第108話 色仕掛けに耐える僕

 グレンヴィル侯爵領は広大な国境線を持つ国であり、領主のグレンヴィル家は他国からの侵略を何度も防いできた武勲に秀でた家系としても名高い一族である。五十年前に数千人もの帝国兵を退けたヴェイス平原の戦いは今も語り継がれているそうだ。


 そんなグレンヴィル侯爵であっても今回の帝国の侵略には手を焼いていたようだ。平和な時代が長く続いたことにより領兵の練度が低下していることも原因の一つであるが、今までにない規模の帝国軍による攻撃や侯爵領北部での魔獣の大量発生が重なったことで大きな苦戦を強いられていたようだ。


 現在、僕とグレンヴィル領軍総司令官のジリアンは謁見の間で侯爵に報告をしているところだ。侯爵はひどく疲れた顔のせいで老けて見えるが筋肉隆々でいかにも剣士と言った風貌である。


「ガンタル砦への援軍誠に恩に着る。国境線の防衛はもう無理だと思っていたが、おかげで戦略の幅が一気に広がる。聞くところによるとチェイス殿は冒険者とのことだが、北部の魔獣討伐の依頼も受けてもらうわけにはいかんか?」


(魔獣の大量発生にはルタが関わっている気もするからな……正直あまり受けたくない依頼だな)


(断るわけにもいかないし、護衛に付けてもらえるならいいんじゃないかな? そろそろ僕が生きていることがルタにばれてもおかしくないし)


(それはそうだが……まあ、剣士の護衛が何人か入ればルタも手出しはできんだろうしな……)


「護衛に有能な剣士を付けてもらえるのならばその依頼お受けいたしましょう。正直剣には自身がないので、ある程度のレベルの護衛がいないと正直厳しいです。あとは冒険者ギルドに発注をお願いします。」


「Aランクの指名依頼としてすぐに手配しよう。護衛については現在騎士団が北部の魔獣対応に当たっているので好きに使ってもらって構わん。それについては後で騎士団への命令書を用意させよう。準備にはしばらく時間がかかるのでしばらくはゆっくりしておいてくれ。部屋とメイドは準備しているから好きに使ってもらって構わん。本来ならば祝宴を開くべきところであるが、戦時中故に申し訳ない。私とジリアンは今から今後の作戦会議があるからこれで失礼する」


 侯爵とジリアンは謁見の間から出て行った。


「チェイス様付きのメイドのソフィアです。部屋までご案内致します」


 ソフィアは僕と同じくらいの年齢で整った顔立ちをしている。


(えらい美人のメイドだな……部屋もメイドも自由に使ってくれというのはそういうことか……絶対手を出すなよ! どこぞの貴族の令嬢かもしれんし、既成事実を作られたらたまらん!)


(シエルに怒られたくないから絶対手は出さないよ!)


 メイドのソフィアに案内されるままに準備された部屋に向かった。部屋は屋敷の中の一室のようで確かに要人待遇をされているようだ。


「お食事は何に致しましょう。ご希望があればお持ちしますし、なければグレンヴィル領の特産品を用いた食事を準備いたします」


「じゃあ、特産品を使った食事を頼むよ。あと、体を洗いたいからお湯を貰ってもいいかな?」


「浴場がありますのでご案内致します。食事は入浴の間に準備させておきます」


 ソフィアに案内されて浴場に向かった。浴場はそれほど大きくはないが、綺麗な石が敷き詰められた豪華な造りになっている。早速服を脱ごうとしたが、ソフィアがなかなか出て行かないので服を脱ぐことができないでいる。


「何かまだあった? 服を脱ぎたいんだけど……」


「入浴のお手伝いをいたしますので遠慮なく脱がれてください。皆様そうされますのでご心配なく」


「体くらい一人で洗えるから大丈夫だよ。洗ってもらうのは緊張するから遠慮しとくよ」


「チェイス様のお世話を言いつかっておりますので、それでは領主様から叱られてしまいます」


 ソフィアは全く引く気配がなさそうである……


(仕方ないから背中くらい流させてやれ。だがくれぐれも……)


(分かってるよ! 絶対手は出さないから大丈夫!)


「じゃあ、背中だけ流してもらっていい?」


「かしこまりました。準備をして向かいますので先に湯船につかってお待ちください」


 さすがに同年代の女の子に見られるのは恥ずかしいので腰に布を巻き隠しながら湯船に向かった。湯船は十人は優に入れる大きさで湯は無色透明である。温泉ではなく、湯を沸かしているようだ。


(やっぱり湯船があると違うね。一気に疲れが抜ける気がするよ)


(疲れた体には風呂が一番だな。欲を言えば温泉だとありがたかったがな)


 湯につかりリラックスしていると、ソフィアが浴場内に入ってきたようだ。湯気で視界が悪いが、僕の背中を流すためか露出の多い格好をしているように見える。


 ソフィアが近づくにつれ徐々にその姿が鮮明に見えてくるが、露出の多い格好どころか一糸纏わぬ姿で入ってきたようだ。長い黒髪は後ろで一つに結ばれており、全身くまなく見えてしまっている。胸は決して大きくはないが小さすぎるということもなく、弾力のありそうなお椀型の胸の中心にはピンクの突起が……そこまで考えたところで我に返って目をそらした。


「ソフィアさん、なぜ裸なのですか?」


 なるべくソフィアの方を見ないように話しかける。


「お背中を流すのは服を着ていてはできませんので。お見苦しい姿ですがお許しください」


(これだけ元気になってしまったらしばらく湯船の外には出れないな……)


(仕方ないじゃない……)


「全然見苦しいことはないけど目のやり場に困るから……もうちょっと湯船につかっていたいから体を洗うのはその後でいいかな?」


「分かりました。では、お隣失礼いたします」


 ソフィアはそう言って湯船に入り、僕の隣に横座りで座り込んだ。水面の光の反射で多少は見えにくいものの、湯の下を漂うように揺れる二つの塊に思わず目が行ってしまう。この状況下では治まるものも治まらないと思い意を決して湯船の外に出た。なるべく見えないように下半身は布で隠してはいるものの元気になっていることはバレバレだと思う。ソフィアも僕と一緒に湯船から出た。


「では体を洗いますのでそちらにお座り下さい」


 綺麗に磨かれた木製の椅子に座ると後ろに立つソフィアがゆっくりと髪を櫛で溶かしながらお湯をかけてくれる。人に髪を洗われるのは久しぶりだが自分で洗うより気持ちがいいし、安らげる気がする。頭皮を櫛が撫でる優しい刺激にうっとりしているとソフィアが話しかけてきた。


「髪を洗うのに洗髪料を使いますので少しの間目を閉じていてもらってもよろしいですか?」


 断る理由もなかったので目を閉じると甘い果実のような香りが漂ってきた。ソフィアが僕の頭皮を揉み解すように洗ってくれる。これは今まで感じたことがないほど気持ちが良くうっとりとした気分になっていく。ソフィアは僕の頭を一通り洗うと湯で洗髪料を洗い流してくれた。いつの間にか僕の下半身はおとなしくなっていたようだ。


「ありがとう気持ちよかったよ。じゃああとは自分で洗えるから」


「お体もお洗いしますのでごゆっくりされてください」


 先ほどとは違う甘い香りが漂ってきた。ソフィアが石鹸を手で泡立てているようだ。ソフィアの手が背中を優しく撫でるように洗ってくれ、先ほどの頭を洗われる気持ち良さとは別の気持ち良さがある。首や背中、腕を洗った後は僕の胸部を洗おうと後ろからソフィアの手が伸びてくる。くすぐるように僕の胸部を優しく洗うソフィアの手の感触に再び元気になってしまったようだ。ソフィアの手は胸部から徐々に腹部に降りてくる。それに伴い、僕の背中にソフィアの柔らかい部分が当たるのも感じる。


「ソフィアありがとう。後は自分で洗うから大丈夫だよ」


 そういって立ち上がり、下半身をざっと洗って浴場を後にした。これ以上は我慢できる気がしなかったので苦肉の策だ。急いで体を拭き着替えて部屋に戻った。


(あれは確実に既成事実を作りに来ているぞ。体の洗い方など確実に何らかの教育を受けたプロの仕事だった。ただのメイドじゃなさそうだ)


 しばらくするとソフィアが食事を持ってやってきた。


「先ほどは失礼いたしました。何かお気に召しませんでしたでしょうか?」


「体を他の人に洗ってもらうことなんてないから緊張しちゃって、ごめんね。それよりそれが食事? もうお腹がぺこぺこだよ」


 無理やりな感じではあるが話題を変えることにした。


「はい。まずは前菜をお持ちしました。グレンヴィル領の北部は牧畜が盛んで乳製品が特産となっています。北部産チーズと南部産の果実と香草を合わせた前菜です」


(カプレーゼか。植物油に塩胡椒の味付けかな? この世界ではかなりの高級品だな。チーズと果実を一緒に食うと旨そうだ)


 オッ・サンに言われた通りチーズ、果実、香草を一口で頬張った。チーズのねっとりとした触感に果実の酸味と香草の香りが合わさりうまみ成分が口いっぱいに広がるのを感じた。チーズは初めて食べたが癖になりそうな味だ。そしてお酒が欲しくなる。


 僕の気持ちを見計らったようにソフィアがコップにワインを注いでくれた。コップは金属で出来ており重厚感がある。ワインとカプレーゼの相性もばっちりのようだ。


「カプレーゼのことはご存じでしたか? 皆さん最初はチーズと果実をそれぞれ食べられるのですが、さすがチェイス様は博識ですね」


「初めて食べたけど一緒に食べたらおいしいかなと思って。チーズは初めて食べたけど美味しいね」


「お気に召されたようでよかったです。今日の料理のほとんどにチーズが使われていますのでこの後もお楽しみください。次の料理が準備できるまでチーズの盛り合わせをお楽しみください」


 チーズの盛り合わせを肴にワインを飲んでいると、サラダ、肉料理、パンと次々と運ばれてきた。サラダには削ったチーズが振り掛けてあり、肉料理にはチーズを挟んだ鶏肉の揚げ物が、パンには溶けたチーズがこれでもかとかけられていた。


 どれもこれもとてもワインに合う料理でどんどんワインも飲み進めて行った。


「チェイス様はお酒もお強いのですね。もっと強いお酒もありますが飲まれますか?」


「じゃあお願いしようかな。お酒はどれだけ飲んでも酔わないから大丈夫だよ?」


 ソフィアの目が若干引きつった気がした。どうにかして僕を酔い潰そうとしているのかもしれない。ソフィアはリンゴの香りのする蒸留酒を次々に僕のコップに注いでくれたが難無く全て飲み干してしまった。


「お腹も一杯になったしそろそろ眠ろうかな。あのベッドを使っていいんだよね?」


 妙に大きなベッドなのが気になる。間違いなく一人用のベッドの大きさではないだろう。


「それでは夜の準備をして参りますのでお待ちください」


「………………」


 間違いなくあれの準備であろう。さすがに寝込みを襲われてはたまらないのでソフィアが部屋から出ていくと同時に部屋を囲むような魔障壁を展開してドアが開かないように細工をした。ドアをノックする音とソフィアの悲しそうな声が聞こえてきたような気がしたが気にせず眠りについた。

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