第135話 帰って早々説教を受ける僕

 森には再び緑が芽吹き、動物や魔獣の動きも活発になってくる。冒険者たち獲物を目指し森に出向いていくことも増え、冒険者が採取した素材を買い取るために商人の動きも慌ただしくなってくる。春は町全体の動きが活発になる季節でもある。


 道には馬車が行き交い、その両脇の歩道には人があふれるように行き来している。


「ユートピアは平和でいいね。エイジア王国のギスギスした雰囲気が嘘みたいだよ」


「ここがアルヴィン様の領地ですか……王国とは違いすぎて言葉になりません……城壁もエイジア王国のものとは違って迫力がありますね……」


 冬の間に第一区画の建物の建設が完了し使用できるようになったようで、入り口から順に冒険者ギルド、商業ギルド、建設ギルド……と並んでいて、各建物の中も人がごった返しているようだ。


 建物はエイジア王国の都市とさほど変わらない作りであるが、第一区画を取り囲む城壁はすべての光を吸い込むような漆黒の色でなかなか迫力がある。


 城壁は迫力があるくらいで済んでいるのだが、第一区画の中央にたたずむ魔王城……ではなく、子爵邸も城壁と全く同じ黒色で、こちらは完全に周囲から浮いてしまっている……


「迫力があるのはいいけどちょっと悪趣味なような……エリーたちは子爵邸にいるのかな? とりあえずあの真っ黒な城に行ってみようか……」


 ルーナも活発な町の様子につられてか、テンション高くキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いている。


「痛ってぇな! 足元をちょろちょろするんじゃねえぞ! 俺の龍革のブーツに傷がついたじゃねえか!」


 後ろから男の叫ぶような声が聞こえた。これだけ人が多いと足を踏まれることもあるだろうに……と思いながら後ろを振り向くとルーナが冒険者崩れのような男に絡まれていた。


 ルーナは自分の上着を両手で握りしめ、俯いて体を震わせている。男が大声を出したせいで、道行く人々は男とルーナから距離を取ってしまい、二人の周りにはぽっかりと穴が空いてしまっていた。


「申し訳ありません、僕の妹が足を踏んじゃったみたいで……これは立派な靴ですね。狼か鹿の革を使っているのですか?」


 男の靴は薄汚れており、どう見ても最底辺の狼か鹿の革のようにしか見えない。


「どっからどう見てもドラゴンの革だろ! 兄ならこの落とし前をどうつけてくれるんだ? 金貨十枚や二十枚ではとても足らんぞ!」


 男はニヤニヤとしながらこちらを見ている。しかし、なぜ人に絡みたがる低俗なやつはみんな歯が汚いのだろうか……この男もにやりとゆがませた口元から見える歯はほとんどなく、残っている歯は真っ黒になっている。


「せいぜい大銅貨数枚ってところじゃないですか? そのくらいなら今持ち合わせがありますから払えますけど、それ以上ならエイブラム様に建替えてもらいますので一緒にきてもらってもいいですか?」


 町の中央にそびえたつ真っ黒な建物を指さしながら答えた。


「何を言っているんだ? ごちゃごちゃ言わずに有り金全部置いて行け! 腰の剣もなかなかの値段になりそうだ」


(面倒くさいから切り捨ててしまえよ。エイブラムやエリーがうまく処理してくれるだろ)


(一応領民だしね……それにこんな人がたくさんいる中で殺しちゃうとまた変な噂になっちゃうよ)


 これ以上領民たちから魔王だのなんだのと言われたくはない。どうすれば良いか悩んでいると男の後ろから仲間の冒険者らしい男が声を上げた。


「バルム!! ! お前何をしているんだ! 早く謝れ! 殺されるぞ!」


 仲間の男はかなりの勢いで僕たちに絡んできた男の頭を殴った。


「痛ってぇな! 何すんだよ!!」


「うるせえ! とにかく謝れ! ……魔王様、この男バルムは先日オリジンに来たばかりで色々とよくわかっていませんで……私がよく言い聞かせておきますのでどうかお見逃しを……」


 仲間の男が地面に這いつくばって許しを請うてくる。別にそこまでする必要はないのだが……


「……一体何を言っているんだ? こいつは誰なんだ?」


 不穏な空気を察したのか、男の顔色が少し青くなったように感じる。


「馬鹿野郎! この街の影の支配者こと魔王チェイス様だ! この街で生きていくなら絶対覚えておけ! お前も早く頭を下げるんだ!」


「魔王……チェイス……様……ひっ……どうか命だけはお助けを」


 男も僕の名前は聞いたことがあるのか、瞬く間に顔色を悪くし、仲間の男に並んで地面に額をこすりつけた。土下座をされてもどうすればいいのか悩んでしまう……


「早く逃げろ! 魔王様があたり一帯を消し炭にしてしまうぞ!」


 周りで見ていた野次馬の中からそのような声が上がった瞬間、野次馬たちは脱兎のごとく僕の周りから離れていってしまった……昔と比べても僕への反応がひどいものになっているような気がする……


「何を騒いでいるのだ! ……チェイス!! やはりお前か!! 戻って来た途端に騒ぎを起こすなどどういうことだ!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、オリジンの町長エイブラムが兵を引き連れてやってきたようだ。


「僕のせいじゃありませんよ! ただ道を歩いていたら絡まれただけです!」


「言い訳は城で聞く! お前たちはこの二人を捕らえておけ! 処分は後で伝える!」


 エイブラムに引きずられるように城? に連れていかれた。

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