第73話 魔吸鬼と戦う僕たち

 日が完全に落ちた瞬間、銀色に光る半透明の魔獣が辺り一面に現れた。


 もっと醜いものを想像していたが銀色の魔獣たちは神秘的にも見える。


 魔吸鬼の眷属たちが実体化した瞬間に岩弾を眷属に向けて放つ。岩弾が当たった場所から魔力が抜けるようにしぼんで眷属は消滅してしまう。


(この近くにはいない! 北に向かえ! あと使う魔力が多すぎる! 倒せるギリギリを見極めるぞ! 使う魔力を少しずつ減らしていけ!)


「北に向かいます! 援護をお願いします!」


 進行方向に集中的に攻撃を行い道を作っていく。次々と眷属が現れそして消えていく。


 北に向かって樹海を突き進むがなかなか魔吸鬼は現れない。既に日が沈んでから一時間程度は立っているだろうか、僕のまだ魔力に余裕はあるが、ずっと剣を振りながら走っているクリスとワルター班長の息が上がってきている。


「大丈夫ですか? 辛くなったら少し止まって休みますよ」


「まだまだ大丈夫だ。動けなくなるまで動く! もしもの時は最初の約束通り命の優先順位どおりに行動しろよ!」


「分かりました! では遠慮せず前に進みます!」


 それからさらに一時間がたち二時間がたつが未だに魔吸鬼は見つけられない。クリスとワルター班長の疲労もそうだが走りづめなことで僕とシエルの疲れもかなりたまってきている。


「チェイス! まだ魔力に余裕はあるか!?」


「残り……半分……といったところです」


 だいぶ息が上がってしゃべるのも辛くなってきている。


「五分休憩するぞ! 疲れがたまりすぎてこのままだと肝心なところでミスがでる可能性がある」


 僕たちは立ち止まって息を整える。周囲に魔障壁を張ったため眷属たちは中に入ってこないが魔障壁は眷属たちの攻撃でどんどん削られていくため魔障壁を維持するために魔力がとんでもない勢いで減っていく。


(眷属が多い方向に行けば魔吸鬼もいると思ったが当てが外れたようだ……もしかしたら俺たちが動けなくなるのを待っているのかもしれんな……)


(魔吸鬼にそれだけの知能があるとしたらかなりまずいね。ダメもとで周囲を大規模魔法で攻撃してみる?)


(それは最後の手段だな……予想以上に魔力の消費が早い。動きながら魔法を使っていることと疲れで魔力制御がかなり雑になっているせいだな……このままだと持ってあと二時間ってところか……くそっ! 考えろ! 俺だったらどこで待つ! 獲物からそんなには離れられないはずだが……十メートル以内にもいない……)


 オッ・サンも珍しく取り乱している。かなりまずい状況だ。魔力はまだ半分残っているとはいえ肉体の疲労もたまってきており、正直あと二時間もつかどうか怪しいところだ。日の出まではどう考えても持ちそうにない。


「そろそろ出発するか……息は多少整ったが疲労は消えんな……魔吸鬼が近くに来れば身体強化が使えなくなるから分かるはずだが今は普段通りに使えるしまだ近くにはいなさそうだな」


「魔障壁に込めている魔力が消えたら出ましょうか。あと一分くらいだと思います」


(そういえば魔吸鬼の魔法を使えなくする能力はどのくらいの距離まで有効なんだ? そもそも常時発動型の能力なのか? それとも任意発動型の能力なのか? いや待てよ、たとえ任意発動型だとしてもこの状況で万全を期すなら発動していると考えるのが普通か……)


(あたり一面に魔法を放って消えたところに魔吸鬼がいるとか? )


(いや、一度発動した魔法は物理現象になっているから消すことはできないはずだ。それなら眷属はどうなんだ? 常時発動型なら魔吸鬼の近くでは眷属は消滅してしまうはずだ……そうなるとやはり任意発動型か……いや待てよ!)


 オッ・サンは喋るのをやめて集中しているようだ。何か思いついたのかもしれない。


(チェイス、出発するぞ! ただ進む方向を変える。次は東に向かって進め!)


「次は東に向かって進みましょう! 魔障壁を五秒後に解除します」


 魔障壁を解除した途端眷属たちが襲い掛かってくる。全て魔法と剣で倒し東に向かう。


(次はそうだな……南に向かってくれ)


 オッ・サンの指示どおり進行方向を変える。その後もオッ・サンからの指示どおり方向を変えながら樹海の中を進む。


(大体の位置は特定したぞ。魔吸鬼は常に俺たちから見て後方にいる。距離は三百メートル程先だな。どんなに方角を変えて進もうがいつもその位置にいる。半径五メートル程に眷属が全くいないんだ。恐らくやつ自身の魔法無効化能力で近くに眷属を出せないんだろう)


(結構距離があるね……探知能力で具体的な場所は探れないの? さすがに森の中で距離が三百メートルもあるとあたり一面を吹き飛ばすことも難しいし……)


(探知は現状半径十メートル程度までしか無理だ。眷属がいない場所は目視で確認しただけだから具体的な場所までは分からん。散弾は持ってきているか?)


(一応持ってきているけど散弾で倒せるかな? 三百メートル先だとほとんど威力は期待できないし、これだけ木があると当たらない気もするけど……)


(ここから使ったのでは無理だろうな。だから罠を張ってそこにやつを誘導する。クリスなら……時限式の魔道具も作れるはずだ!)


「クリス! 魔吸鬼の場所は特定できたけど、ここからじゃ倒せないんだ! 時間差で発動する魔道具をすぐに作れないか!?」


「十分あれば作れる! 集中したいから魔障壁を張ってくれ! 残存魔力で魔障壁を十分持たせられるか?」


「そのくらいならまだ大丈夫!」


 再度僕たちの周りを魔障壁で囲んだ。残りの魔力は三割を切っているがまだどうにかなる。


 オッ・サンの構想をクリスに伝え、クリスが魔道具を作る。さすが、クリスと言うべきか、五分もかからずに魔道具は完成した。


ただ、できた魔道具は一つだけ。持っている魔石をすべて使って魔道具を作ったため失敗は許されない。


「完成はしたがどこに設置する? 魔吸鬼の近くじゃ恐らく発動しないぞ。それに障害物が多すぎて、いくら散弾でも当たるかどうかは運任せだぞ」


「魔吸鬼は今半径5メートルほどの距離の魔法を無力化しているみたいなんだ。余裕をもって10m程の距離にいるときに罠が発動すると一番いいと思うけど……設置場所は……」


(チェイス! やけを起こした感じでこのあたりを火魔法で焼き尽くせ。あとは今まで通り行動しながら隙を見て罠を設置するぞ。奴に感づかれないように慎重にな!)


「一旦火魔法で周囲を焼き払います。その後また周囲をぐるぐる回りながら罠を設置しましょう」


 炎魔法であたり一面を焼き尽くした後は、魔吸鬼に悟られぬよう今まで通りの行動を心掛け周囲を動き回り、隙を見て罠を設置する。あとは三分後に魔吸鬼をこの場所に誘い込むだけだ。


(よし北東方向に進むぞ! 俺が眷属の位置を確認しながら大体の位置を探って微調整するから指示通りに動いてくれ!)


 オッ・サンの指示どおり北東三百メートル先に向かって進む。


(大体その位置で大丈夫だ。あと三十秒、ここで眷属を攻撃して時間を待て!)


 罠の発動まで残り三十秒……二十秒……十秒……既に疲労は限界に達しつつあり時間がたつのがとても遅く感じる。


 オッ・サンが残り秒数を数えていてくれるのがありがたい。五……四……三……二……一……オッ・サンのカウントどおりの時間で後方から爆発音がするのが聞こえた。罠はきちんと発動したようだ。


 爆発音とほぼ同時に銀色の眷属たちは全て空気が抜けるようにしぼみ消えていった。




「やったのか……? はぁ……」




 皆、力が抜けたようにその場に座り込んだ。もう限界だったのだろう。


「本当に今回は死ぬかと思いましたね。一応確認に行きましょうか。眷属の維持ができなくなっただけでまだ生きているかもしれませんし」


「そうだな。油断せずにいくぞ」


 何とか立ち上がり、罠を仕掛けたところに戻ると人型の魔獣が地面に這いつくばりうごめいていた。聞いていたとおり頭部には二本の角があり全身真っ黒の身体で手足は細く長い。右足は散弾によって吹き飛ばされている。


魔吸鬼は裸ではなく、毛皮のような衣服を着ていることからそれなりの知能があるのだろう。


「これが魔吸鬼か……止めを刺したいがうかつに近づけないな……」


「僕がやりますよ」


 腰袋から弾丸を取り出し魔吸鬼の頭目掛けて放つ。魔吸鬼は身体をびくっと一回痙攣させ息絶えたようだ。


「終わった……とにかく早く休もう。もうくたくただよ」


 クリスが再び地面に腰を下ろした。


「せっかくだからご飯にしようよ。Aランクの魔獣の肉なんてめったに食べられないよ?」


「チェイス君……あれを食べるの? 私はちょっと遠慮したいけど……」


「俺も食いたくないぞ……」


「僕も二人に同じく……」


 みんな食べたくないようだ。僕はゴブリンで慣れたし美味しければ何でもいいと思うのだが、どうも人間に近い見た目の魔獣は食べ物としては人気がないようだ。


「なら僕一人で食べるよ。素材として使えそうなところは分けておくから」


(チェイスの食べ物に対する好奇心は半端ないな。俺の教育のたまものってところか……俺も味わってみたいからいいけど)


 魔吸鬼の首を落とし、内臓を出して皮をはいだ。解体は今まで何百回とやってきたので慣れたものだ。手足にはほとんど肉はついていないが、体には少し肉がついている。


 魔吸鬼を解体しているときは皆引いた目で見ていたが、肉を焼き始めるときには皆食べたそうに見つめてきていた。さすがにAランクの魔獣というべきか、焼くだけで普通の肉以上の美味しそうな匂いが漂ってくる。


 肉に充分に火が通ったようなので一口かぶりつく。


「………………………………」


 焼けた肉に次々とかぶりついていく。言葉にできない程美味しいのだ。


(これは……言葉にできない程のおいしさとはこのことだな……筋が多くて多少食いにくいが味はとんでもなくうまいな)


「チェイス、どうなんだ? 美味しいのか?」


「……言葉にできない程のおいしさです」


 僕がそう言うと他の三人は勝手に焼いた肉を手に取って食べ始めた。肉の焼ける美味しそうな匂いにどうしても我慢ができなかったようだ。


「ちょっと! 僕の肉! いらないって言ったのに!!」


 結局四人でどんどん肉を焼き全て食べつくしてしまった。


「はぁはぁ……絶対食べないって思っていたのに……美味しすぎて止まらなかったよ……」


 肩で息をしながら恍惚の表情をしているクリスが妙に色っぽい。よっぽど美味しかったらしい。クリスだけでなくシエルもワルター班長も同じような表情をしている。ワルター班長の恍惚の表情はちょっと気持ち悪いが……


 皆お腹が満たされたことで油断したのかそのままそこで眠りについてしまったようだ。魔吸鬼のおかげで周囲に魔獣や獣がいななっていてよかったと思う。

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