第132話 お金を稼ぐ僕

「シエル、リリー、ルーナもプレゼントがあるんだけど……」


 十日もの時間をかけて試行錯誤したダイヤのネックレスの試作品をシエルとリリー、ルーナに渡した。


「ありがとう! 綺麗な石だね……」


「私もいただいてよろしいんですか?」


 シエルもリリーもダイヤモンドの輝きに見入っているようだ。ルーナも目を輝かせながらダイヤモンドに見入っているのは驚いたが……


(小さくても女だからな。女は色を感じる細胞が男より多いらしくて、光がより綺麗に見えるらしいぞ)


 僕がダイヤモンドを見ても綺麗だとは感じるがそこまで魅入られることはないのは男だからだろうか?


「もちろんだよ。その石はダイヤモンドっていうんだけど、降臨祭が始まったら販売しようと思っているんだ。花とダイヤのネックレスのプレゼントって素敵じゃない?」


「白花と一緒にプレゼントされたら女性は喜ぶよ! チェイス君はいつもよく思いつくよね……やっぱり精霊様のお導き?」


「まあ、そんなところかな……」


 シエルは僕に精霊が付いていると思い込んでいるようだ……付いているのは精霊ではなく悪霊の類なのに……


(やはり女が喜ぶのは花と宝石だな! さっそく量産体制に入るぞ!)


(作るのは簡単だけど、どのくらいの値段で売るの?)


(一センチのダイヤで金貨一枚、二センチのダイヤで金貨五枚ってところかな? 三センチの特大サイズは金貨十枚で売るぞ)


(一つ五分で作れるのにぼったくるね……)


(世界中で作れるのは今のところチェイスだけだからな。適正料金だと思うぞ)


 作ったダイヤをネックレスにするのに多少の加工費がかかる程度で、ほとんどただ同然で簡単に作れてしまうのに、こんなにお金を取っていいのだろうか……


 ちなみにシエルとリリーに渡したのは三センチの特大ダイヤ付きのネックレスだ。


 早速十セットずつ作成し露店での販売を開始した。


 本来露店での営業であっても商業ギルドの許可が必要らしいが、この時期の街道沿いは露店であふれており、ギルドによる確認が難しいことから黙認されているらしい。


『幸せを呼ぶダイヤモンド~告白には白花とダイヤモンドを~』


 オッ・サン考案の変な文言の入った立て看板を掲げ販売を開始した。看板には特別に作った超特大サイズのダイヤモンドもつけてある。

販売を開始したとたん、女性たちが群がるように集まってきた。


「綺麗な石ね……一番安いものでも金貨一枚ね……このネックレスは告白するときに使うものなの?」


「いいえ、決してそのようなことはありませんよ。ダイヤモンドは非常に硬く傷が付きにくい石で、永遠の愛を伝えるための贈り物にもなります。求婚の際に使うのも良いですし、結婚後の記念日の贈り物としても使えますよ」


「それなら私も主人に買ってもらおうかしら……」


 女性はすぐに夫を呼びに行き、一番高いネックレスを買っていった。


(最初に買ったのが既婚女性とは予想外だな……)


 その後も購入していくのは年齢層の高めの既婚女性ばかりで、とにかく高いものから売れていき、昼過ぎには完売してしまった。

(予想外の購買客に予想外の売り上げだったな。金貨百六十枚の売上か……真面目に働くのがばからしくなるな……)


(充分稼いだし目立つ前に販売は止めておこうか……これだけで充分に食べていけそうだよね……それにしても裕福そうというか貴族っぽい人たちばかりだったね)


(販売価格が高すぎるとも思ったがかえってそれがよかったんだろうな。下手に販売価格を下げていたら客層が全く違っていたと思うぞ)


(金貨十枚の品がどんどん売れていくのは予想外だよ……内乱が起こっている国とは思えないよね)


 冬を越すには十分な資金確保ができたためダイヤ販売は一日で終わってしまった。飛ぶように装飾品が売れる理由はしばらくしてから知ることになる。







「またパンの値段が高くなったね……宿の値段もどんどん上がっているし、これも戦争の影響かな?」


「冒険者の姿もほとんど見なくなったし、みんな戦争に動員されているのか……情報を集めようにも人を集めて東に送られているってこと以上の話は出てこないしね」


 オークニアの町に来て五十日が立つ。ダイヤのネックレスの販売をした後、戦況が変化したのか、町から人が減り、物価はどんどん上がっている。ここ最近は十日程で物価が二倍以上に上がっている。


(この物価の上がり方は予想外だな。予想できていれば一儲けできただろうが、こればかりは仕方ないか……)


(食料品の値段が上がるのは分かるけど、宿や装飾品とかその他の値段が上がるのはなんでなんだろうね?)


(恐らくだが、王国が資金調達のために粗悪な硬貨を大量に発行しているんだろうな。例えば、今まで金の含有率が十パーセントだったのを五パーセントにしたりな。金の含有率が減ると王国が滅亡したときに貨幣の価値が担保できなくなるから貨幣価値が一揆に落ちているんだと思う。王国側が追い詰められている証拠かもしれん。ダイヤを販売したときには既に粗悪な金貨がかなりまぎれこんでいたんだろう。それをいち早く察知した富裕層が金貨を売れそうな貴金属などに変えていたのかもしれんな)


「精霊様とのお話は終わった?」


「考え事をしていただけだよ。多分物価が上がっているのは王国が危ない状況だからだと思うし気は抜けないかな? いつオークニアの町が争いに巻き込まれるかわからないし、食料だけはある程度確保しておこうか」


 いざとなったら適当に狩りをして食料調達をすればよいので問題はないが小麦や香辛料などはある程度確保しておいた方がよさそうである。


(冒険者も戦争に動員しているとなると、春先は魔獣の大量発生が起こるかもな。エイジア王国はかなり疲弊しそうだ……立て直すだけで数十年はかかりそうだ)


 








 王国との独立戦争が始まって百日近くになる。なぜこのような事態になってしまったのかいまだに分からない。きっかけは些細なことであった。


 王都から派遣された騎士団の一行が誤って領主の娘を馬車で引き殺してしまったのだ。今でもあれは事故だったと思っている。運が悪かったのはその領地がたまたま王国に対して良い印象を持っていなかったことと死んだ娘が領民からの人気が高かったことだ。


 さらに、死んだ娘はエセックス領との縁談が決まっており、嫁ぎ先も革新派として名高い家だったことも運が悪かった。


 あれよあれよと言ううちに領民たちの暴動が広がり、鎮圧のために王都から兵が派遣されるほどの事態になってしまった。エセックス領でも死んだ娘の婚約者を中心に暴動、いや、王国に対する攻撃が始まっていた。


 内乱が決定的になったのは、王都から派遣された兵の指揮官である第二王子が魔法で狙撃され殺されたことだ。


 安全地帯にいたはずの第二王子が何者かに殺された。今でも我が軍の仕業ではないと思っているが真相は分からないままだ。


 国民的人気のあった第二王子が殺されたことで王国の貴族だけでなく、王都の領民たちも激怒し、領地没収や莫大な賠償金の話が徐々に現実味を帯びてきた。この時点で私には独立戦争以外の道は残されていなかった。


 領地没収にしろ賠償金にしろ、領民に大きな負担をかけてしまうことになる。その道を選ぶくらいなら、いくら可能性が低くとも独立への道を歩んだ方がマシだと判断した


 幸いなことに、王都への宣戦布告をしたあとすぐにエセックス領から独立に加勢するとの話が来た。エセックス領は我が領より先に王都に対して宣戦布告しており、我が領と同じく後に引けない状況だったのだろう。


 戦力だけで見るならば、我が領とエセックス領だけで王国に対抗できるはずがない。だが、我が領軍の士気の高さやエイジア王国内での不作、そしてなぜか分からないが、ユグド教国からの武器や食料の支援のおかげで互角以上に戦えている。


「ジギスマンド様、王国貨幣の粗悪品の準備ができました。今回の金の含有率は十五パーセントです。銀貨も粗悪なものを大量に準備しています」


 ユグド教国から派遣されている魔法使いのエニマだ。エニマは魔族であるが人族に近い容姿をしている。違うのは背中に生えた黒い翼くらいだろう。魔族といえば、獣人や魚人など人族とはかけ離れた容姿の種族が多いが、エニマは翼以外は普通の人族と同じように見える。


 魔法の腕前は魔族だけあって非常に優秀であり、戦略的にも有効な助言を多数してくれる。


「予定より早かったな。今回も予定通りのルートでばらまいてくれ」


 王国金貨は通常二分の一以上の金含有が義務付けられている。今回王国中にばらまくのはその半分以下の粗悪品だ。


 不作や戦争に伴う食糧の不足に粗悪品の金貨が大量に流入したことで王国経済は崩壊寸前まで疲弊している。経済が疲弊し、充分な食糧などが手に入らない王国の軍の士気は下がり、冒険者を投入しなければ戦線を維持できないような状況にまで陥っている。既に王国側には独立承認という形での講和に持ち込むしか手段がない状況であるが王族や貴族たちはなかなかその決断を下せないでいる。


 私としても、こちらから王都まで攻め込むことは不可能だと分かっているため、早急にこの戦争を終結したいところであるが、こちらが先に引くこともできない。


 お互いジレンマを抱えながらも疲弊していく状況が続いている。


「ジギスマンド様、エイジス王国側はユールシア連邦や商業国家テイニーから物資を運んでいます。ジューツン橋を落とせばさらに追い詰めることができると思いますが」


 ジューツン橋はエイジア王国と商業国家テイニーを結ぶ交通の要所である。ジューツン橋建設は数百年前になるそうだが、馬車四台が並んで通れるほど広く、頑強な橋である。仮にジューツン橋を落としてしまえばかなりの距離を迂回する必要があり、王国の物流に大打撃を与えることができる。


「今後長きに渡って王国を苦しめることになってしまいそうであるが……仕方あるまい……」


 できれば我が領、王国と共になるべく被害が少ないうちに停戦協定を結びたいところだが私にも領民を守る義務がある。多少の被害は王国側にも覚悟してもらおう。


 橋を渡すようシャザ―に命令した時、エニマがニヤリと笑ったような気がしたが気のせいだろうか……


 数日後、エニマの手によってジューツン橋は完全に破壊されてしまった。

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