教え方を変えるのは当然だろ? チェイス君は私が教える前にほとんど完成したから丁寧に教える必要もなかったしな」


「先生にしては珍しく良いことを言いますね……魔法は使えるから簡単に教えられるかなと思っていましたけど難しいものですね」


「相変わらず失礼な奴だな。さっきも言ったが使えると教えられるは別だからな。特にチェイス君みたいな天才肌は凡人のことが理解できないことが多い。チェイス君の父……モーリスも剣の才能はあったが教える才能は全くなかっただろ? まあ、似た者親子ってところだ」


 そういえばモーリスの剣の教育方針はとにかく素振りをさせて身体強化魔法を覚えさせるといったものだった……弟のニックスは才能があったからかすぐに身体強化魔法を覚えたが僕はいつまでたっても覚えることはできなかった。素振り自体は今でも続けているし良い経験になっているが、未だに身体強化魔法が使えるようになる気配は全くない。


「今度新しくできる学園で教師をすることになったのですけど、ちゃんと教えられるか不安になってきましたよ」


「また似合わない仕事をすることになったな。この領地の学園なら優秀な奴が集まってくるだろうし、無詠唱魔法にだけ特化して教えたらどうだ? 生徒の中から一人でも無詠唱が使えるやつが出てくれば上出来だろう」


「無詠唱魔法なら習得までかなり苦労しましたし教えられるかもしれませんね。使いこなせるまでに数カ月はかかりましたよ」


「無詠唱は魔法が得意な種族の天才でも習得まで数年以上かかるのが普通だがな……ん? もうベーコンも酒もなくなったぞ」


 山ほど用意したベーコンと酒がいつの間にかなくなってしまったようだ。小さな体のどこに大量のベーコンと酒が消えていくのか不明である。メイドのテアにお願いしてベーコンと酒を持ってきてもらった。


「ルーナの魔法の才能はどうでしたか? あれだけ魔法に憧れているので使いこなせるようになればいいのですけど」


「頑張れば初級魔法くらいまでは習得できるだろうが、そこまでだろう。イースフィル家は魔法より剣が得意な家柄なのだろうな。チェイス君は母親に似たか突然変異かのどちらかだろう」


 残念なことにルーナにそこまでの才能はないようだ。


「僕は父様には全く似ていませんからね。剣の才能もですが、顔も似ていませんし」


「確かに剣の才能は全く似ていないが、顔立ちは結構似ていると思うぞ。髪色や口元、鼻筋なんかはそっくりだ。目が全然違うから似ていないように感じるんじゃないか?」


(俺も結構似ていると思っているぞ。本当に剣の才能だけは全く似ていないけどな)


(うるさいな……でもモーリスと僕は似ていないと思っていたから意外だったよ)


「他から見るとちゃんと親子に見えていたのですね。もしかしたら本当の親子じゃないかもって思っていましたがちょっと安心しました」


「そういえばチェイス君の母親……アリスといったか? 占い師の話ではまだ生きているってことだろう? 探しに行ったりはしないのか?」


「興味がないわけじゃないですけど、本当の母様の記憶は全くありませんし……あ、そのことはリリーには秘密にしておいてくださいよ。リリーは母様、アリスのことを心酔しているようなので生きているって分かったらエイブラム様のことなんか忘れて探しに行っちゃうと思いますから」


「それはエイブラムがかわいそうだな。分かった、リリーには黙っておこう」


 その後もたわいもない話をしながら夜は更けていった。この日以降、ルアンナがルーナに魔法を教えてくれることになったが、ルアンナが僕の家に入り浸る回数も増え、いつの間にか、「わざわざ家に帰るのが面倒くさい」と屋敷の部屋を一つ占拠されてしまうことになってしまった。

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