第138話 結婚を認めたくない僕
第一区画北側に立つ城の西側をの土地にオリジンの町の重要人物が住む邸宅街として整備している。僕の邸宅の他にも町長のエイブラムや各ギルド長の邸宅などが立ち並んでいる。
待ちに待った邸宅がようやく完成し、現在は引っ越しの作業を進めているところだ。一階に応接室や客室などを配置し、二階を寝室や個人の部屋を整備している。
「ここがルーナの部屋でその隣がリリーの部屋でいいかな? 僕とシエルの寝室がその反対側になるから」
「結婚するまでは寝室は別だからね。私はリリーさんの隣の部屋を貰おうかな」
「女の子はみんな近くだね! 良かった」
ルーナは楽しそうにはしゃいでいる。しかし、分かってはいたことであるが、引っ越してまで別々の部屋に寝るのは寂しいものだ……
「私も部屋を頂いてよろしいのですか? 使用人用の相部屋で構いませんが……」
「思っていた以上に屋敷が広くなっちゃったし、二、三人くらいメイドを雇おうと思うんだ。リリーにはメイド長として取り仕切ってもらいたいし、ルーナのお世話もお願いしたいから近くの部屋の方がいいしね」
「それでしたらお言葉に甘えて使わせていただきます。しかし、メイド長でしたらもっと経験のある方を雇われた方が良いと思いますが……」
「リリー以上に僕たちのことを分かってくれている人はいないから絶対リリーにお願いしたいんだ。さあ、早く荷物の片づけを終わらせよう! 早くしないと今日寝る場所がないよ!」
リリーがなんとか断ろうとしているようだったので、無理やり話を切り上げて荷物の片づけに戻った。既に家具はある程度運びこまれていたが部屋中に荷物が山積みでこれを片付けないことにはベッドメイキングまでたどり着きそうにない……
荷物の整理を進めていると一階から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「引っ越し祝いに料理を持ってきたぞ。少し休憩して一緒にどうだ?」
誰かと思えば一階で僕を呼んでいたのはエイブラムであった。非常に珍しい来客だ。しかもわざわざ土産を持ってくるなど……これは何か裏があるに違いない……
「エイブラム様が来るなんて珍しいですね。むしろ仕事以外のことで会うなんて初めてじゃないですか? ちょうどお昼だから助かりましたが……」
「ああ、まあ、たまにはな。テーブルと椅子くらいはあるのだろう? 冷めないうちに食べてしまうぞ」
何か怪しい気配を感じながらもシエルとリリー、ルーナを一階の応接間に呼んだ。
みんな席に着いたが、リリーだけは給仕をするためか僕の横に立っている。
「リリーも一緒に食べようよ。エイブラム様が持ってきてくれたものだから美味しいはずだよ」
「ああ、せっかくだからリリーさんも一緒に食べてくれ。給仕くらい自分たちでできるからな」
(エイブラムが目下の者を“さん”付けで呼んでいるの初めて見たな……)
(すっごく違和感があるよね……)
エイブラムが強く勧めたため、リリーも席について食事を始めた。さすがエイブラムが持ってきた料理だけあって、高級な魔獣肉などの食材が使われており非常に美味しい。
「ところでだ、チェイスとシエルはいつ頃結婚するのだ? 年齢的には少し早いがもうそろそろいいのではないか?」
僕とシエルは今十六才で、この国の平均的な結婚年齢は十八才くらいであるが、法律的には十五才から結婚できるので早すぎるということはない。
「結婚は十八才と決めているのでそれからです。ただ、そろそろ準備を始めないといけませんね」
「二人の結婚式は盛大に挙げないとならないからな。あと一年ほどあるし、本格的に教会の建築にも着手するか。オルレアンに負けないくらいの大聖堂を建てないといけないな」
エイブラムがわざわざ僕の家に来たのはそれが目的だろうか? オルレアンに負けないくらいの大聖堂となるとかなりの手間はかかりそうであるが……
「まあ、大聖堂については教会や建築ギルドと調整をしておく。それより、チェイスはそろそろ第二、第三婦人については検討しないのか?」
「それは私も聞きたいな。エリーやリリーさんならいいけど、知らない人を突然連れて来られても困るしね」
この人たちは突然何を言い出すのだろうか……シエルとの結婚もまだなのに第二、第三婦人など決められる訳がないのに……
「第二婦人、第三婦人を取るかは置いといて、エリーは娘みたいなものなのでそもそも選択肢としてあり得ないですし、リリーのことは好きですけど恋愛的な好きとは少し違いますし……」
「おお、そうかそうか! 少し気が早かったな! それならいいんだ」
なぜかエイブラムは嬉しそうな表情を浮かべる。
「それよりエイブラム様こそ結婚しないのですか? 仕事ばかりで女っけが全くありませんが」
「周りからも早く結婚して子を作れとは言われるが、こればかりは相手の問題もあるからな」
「それならリリーさんはどうですか? 美人ですし、器量もいいですし」
シエルがニヤニヤしながらリリーのことを勧める。恋愛の話になった途端ニヤニヤするのはシエルの悪い癖だと思う。
「お、そ、そ、そうだな。まあ、リリーさんさえ良ければだが……」
こんなに動揺するエイブラムは初めて見た気がする……
「えー、でもリリーが結婚して出ていくと寂しいし仕事も大変にっ!!」
突然脛を蹴られてしまった。机の下のことで見えていないが、シエルがニコニコしながらこちらを見つめてくる……
「エイブラム様の家は隣だし通うこともできるし、仕事は他に人を雇うから問題ないですし、チェイス君はそろそろリリーさん離れしなさい! リリーさんはどう思います?」
「エイブラム様は私にはもったいないお方ですので……身分の差もありますし……それに今はルーナ様のお世話もありますので申し訳ありませんが……」
「今俺は貴族ではないから身分の差はないのだがな……」
貴族の妻と直系親族は貴族を名乗ることができるが、エイブラムは既に公爵家から独立しており貴族ではない。また、ユートピア領では町長の肩書はあるものの、子爵に貴族の任命権はないためエリーから貴族異を授かっているわけでもない。エリーが伯爵以上になれば準男爵位まではエリーの権限で授けることができるのだがそれはまだ先の話だ。
「ルーナのことなら私たちもいるから大丈夫です! もったいないとかルーナのこととかじゃなくて、リリーさんがどうしたいかを聞きたいです」
「私は……その……とっても嬉しいです……エイブラム様はとてもお優しいですし……ただ……私は子を産むことができない体ですのでエイブラム様のお相手としてはふさわしくありません」
リリーは俯きながら話す。リリーが子供を産めないというのは初めて聞いた話だ。これまで場を盛り上げていたシエルも何と言っていいか分からないのか無言になってしまった。
沈黙を破ったのはエイブラムだった。
「俺は次男で子を作る義務もない男だ。子ができない体だとしても何の問題もない。リリーさんがよければ結婚を前提にお付き合いいただきたい」
「ですが……それでは……」
リリーが僕の方を向く。
「僕としてはリリーとエイブラム様が結婚するのはかなり複雑だけど……エイブラム様ならリリーを幸せにしてくれると思うし応援するよ」
「はい……アルヴィン様ありがとうございます。エイブラム様、本当に私でよろしいのですか?」
「ああ、俺がリリーさんのことを幸せにする。チェイスも応援してくれるんだ、リリーさんは何も気にすることなく俺に付いてきてくれ」
「はい……お願いします」
リリーは嬉しくてか涙を流している。それとは対照的にエイブラムは本当にうれしいのか、必死でにやける口元を引き締めようとしているが、全く引き締まっておらず、いつもの威厳が全く感じられない。
非常に不本意ではあるが、エイブラムとリリーが付き合うことになった。リリーは当面の間は僕の家に住むらしいが、僕とシエルが結婚するくらいの時期に二人も結婚し、その後はエイブラムの家に住み、僕の家に通いで仕事をすることするらしい。
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