第134話 借りを返したい僕

 薄っすらと降り積もる何もない雪原にガラガラと馬車の車輪の音のみがこだまする。


 運が良いことに麓の村に向かう途中の村で魔獣肉と馬車を交換することができた。年老いた馬が一匹で馬車を引いているため、ゆっくり歩く程度の速度しか出ないが、それでも幼子を連れて荷物を持って歩くよりは何倍も楽だ。


 既に麓の村まであと少しというところまで来ているが、オークニアからここまですれ違う者は全くいなかった。もともと冬は行き来が少ない道であるが例年であれば、ユールシア連邦との貿易のために麓の村に馬車が増えてもいい時期である。ただ、今年はユールシア連邦に運べる物が少ないせいだろうか、商人の姿も全く見ることがない。


 しかし、今日は馬車の前に立ちふさがる一人の男がいた。麓の村に向かう途中で初めて会うのがこの男とは……


「シエル、馬車を少し離れた場所まで馬車を誘導してもらっていいかな。こないだの借りを返さなきゃ」


「私も一緒に戦う! チェイス君だけじゃラルクさんには勝てないよ!」


「今日は準備ができているから大丈夫。同じ相手に二度も負けないよ。シエルのお返しもしなきゃいけないからね」


 僕は割りと根に持つタイプだ。ラルクにシエルが殴られたことを忘れていない。僕は馬車を降りてラルクの前に向かった。


「逃げると思ったが意外だな。それとも逃げられないと諦めたか?」


「シエルの手前負けたままじゃ格好がつかないからね。そうだ、シエルを一日泊めてもらったことについてはお礼を言うよ。でもシエルを殴ったことについてはちゃんとお返しをさせてもらうよ」


(全く……ラルクの姿が見えた時点で魔法を使えば間違いなく勝っていただろうに……変な意地を張って負けても知らんぞ)


「何度やっても変わらないと思うがな。今度こそシエルを貰うぞ」


 シエルはきっぱりと断ったと言っていたが懲りないやつだ……


「それより今の王国の状況で近衛騎士団長が単独行動する余裕があるとは思えないけど大丈夫なの?」


「王からは何としてもお前を捕らえろとの命令があった。王はなんとしてもお前を王国に取り込みたいようだな。王からは人質を取ってでも従わせろと言われたが……女を人質にするのは俺の主義に合わない。負けたら俺に、いや、王国に従うと誓え」


「分かった。なら僕に負けたら二度と僕たちの跡を追わないと、いや、シエルのことを諦めると誓え」


「いいだろう。ではさっさと決着をつけようじゃないか」


 ラルクが剣を抜いて構えた。ラルクとの距離は約十メートル、僕も手に持った魔道具を発動させた。


 僕が何らかの魔法を発動させたことに気が付いたのかラルクが地面を蹴り、一気に距離を詰める。一瞬ラルクが消えたような感覚に陥ったが、すぐに大きく体制を崩して地面に膝をつくラルクの姿を視認できた。


 僕が使った魔道具は、周辺の重力を増加させるもので、込めた魔力の量によって範囲や重力増加量も増えていく。今回は半径五メートルほどの範囲に通常の三倍程度の重力を発生させている。当然僕にも三倍の重力がのしかかってくるが、立っているだけならなんとかできる。


 だが、剣をふるう必要があるラルクは違う。剣を持ち、鎧を着ているラルクはその重さから大幅に速度が低下する。いくら身体強化を使ってもまともに動くのは難しいだろう。


 体制を崩したラルクに向かって、魔法を放つが、ラルクは体制を崩しながらも魔障壁を張って守りを固めている。


 さすが近衛騎士団長といったところであるが、今回僕が使った魔法を魔障壁では完全に防ぐことはできないだろう。


 僕の放った魔法は、ラルクの魔障壁に阻まれてしまったが、その瞬間ラルクは激しく震え、糸が切れたように倒れこんでしまった。


 今回使った魔法は雷岩弾、雷魔法と土魔法の複合魔法で、たとえ魔障壁で防がれたとしても土魔法にまとった電気が魔障壁を貫通し、相手にダメージを与える。ラルク対策に考案した対魔法剣士向けの魔法といったところだ。


 今回の雷岩弾は雷魔法に魔力の多くを注ぎ込んだため、魔障壁で簡単に止められてしまったが、電気エネルギーは魔障壁を貫通しラルクにダメージを与えた。


 ラルクは完全に意識がなくなっているようで全く動くことはない。


「今回は僕の勝ちだね。約束通り僕たちの後を追わないでもらっていいかな? 聞こえてはいないだろうけど……」


倒れているラルクのもとを離れ馬車に戻るとシエルが走り寄ってきて抱き着いてきた。


「チェイス君すごい! 本当に近衛騎士団長に勝っちゃった!」


「クリスに対剣士用の魔道具をいくつも作ってもらったし、きちんと対策ができていれば負けないよ」


 もう一度ラルクの方を見てみると、意識が戻ったのか起き上がろうとあがいているが、手足をうまく動かすことができないのか立ち上がることは難しそうだ。馬車を引いてラルクのもとまで近づいた。


「あれだけの雷撃を食らってさすがというか……意識が戻ったみたいだね。約束通り、もう僕の後を追うのは止めてね」


「ああ……や……そく……は……まも……だが……つぎ……は、俺……勝つ」


 ラルクはまだうまくしゃべることもできないようだ。顔も上げずに地面に顔を付けたままなんとか声を出している。


「次戦うとなればユールシア連邦とエイジア王国の戦争だろうし、もう二度と戦いたくはないけどね」


 強い騎士とはできる限り戦いたくないし、もう会わないことを願うばかりだ。


 動けないラルクを残し、麓の村に向けて馬車を再び走らせた。

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