第72話 エリック樹海を探索する僕
エリック樹海に近づくにつれて魔獣の数はどんどん増えていき、一日百匹以上もの魔獣を相手にすることになっていた。数以上に問題なのがキングウルフなどの上級魔獣が一日に数体現れるようになったことだ。
ほとんどはオッ・サンの探知能力で事前に発見し不意打ちを食らわせられるのでどうにかなっているが、オッ・サンがいなければ僕たちは既に全滅していただろう。それほど上級魔獣の力は厄介なのだ。
「やっと着いたな……本当によく生きてここまでたどり着いたものだ……ここから先はキャンプを張るのも命懸けだな……」
エリック樹海に到着するころには全員疲れ切っていた。ホビット自治区できちんと休息を取ったのは正解だったようだ。
「馬車はどうします? さすがにここから先に馬車を引いていくのは難しいと思いますが……」
「そうだな、馬には悪いが置いていくか。運が良ければ生き延びるだろう。さあ、中に入るぞ。探索の期限は十日以内、状況によっては即座に撤退をする。あとは命の優先順位を決めておく。シエル、チェイス、クリス、俺の順だ。同時に危機に陥ったときはこの順番で助けろ。とにかく治癒魔法が使えるシエルが俺たちの生命線だからなんとしてでも守り抜け!」
エリック樹海にはクリスが先頭でその後に僕とシエル、最後にワルター班長の並びで入った。
(本当にすごい魔力濃度だな……俺の探知能力もいつもより探索可能範囲がかなり狭くなるから気を引き締めろよ!)
大量の魔獣が出ることを想定していた僕らの心配とは裏腹にエリック樹海の中に入った途端魔獣が急に現れなくなった。
「既に樹海に入って二時間は立っていると思いますけど全く魔獣が出ませんね……」
「ああ、だが魔獣の死骸はあちらこちらに転がっている……油断はするなよ」
結局この日はエリック樹海を日が暮れるまで探索したが一匹たりとも魔獣は現れなかった。その日は樹海の中の少し開けた場所にキャンプを張ることにした。
「これだけ静かだと逆に不気味だよね。魔獣どころか獣の一匹も見ていないよ。こんなことってあるんだね……」
「ちょっと思ったんだけど、ジフ山脈にデモンが出た時と状況が一緒じゃない? あのときも周辺から魔獣や獣が消えたよね?」
言われてみればシエルの言うとおりだ。ジフ山脈では恐らくデモンの気配を察知した魔獣や獣が周囲からいなくなったと思われるが、今も同じ状況かもしれない。
「おいおいやめてくれよ。いくらチェイスがいるといってもデモンなんて相手にしたくないぞ」
ワルター班長は顔を青くしながら言う。
「もしかしたらデモンどころじゃないかもしれませんね……リューガ草原の魔獣の出現量を考えるとどれだけの数の魔獣が森から逃げ出したのか……森中に魔獣の死体が転がっているのも気になりますし……」
「今まで無視して進んできたけど、ちょっと魔獣の死骸を調べてみない? 何か分かるかもしれないし……」
シエルの提案に皆無言でうなずいた。奥に進むことばかりを優先して魔獣の死骸を気にも留めていなかったが、もしかしたら何か分かるかもしれない。
近くを調べてみるとシカ型の魔獣の死骸が一つ見つかった。
「何か外傷があるわけじゃないな……疫病か何かで死んだのか?」
「ちょっと見てみますね」
シエルが魔獣の死骸に手を当てて何かを調べている。治癒師は魔力を放出することで体内の状況を調べることができているのでそれを応用して何かを調べているのだろう。
「体内にも傷はないし病気でもなさそうね。全く死因が分からないわ……」
(チェイス、心臓の横くらいに魔石からあるから取り出してみてくれないか? )
オッ・サンの言うとおり魔獣を解体して魔石を取り出した。魔石を見た途端シエルとクリス、ワルター班長の顔が青ざめて行った。
「これは……最悪だな……早くここを出るぞ!」
「えっと、何か分かったんですか?」
「魔石から魔力が完全になくなっているのよ……こんなことができるのは……」
「魔吸鬼ぐらいだな……」
(魔吸鬼? 吸血鬼の親戚か?)
「初めて聞いたけどどんな魔獣なの?」
「そうか……チェイスはイリス教信者じゃないからな。聖書の話は知らないのか。Aランク、最上級に位置する魔獣で名前のとおり魔力を吸う鬼だ。戦闘能力自体も非常に高いが、最も厄介なのは魔吸鬼が魔力を吸うためにやつの近くでは魔法や身体強化が使えないことだ」
魔吸鬼はイリス教の聖書の中に出てくる魔獣で預言者イリスが倒した魔獣の一つなのだそうだ。
(確かにやばそうな魔獣だが三人が青くなるほどのレベルか? 全然どうにかなりそうなレベルだけどな)
「ワルター班長……ちゃんと説明しないと……魔吸鬼はね、吸った魔力を使って眷属を作り出せるの……吸った相手そっくりのね……」
「しかもだ、眷族たちは死ぬ前の意識を保ったまま魔吸鬼に操られ獲物を探してさまようと言われている。俺は死んだ後もこの森をさまよい続けるなんてごめんだ」
「つまり、この森には魔吸鬼の眷属がうろうろしているってこと? 今まで一体も見なかったけど……」
「魔吸鬼とその眷属が活動するのは日が沈んだ後だけ……日没まであと一時間ってところかしら?」
一気に僕の顔も青くなったのを感じた。日没まであと一時間……樹海の入り口までは急いでも数時間はかかる……そもそも森を出れば安全かどうかも分からない。
「もしかして……かなりまずい状況?」
「やっとわかったか……とにかくもう樹海の外に逃げる時間はない。とにかく暗くなるまでに対策を考えるぞ。おそらく日没とともに大量の眷属が現れて一気に襲い掛かられる。正直こればかりはチェイスの魔法頼りだが、魔力の続く限り攻撃して欲しい」
「眷属は魔力の塊って話ですけど、魔法で倒せるんですか?」
「眷属は魔力の詰まった袋みたいなもんだ。ある程度の威力で袋を破けば魔力が抜けて倒せる。もちろん俺たちも剣で戦うが多勢に無勢、とにかくチェイスの魔法が頼りだ」
「倒せるのはいいのですが、眷属の数次第では僕の魔力が先に尽きちゃいますけど……眷属はどのくらいの数いるんですかね?」
「最低でも数万は覚悟しといたほうがいいかもしれんな。チェイスの魔力量が人間レベルでないのは知っているが、ほぼ間違いなく眷属を倒し尽くす前に魔力が切れるだろうな……生き残るためには朝までチェイスの魔力を持たせるか、チェイスの魔力が残っているうちに魔吸鬼本体を見つけて倒すしかない」
「ちなみに魔吸鬼を見つける方法はあるのですか?」
ワルター班長が無言で首を振った。
(俺がこの場所で探れる範囲はかなり狭くなる。周囲と違う反応があれば分かると思うから樹海中を走り回って探すしかないな。獲物の魔力を吸うのが目的ならどんなに遠くにいても、いつかはこっちに近づいてくるはずだ。見つけたら見つけたでどうやって倒すかの問題はあるがな……)
「魔吸鬼は僕がなんとしても見つけます! 樹海の中を走り回ることになると思いますが僕を信じてついてきてください。そして見つけたら、十秒時間を稼いでください。魔法が使えるところまで離れさえすれば魔吸鬼を倒すことができると思います」
「かなり分の悪い賭けになりそうだがそれしか方法はなさそうだな。チェイス頼んだぞ」
日没までは体力温存のためにそれぞれ自由に過ごすことにした。クリスとワルター班長は剣の手入れをしているが、シエルは座って震えているようだ。
「シエルごめんね……こんなところに連れて来ちゃって……」
シエルの隣に座ってシエルの震える手を握り締めた。
「うんうん、いいの。チェイス君一人で死なせて後悔するよりは二人で死ぬ方がいいから」
シエルは無理やり笑顔を見せてくれたようでいつもの明るさが微塵も感じられない。
「僕が何とかするから二人で生きて帰ろう。……お願いがあるんだけどいいかな?」
シエルが首を横に傾げた。
「無事にオルレアンに帰ったらキスして欲しいんだ。それなら頑張れそうな気がする」
少しシエルの顔に明るさが戻った気がする。
「一回だけだからね? 本当はちゃんと結婚するまではダメなんだから」
(死亡フラグにならないといいな……)
(大丈夫だよ。オッ・サンはなんとしても見つけてよ?)
(俺もこんなところで死にたくないからな。味噌に醤油、炭酸入りのビールと作りたいもの、食べたいものはまだ沢山あるんだ。頼んだぞ相棒)
珍しいオッ・サンの言葉に思わずにやけてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます