第137話 久しぶりに領地開拓に勤しむ僕

 ユートピア城の地下には有事の際に備えた、避難経路や食料や武器の備蓄庫などの設備を準備している。地下倉庫については、城で働く者のほとんどが知っているが、避難通路を知っているのは一部の貴族だけだ。


「隠し通路や隠し部屋を作るのってわくわくしますよね。城にはたくさん設置しすぎていくつか忘れてしまったような気もしますけど……」


 工事監督をしているドワーフもうんうんとうなずいた。


「全くだ。勢いで作ってしまったものばかりだからほとんど覚えていないぞ。色々と作りすぎたせいでオリジンの地下は穴だらけだな」


「上水道に魔線に地下通路、蜘蛛の巣みたいに張り巡らせましたからね。おかげで評判も良いみたいですね」


 上下水道程度であれば都市部に行けば普通に整備されているが、オリジンの売りは魔線を設置したことだ。第二区画販売後に魔線の設置を始めたので一度綺麗に整えた道路をすべて掘り返すことになってしまったが、便利だと話題になり区画は一気に完売してしまった。


世界樹の主根からの魔力を各家庭でも使えるように魔線を町中に張り巡らせているおかげで領民たちは魔石を使わなくとも魔道具を使えるようになった。世界樹の主根からオリジンまで魔線を引っ張ってくるのにはかなりの費用が掛かったが、魔力の使用料として税を徴収する予定なのですぐに賄える予定だ。


「おかげで領民たちには好評みたいですもんね。他の都市より土地の値段も税も高いのに移住者はどんどん増えますし嬉しい限りですよ」


「そりゃそうだ。水を汲みに行く必要もないし、糞尿の処理も必要ない。金さえあれば便利な魔道具を買って家事も楽になるし、何より清潔だ。この町での生活を知ってしまったら他の町に行くのは無理だな」


 魔道具の開発も積極的に進めているおかげで、水洗トイレに洗濯機、冷蔵庫にクーラーなんでもすぐに購入することができる。大量に物が売れるおかげで経済は回りどんどん豊になっていく。ユートピアに来れば何らかの仕事にありつけるため移住希望者が後を絶たない状況だ。


「さあて今日も工事に取り掛かるか。チェイスがいると工事速度が何倍にもなるから助かるぞ」


「早く完成させないとエイブラム様がうるさいですからね。俺の屋敷ができるのはまだか! ってしきりに言っていますし……よっぽど楽しみなのでしょうね」


「今月中には貴族街の建設には大体の目途がつくだろ。素材が全然足らないらしいから、これが終わったら鉱山での仕事が待っているな」


「鉱山労働は地味なのでできれば遠慮したいですね……」


 鉱山では魔法で必要な物質を魔法で精製するだけの仕事で全く達成感がないのでできれば遠慮したいところだ。


(鉱山近くに工場でも作るか……輸送も馬車頼りだし併せて鉄道の建設にも着手する必要があるな。また世界樹からの魔線を延長せんといかんのが面倒だが、後々のことを考えると楽になるはずだしな)


(うーん、とりあえず構想をクリスに伝えて設計に入ってもらって、魔線の延長は僕がした方が早いよね……また仕事が増えちゃう……)


(線路を引くのに時間がかかるだろうからまずは線路の規格を決めて、早めに取り掛かってもらおう。線路の設置は建設ギルドに依頼するか)


(建物の建設に魔線設置、魔道具の開発……あとアンドロイドの製造も急がないといけないし……オリジンは生活はしやすいけど、僕は旅をして世界を周っていた方が気楽でいいな……)


(まあそう言うな。今のユートピアはチェイス頼みのところが多いからな。エリーやクリスはチェイスより百年以上長生きするだろうし、チェイスが死んだ後も領地経営が回るように仕組みを作っておかないとな)


 エルフやホビットの寿命は人間よりかなり長い。人間は六十年生きれば良い方であるが、エルフやホビットは二百年は普通に生きる。


(確かにそうだけど……エリーとクリスのためなら仕方ないか……)


「こら! チェイス! 手が止まっているぞ! 早く次の壁を組み立ててくれ!」


 オッ・サンと話していたら手が完全に止まってしまっていた。


壁となる部分の基礎には事前に鉄筋を埋め込んでいる。鉄筋の周りに魔障壁で型枠を作り、そこにコンクリートを流しこみ壁を作っていく。半日もすればコンクリートが固まるため、次は二階の床、壁、屋根と少しずつ組み立てていくことになる。


 僕の仕事はここまでで、あとはそれぞれの職人たちが工事をして大体数十日もあれば屋敷が出来上がる。


 他の屋敷の建設と並行して僕の屋敷の建設にも取り掛かる。城以上に様々な隠し部屋や脱出路を作るために他の人に任せることができないので、他の作業の合間に自分で工事を行う必要がある。


 特に屋敷の地下にはこだわっており、地下研究所や緊急脱出路を既に作り上げている。地下研究所では、あまり表に出せないいかがわし物の研究をする予定である。


 オッ・サンはドラゴン肉から媚薬を作る研究を進めたいそうだ。予定では僕の書斎から地下の研究所につながる抜け道を作り、地下研究所からエリック樹海に出る地下通路を作る予定だ。地下通路はあくまで非常時の備えであり、決して仕事をさぼって狩りに行くためではない。






 色々と工事を進めているところではあるが、ユートピア城で唯一完成していないのが、魔導砲と魔導バリアーの二つだ。二つとも理論上完成しており、いつでも設置ができるのだが、フレイス共和国に報告するかどうかで意見が割れている。


「魔導バリアーはともかく、チェイスの大規模魔法以上の威力が出る魔導砲を議会の承認なしに設置するなどありえん! ばれたら宣戦布告と取られてもおかしくないぞ!」


「承認を求めても許可が下りるわけがないですよ! それならこっそりと設置すべきです。ばれるときは使うときですし、そんな切羽詰まった状況でばれてもお咎めはないと思います」


「それは確かにそうだが……もう知らん! エリーミア! お前が決めろ!」


「では、ご主人様の言うとおりにしましょう。」


 エリーは満面の笑顔で答えた。


「……まあそう言うとは思ったが……ばれても俺は一切関与しないからな! 許可証にサインもせんぞ!」


「あとはこちらで進めておくので大丈夫です。じゃあ、エリー、この書類にサインをよろしく」


 エリーは書類を受け取ると何の迷いもなくすぐにサインをした。


「エリー、ありがとう。じゃあクリス、早速導入に向けた準備に取り掛かろうか」


「いつでも取り掛かれる準備はできているよ。ただ、設置前に一度実験をしておきたいけど」


 魔導砲は理論上完成はしているが、まだ実際に実験をしたことがないため確かに実験は必要かもしれない。


「陸地じゃ実験も難しそうだし……海にでも持って行って実験してみる?」


「実験するときは俺にも教えろ! 絶対に一緒に行くからな! お前らだけだと下手したら大陸の一部が吹っ飛んでしまいそうだ」


 魔導砲の実験にはエイブラムも同行することになってしまった。







 目の前には青く輝く綺麗な海! そしてその海の中を縦横無人に泳ぎまくる海獣の姿が……


「ここからでも視認できるなんて何十メートルあるんですか……海を渡れない訳が分かりましたよ……」


 海を支配する海獣のせいでエイジア王国でもユールシア連邦でも海路を使った貿易は行われていない。漁は陸から近いところの魚を捕るか、浅瀬を泳ぐ魚を小舟で獲る程度であまり活発には行われていない。海を資源として使用することが難しいため、海辺に村や町は少ないのだ。


「俺も初めて見たがとんでもないな。まあ、ここなら多少爆音が鳴り響いても問題はないだろう」


「じゃあ全力で撃ってみますか!  どの程度の威力が出るか楽しみですね」


「ちなみにだが、予想ではどのくらいの威力がでるのだ?」


「オリジンの町第一区画は跡形もなく吹き飛ぶほどの威力が出ると思います……」


 クリスが苦笑いしながら答える。


「……却下だ! まずは最大威力の半分……いや、三分の一程度から試すぞ」


「了解しました。今日魔石で持ってきた魔力は魔導砲最大威力の一発と半分程になります。万が一足りない分はチェイスから魔力を分けてもらう予定です」


「あまり聞きたくはないが、チェイスの魔力は魔導砲何発分になるのだ?」


「正確な量は測れていませんが、少なくとも二発分以上はありますね……」


 以前正確な魔力量を測ろうとしたのだが、計測器の魔石がいっぱいになってしまい測ることができなかったのだ。


「お前本当に人間か? どうすれば人間の体内にそれほどの魔力を蓄えることができるんだ……」


 確かに人間の体内にそれほどのエネルギーを蓄えることができるというのは不思議であるが深く考えても仕方のないことだと思う。


「そんなことより早く実験しましょうよ。準備はもうできているでしょ?」


「ああ、いつでも大丈夫だよ。では記念すべき一発目を打ちます! エイブラム様、このボタンを押せば発射されますのでお願いします。念のため耳栓をつけておいてくださいね」


 エイブラムが恐る恐るといった感じでボタンの上に指を乗せ、ボタンを押しこむ。一秒……二秒と過ぎ何も起こらないなと思った瞬間、前方で大きな爆発が起こり、海が割れた。それを視認したと思った瞬間に凄まじい衝撃波が全身を襲う。


 津波を想定してかなり高い崖の上から魔導砲を撃っているが、足元付近まで津波が押し寄せてくる。数キロ先の爆発原では巨大なキノコ雲ができている。


「おい! 今のが本当に三分の一の威力か!? 全力で撃ったら俺たちの命が危なかったんじゃないか!?」


 エイブラムが僕の襟首を持って大きく揺さぶる。


「ちょっとエイブラム様! 痛い痛い! 全力で撃つのでしたらもっと遠くを狙っていたので大丈夫ですよ! 多分」


「多分とはなんだ多分とは! クリス! 実際のところはどうだ!?」


「全力で撃ったとしても魔力制御や距離などの関係でせいぜい今の倍程度の威力のはずです。死にはしないでしょう……多分。足元で撃てばまた別ですが……」


 エイブラムは少し落ち着いたようで僕の襟首を持つ手を放した。


「これはやろうと思えばユートピアからオルレアンを狙うこともできるのではないか?」


「現状そこまでは無理ですね。狙えるのは半径十km程度が限界だと思います。遠距離砲についてはまだまだ研究段階です」


 クリスの言葉を聞いてエイブラムは少し考える。


「これは下手に公言できんな……魔導砲が広まってしまうと戦争のやり方そのものが変わってしまうぞ……」


「そこで重要になるのが魔導バリアです! 近距離で発動する分、魔導砲に比べて制御は簡単ですし、同じ魔力を使えば魔導砲では魔導バリアを破りようがありませんので!」


 自信満々でエイブラムに答えた。


「チェイスは少し黙っていろ。魔導砲を使うためには世界樹からの魔力供給が必要だが……それを考えるとユートピアの立地は神がかっているな……今時点で魔導砲とバリアのことを知っているのは何人だ?」


「エイブラム様意外には僕とチェイス、エリーにシエル、ドワーフの一部だけですね」


 ユートピアの秘密兵器のため開発は極秘裏に進めてきたため、知っているのは一部しかいない。


「どうせ反対しても配備はするのだろう? それならすぐに戒厳令を敷け! 予算書、稟議書、関係する全ての書類から魔導砲とバリアの記述を消し、配備費は記録の残らない裏金から支出しろ!」


「書類の処理はすぐにできますが……そんなにたくさん裏金があるのですか?」


「魔金属の販売量を一パーセントごまかしているからな。それなりの金額があるから遠慮なく使え」


 魔金属の販売額はとんでもないため、その一部だとしてもかなりの裏金ができているはずだ……何に使う予定だったのか分からないがしっかりしていることだ……


「じゃあその話は戻ってから実行するとして、最後に最大威力で一発撃ってみますか!」


「絶対だめだ!! !!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る