第128話 弟と戦う僕

「では計画どおり、俺が裏から回り込むからニックスの足止めは頼んだぞ」


 庭でニックスが素振りをしているのを確認してモーリスが屋敷の裏側に向かった。


 僕の使命はニックスを殺すことなく足止めすることだ。殺すだけであればこの場所から魔法で狙撃すればいいだけなので簡単なのだが……


 僕は正面からニックスに近づいていく。顔をフードで隠した不審な男が近づいてきたことでさすがにニックスも素振りの手を止め、こちらを凝視しながら剣を中段に構える。


「久しぶりだねニックス。大きくなったし、顔つきは父様そっくりになったね」


 僕はフードを外してニックスに近づいた。


「兄様……ですか? 本当に生きていたのですね……母様の言ったとおりだ。今日は何をしにイースフィルに来られたのですか?」


 ニックスは構えを解くことなく話し続ける。僕が突然現れたことに警戒しているようだ。


「今日はリリーを貰いに来たよ。さらっていくんじゃ悪いからニックスを倒して連れて行こうと思ってね」


 ニックスの目つきがこちらを睨みつけるように変わる。人相が悪いところもモーリスそっくりだ。ニックスが臨戦態勢になったことを確認して僕も剣を抜く。


「まさか剣で僕と勝負する気ですか? 兄様が僕に剣で勝てるとでも?」


「剣では勝てないかもね。でも勝負には負けないよ。いつでもかかっておいで」


 そう言った瞬間、腹部に衝撃が走った。


 体中を魔鱗で覆っているため斬撃のダメージはないが衝撃は感じる。


「本当に強くなったみたいだね。まったく剣筋が見えなかったよ」


「………………」


 剣で切りつけたのにダメージがないことでニックスは混乱しているようだ。続けざまに二回、三回と切りつけてくるが全く僕にダメージはとおらない。


 魔法や、魔獣の攻撃であれば、いくら魔鱗でガードしたところでダメージを受けてしまう可能性があるが、人間の攻撃程度ならば。いくら魔法で身体を強化してもほとんどダメージを食らうことはない。


「もう終わりかい? じゃあ次は僕の番だ」


 相変わらず魔鱗を発動した状況では他の魔法を使うことはできないが、攻撃手段がないわけではない。闇雲に剣を振ってラッキーヒットを狙う手もあるが、ニックスほどの実力者には通じないだろう。そのため、魔道具を使うことにする。


 魔鱗と一緒に他の魔法を使うことは難しいが、魔道具に魔力を送り込むことくらいであれば容易にできる。今回使う魔道具「エア4」はクリスお手製の魔道具で魔力を注ぎ込むことで、衝撃波を発生させることができる。ようは魔力を運動エネルギーに変えて空気の衝撃波、風魔法を発生させるだけの単純な魔道具だ。


 構造上多くの魔力を注ぐことはできないため、人ひとりを吹き飛ばす程度の衝撃波しか出せないが、その代わり発動スピードはそれなりに早いし連発も可能だ。


 ニックスに向かって衝撃波を何発も飛ばすが全て見えているのか避けられてしまう。だが、決して余裕があるわけではなさそうで、避けるのに精いっぱいといった感じだ。


(殺傷能力はほぼないが、当たればそれなりにダメージがある。魔獣相手には使えんが剣士相手なら足止め程度には使えるし、時間をかければ倒すことも可能か……はめ技みたいで格好悪いが、これで剣士ともある程度は戦えるな。近衛騎士団長戦の時もこれがあればそれなりに善戦できたと思うんだが……)


 近衛騎士団長戦のときは油断して馬車の中に魔道具をしまい込んでいたため使えなかったが、仮に使えたとしても勝敗は変わっていなかったと思う。


(エア4の消費魔力も微々たるものだし、魔鱗のおかげで剣士の一撃は僕には通じないしね。ニックスが魔法を使えるならまずいけど……)


(だが油断するなよ。魔鱗は斬撃には強いが、関節技などには無力だからな。近づかれて強化した馬鹿力でひねられたら一たまりもないぞ。まあ、この時代の剣士は戦闘中に剣以外で攻撃することはほとんどないらしいが……)


 ニックスは頑張ってよけ続けたが、ようやく一発目が当たった。一発当たれば続けざまに二発、三発と当てることは容易である。続けざまに三発の衝撃波を食らったニックスは大きく吹き飛び、屋敷の壁に体を打ち付けた。


 ちなみに強化魔法で力を強化することはできるが、防御力はほとんど上がらない。思いっきり体を打ち付けたニックスは足が変な方向に曲がっておりそれなりのダメージが入っているようだ。


「剣で戦わないとは……剣士として恥ずかしくないのか!」


「僕は魔法使いで剣はただの飾りだしね。そもそも負けたやつが何を言っても負け惜しみにしか聞こえないよ。悔しかったら勝ってから言うんだね」


(俺の本体である魔剣がただの飾り扱いとは……ちょっと寂しいぞ!)


(だって今までこの剣が役に立ったことって、食材を刻むくらいだよ?)


(確かにそうだが……)


 ニックスは悔しそうな顔でうなだれている。オッ・サンも同じく悔しそうな顔でうなだれている。僕の完全勝利と言っていいだろう。


「じゃあ、リリーは貰っていくよ。今僕はユールシアで領地運営をしている。経済や軍事全てにおいてイースフィル、いや、王都と比べても遜色のない領土だ。悔しければいつでもかかってくればいいけど、今のニックスやイースフィル程度じゃ相手にならないよ」


(姫をさらう魔王と魔王に対抗しようとする勇者の構図か……ますます魔王っぽくなったな!)


(僕たちに太刀打ちできるくらい領地運営をがんばれっていう励ましだったんだけど……)


 うつむくニックスを残して屋敷に向かった。モーリスがまだ出てこないところを見るとまだクロエを殺れていないのだろう。


 屋敷の中は静まり返っていて人がいるかもわからない状況であるが、探査魔法を使うと奥の部屋に人がいるのが分かったため、そこに向かった。


 部屋の中にはリリーの喉元にナイフを当てたクロエと剣を構えたモーリスがいた。


「クロエ……リリーを離すんだ」


 リリーはおびえた様子もなく僕の方を見ている。何年もたっているが昔と変わらないリリーのままだ。


「アルヴィン……本当に生きていたのね。あの人の言ったとおり……」


「あの人……ルタのことか……そんなことよりリリーを離すんだ!」


「アルヴィン様、大きくなられましたね。私のことは気にせずクロエ様を討ってください。クロエ様が生きていれば再びアルヴィン様に仇をなします。私は大きくなられたアルヴィン様を見られただけで充分です」


リリーは覚悟を決めたように目をつぶった。僕にリリーを殺せるわけがないのに……


リリーに傷をつけないためにもすぐにクロエから解放してやる必要がある。問題はクロエがリリーの喉元に突き付けているナイフだけだ。それさえなければ非力なクロエごとき何の問題もない。


「クロエ、目的はなんだ? どうすればリリーを離してもらえる?」


「あなたが死ねばリリーのことは離してあげる。私たちにとって、あなたが邪魔なの」


 クロエがそう言った瞬間、クロエの握っていたナイフが宙にはじき飛んだ、と同時にモーリスが目にもとまらぬ速さで動き、クロエをリリーから引き離した。


クロエと話している間に魔法を発動させ、クロエの持っているナイフをはじき飛ばしたのだ。魔法を使えない一般人に気づかれることなく魔法を使うことなど容易いことだ。


リリーは解放されたと同時に僕のところに走り寄ってきて、僕を抱きしめた。


「アルヴィン様ずっと会いたかったです。生きていてくれて本当に良かった」


「僕もリリーに会いたかったよ。心配かけてごめんね。ちょっと待って貰っていい?」


リリーを離してクロエのもとに向かう。クロエはモーリスに剣を向けられたまま座り込んでいる。


「クロエ、いくつか聞きたい。ルタのことについて何を知っている?」


「あの人のことならなんでも知っているよ。もし、私を殺ればあの人が黙っていないからね」


「ルタは僕を殺すためにあなたを利用しただけだよ。あなたに対して何の感情も持っていない」


「黙れ! あの人は何度も私のことを愛していると言ってくれたのよ! 必ずあの人が私を助けてくれるわ!」


モーリスの顔色が更に悪くなったように感じる。妻が訳の分からぬ愛を叫んでいるのだから当然だろう。


(ルタのやつクロエのことを何度も抱いているな……女を落とす方法をよくわかっていやがる……)


「父様顔色が悪いですよ。こんな女でも妻を殺すのは辛いでしょう。僕が代わりにやりますよ」


「いや、俺が殺る。これは領主である俺の仕事だ」


 モーリスは自分が殺ると言ってはいるが手は震え、顔色が悪い。とても殺せそうにない気がする。


「おやおや、お悩みでしたら私が代わりに殺しますよ。この女の役割はもう終わりましたからね」


 僕たちしかいないはずの部屋の隅から突然男の声が聞こえた。声がした方を見ると、そこには綺麗な銀髪で青い目の男……ルタが立っていた。


 ルタの姿が見えたと思った瞬間、再建ルタが視界から消えた。攻撃に備え身構えたが特に何の衝撃も感じない。


ルタの狙いは僕ではなくクロエだったようだ。


 クロエの胸部に剣を突き刺しながらニヤニヤと笑っている。


「あなたはよく働いてくれました。だけどもう用済みです」


「な……んで……わた……愛し……言っ……のに」


「ええ、便利な道具として愛していましたよ。本当によく働いてくれました」


 ルタがクロエから剣を抜いたことで、クロエは倒れこんで動かなくなってしまった。


 咄嗟のことでモーリス呆然としていたようであるが、すぐに一旦距離を取り、剣を抜き、ルタに切りかかった。


 モーリスはルタの腹部を切り裂いたが、ルタは痛がるそぶりも見せず平然としており、血も全く出ていない。


 ルタもモーリスに向かって切りかかるが、モーリスは簡単に受け止めて返しの一撃を食らわせる。


 ルタは腹部と肩の二カ所を深く切り裂かれたにもかかわらず全くダメージを受けているそぶりを見せない。


 モーリスが一旦ルタから距離をとったところで、ルタの頭めがけて魔法を放つ。


 魔法はルタの頭に当たり、頭は粉々にはじけ飛んだ。


 頭がはじけたはずなのに周囲には血や肉片は全くなく、頭だけが無くなった格好でルタは立ち尽くしている。


「殺った……のか」


 モーリスがそう言って肩を落とし力を抜いた瞬間、頭がはじけ飛んだはずのルタが再び動き出し、僕に向かって切りかかってくる。


 魔法の発動が終わったばかりで魔鱗の発動が間に合いそうにない。咄嗟に手を前に出し守りの姿勢を取るも、ルタの一撃が僕に届くことはなかった。


 前を見ると、腹部を貫かれたモーリスの後ろ姿が見える。モーリスが僕の前に立ちルタの一撃から守ってくれたようだ……


モーリスはルタに体重をかけるようにもたれかかり、そのまま床に倒れこんだ。


 モーリスは声を出すこともなく、全く動かずに床に倒れこんでいる。モーリスに近寄りたいが、頭のないルタが剣を構えているため近づくこともできない。


「頭が潰されたくらいでは死にませんが……しかしもうこの人形はダメそうですね。今日のところは引かせてもらいましょう」


(逃がすな!! ちょうど心臓のところに魔力の塊がある! ライフリング弾でそこを打ち抜け!)


 僕としてもこのままルタを逃すつもりはない!


ライフリング弾を取り出しルタの心臓部分を狙い放つ。弾はルタの心臓部分を貫くと同時に、ルタの体は拡散するように消えてしまった。


(やったのか!? 確実に魔力の塊部分は貫いたはずだが……いや、それよりモーリスだ!)


「父様!」


 モーリスのところに駆け寄り、体を起こすも全く動かない。いくら呼び掛けても返事はなく、胸からはあふれるように血が流れだし、顔色がどんどん青くなっていく。リリーもすぐに駆け寄ってきて、傷口をふさごうとするが全く血は止まらない。

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