第110話 魔獣討伐の依頼を受けた僕

 グレンヴィル領北部の町ガルシャに向かう馬車に揺られているところだ。明日にはガルシャの町に到着する予定となっている。


(ルタと再びあいまみえるかもしれんな。ルタの不意を打てればほぼ間違いなく勝てると思うが、逆に不意を打たれれば負ける可能性が高い。今のうちに少しルタの能力について整理しておきたいと思う)


(ルタのギフトは『魔獣の王』だったね。Cランク程度の魔獣なら十匹程度、ゴブリン程度なら千匹以上を自由に操れる能力だよね)


 ギフトとは魔法の一種であるが、原理が不明な魔法の総称であり、人によっては無意識化で発動していることもあるらしい。


(一つ気になったのがルタの能力が遠隔操作なのか自動操作なのかってことだ。千匹以上の魔獣を操作していることから恐らく自動操作だとは思うがな)


(遠隔操作と自動操作はどう違うの?)


(遠隔操作は一匹一匹に都度命令を与えて動かす方法で自動操作はあらかじめ与えた命令に沿って魔獣を操作する方法と思ってくれ。恐らくではあるが、イースフィルを襲ったゴブリンには「南に向かって進め」、「人に会ったら攻撃しろ」程度の簡単な命令が与えられていたんだと思う。そのくらい単純な命令でなければ複数の魔獣を一度に操ることは無理だろうからな。これも恐らくだが、命令が複雑になるほど、そして操る魔獣のランクが上がるほど大量の魔力を消費するんだと思う)


(仮に自動操作だとしたら何か対策は立てられるの?)


(与えられた命令を推測すれば対処しやすくなる利点はあるが、ルタがどこか遠くに居ても命令さえ与えれば操作できることになるからな。ルタの居場所を見せつけるのが難しくなるな)


(本当に厄介な能力だよね。今回の魔獣討伐もルタに合わないことを願うしかないね)








 ガルシャの町は牧畜を主産業とする小さな町で人の数より家畜の数の方が多い町でもある。


(そういえばこの世界に来てから牛肉を食った記憶がないな……牛の飼育がされているんだから市場に流通していても良さそうだだけどな)


(牛の肉っておいしいの? 魔獣の肉より美味しいなら食べてみたいけど)


(熊や猪に比べたらうまいと思うが魔獣肉と比べるとそうでもないな。魔獣や動物が山のように湧いてくるこの世界じゃ畜産の必要性は少ないのかもな。毎日冒険者たちが何百頭と動物や魔獣を狩っても全く減る気配が見えないし……これも魔力の影響か……)


魔力濃度の濃い場所ほど動物、植物に関わらず生育が早くなる傾向がある。生育が早いため繁殖が可能になるまでの日数も短くなるため放っておくとネズミのように増えて行ってしまう場所もあるという。


ガルシャの町に向かう道の途中には柵に囲まれた放牧地があちらこちらにあり牛や馬の姿が見られ、のどかな風景が広がっている。このあたりはまだ魔獣の被害はないようだ。


 ガルシャの町周辺は普段は魔獣の出現も少ないのか、城壁も検問もなく、町というよりは村と言った方が近いかもしれない。町の入口近くには何件かの店があるだけで、他は民家と思われる建物ばかりである。


町の奥のスペースには騎士団のものと思われるテントがいくつも立っていた。町の宿だけでは騎士団員を収容できないため、テントを張って生活しているのだろう。


 町の中だからであろうか、特に門番を立てることなく、騎士と思われる男たちは自由気ままに過ごしているように見える。


「グレンヴィル侯爵からの依頼を受けてきました冒険者のチェイスです。依頼書の写しと命令書を持ってきましたが責任者の方はいらっしゃいますか?」


 短パンに上半身裸の騎士とは思えない格好の男が近づいてきた。


「俺が騎士団長のジギスマンドだ。エドモンドの野郎……ついに応援が送れなくなったから冒険者を送ってきやがったか……依頼書の写しと命令書を見せてくれ」


 ジギスマンドは奪うように僕から書類を取り上げ内容の確認をしている。


「エドモンドの言うことだからどこまで信用していいかは分からないが、それなりに戦えるようだな。俺にお前の護衛をしろとの命令は気に入らんがこっちも余裕がない状況だから仕方ないか……」


 ちなみにエドモンドとはこの地を治める侯爵のことだ。普通の騎士団長であれば呼び捨てで呼べるわけはないと思うが侯爵とはどのような関係なのだろうか……


「だいぶ余裕がありそうに見えますが……余裕がないのですか? 現状を教えてもらえると助かります」


「余裕がなさ過ぎて困っている。状況か……だいたいいつも北の森の方角から魔獣の群れがやってくるんだ。だいたい三十匹前後ってところかな。もともと魔獣など年に一、二回出るかどうかって町だったんだが……最近はランクの高い魔獣が出現するようになったから俺も前線に出ないといけなくなった。こないだまでは酒を飲んで寝ていればよかったのに最近じゃあ十日に一回は魔獣討伐に出かけんといかんからな。まったく……余裕がなさ過ぎて困る」


  まだまだ余裕がありそうである。しかし、そうであればなぜ僕に依頼があったのか……


「……僕が来る必要ありました?」


「当たり前だろ! 俺がゆっくりするために応援を依頼したんだからな! 頑張って働いてくれ!」


「こちらとしては依頼料さえいただければ問題ないですけど……ランクの高い魔獣っていうのはどういった魔獣が出るのですか?」


「毎回違った魔獣が出るが一番厄介だったのはバジリスクだな。複数の蛇の魔獣と現れたが、毒で1人殺られてしまった。まあ、俺が首を切り落として仕留めてやったがな」


 バジリスクはたしかCランクの魔獣だったと思うが、それを一刀両断できるとはさすが侯爵領の騎士団長といったところだ。蛇系の魔獣は探査能力が高いため、魔法使いとしてはなるべく相手にしたくない魔獣だ。


(毎回違う魔獣が出るのか……そんなことは自然にはありえんことだろうからやはり確実にルタがからんでいるとみていいな)


「バジリスクや他の蛇の魔獣はもともとこの付近に生息する魔獣なのですか?」


「いや、聞いたことがないな。もともとは東に生息する魔獣のようだし、この付近では魔の森辺りまで行かないと見られない魔獣だと思うぞ。最近気候が変わったのか現れるのは今まで見なかった魔獣ばかりだな」


「普通ではありえませんよね……誰かが後ろで糸を引いている可能性は?」


「魔獣をわざわざ連れてきているやつがいるってことか? さすがにありえないだろ」


「まあ、そうですよね……」


「とにかくお前の腕を見てみたい。早速今から狩りにでかけるぞ。今のところ魔獣の群れは確認されていないが、少しくらいは魔獣もいるだろ」

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