第63話 エルフのエリーミア

 家に帰り、ベッドに寝かしつけようと準備していたところで奴隷の子は目を覚ましたようで僕に話しかけてきた。


「ご主……人様……申し……訳ありません……」


 まだまだしゃべるのもつらそうだ。


「ごめん、起こしちゃった? しゃべらなくてもいいからゆっくり休んどいてね。食べられるかどうかは分からないけどすぐに食事を持ってくるから」


(オッ・サン、こういう時は何を食べさせたらいいの? )


(とりあえずエネルギーが必要だろうし炭水化物とビタミンかな? 芋と根菜を煮てすりつぶしたやつをスープにして飲ませるか)


 オッ・サンの指示通りにスープを作り奴隷の子に飲ませようとしたが、まだ自分でスプーンを持つのはつらいらしく、僕がスプーンにとり口元に持って行った。


「ご……主人……様……いけ……ません……」


 奴隷の子は主人から食べさせてもらうのがいけないことだと思っているのか食べるのを拒否する。悪い意味で奴隷としてきちんと教育がされているようだ。


「食べないと元気にならないからダメだよ。じゃあ、これは命令だ。僕が食べさせるから君はきちんと食べること。あ、でも食べるのがまだきついなら無理しなくていいからね」


 奴隷の子は諦めたように僕が与える食事を食べ始めた。


 よほどお腹が空いていたのかあっという間にスープの皿は空になってしまった。治療はうまくいったようだ。


「まだお腹が減っているかもしれないけど、食べすぎてお腹を壊してもいけないからとりあえずこのくらいにしておこうか」


 奴隷の子はこくりとうなずき、そのまま気を失うように眠りについてしまった。


(しかし治癒魔法はすごいな。あれだけ弱っていたのにもう飯が食えるくらいに回復させるなんてな……)


(先生が言っていたようにエルフの自己治癒能力が高いってのもあるかもしれないね。とにかく今はゆっくり寝かせてあげようか)


 奴隷の子は完全に眠りに落ちたようなので起こさないように僕とクリスで見守ることにした。


 何時間が立ったのだろうか、いつの間にか僕も眠りについてしまっていたようで、玄関のドアが開く音で目が覚めた。その音でクリスも奴隷の子も目を覚ましたようだ。


「ただいま……えっと、その子は誰?」


 シエルが帰って来たということは既に日が暮れる時間になっているのだろう。


「お帰り。えっと、色々と手伝いをしてもらおうと思って奴隷商からさっき買ってきたんだけど……」


 いつものシエルの優しい目が冷たくなっていくことを感じた。いや、先日のクリスの時と同じように顔は笑っているのだが、目が笑っていない状況だ。なにやらだいぶ怒っているようだ。


「チェイス君、どういうことかな? 百歩譲って勝手に奴隷を買ってくるまではギリギリ許せるけど、なんで女の子の奴隷を買ってくるのかな? チェイス君はハーレムでも作るつもりなのかしら?」


「別に女の子を希望して買ってきたわけじゃなくて、たまたま条件に合う子が女の子だっただけで……って、この子、女の子なの!?」


 あまりに薄汚れて顔も体もガリガリなため性別についてはよくわかっていなかったのが本音だ。


「とりあえずチェイス君はそこに正座しなさい。クリスのことは私も間違ったけど、この子はどこからどう見ても女の子でしょ?」


「ああ、どこからどう見ても女の子だ。僕の時もそうだったが、チェイスはどこを見て男女を区別しているんだ?」


 男女の区別は感覚的にしているが、それにしても酷い言われようだ。シエルに逆らうことができずに僕はまた床に正座をした。


「奥様……申し訳……ありません……ご主人様は……弱った私を……見捨てることが……できずに……買ってくれたのです」


 奴隷の子は先ほどより少し元気になったようでだいぶしゃべれるようになったようだ。


「大丈夫だからあなたは安心して眠っていていいからね」


 シエルは優しく奴隷の子に布団をかけた。


「じゃあチェイス君、二階で詳しく教えてもらってもいいかな? クリスはこの子の様子を見ていてね」


 シエルの優しいながらも迫力のある声でのお願いにクリスは立ち上がり敬礼のポーズまでして了承した。僕は引きずられるように二階に連れて行かれてしまった。


 シエルの部屋で僕は事のあらましを包み隠さず説明した。


「はあ……優しいチェイス君は好きだけど、チェイス君のその性格、絶対いつか損すると思うよ? あと何か大きなことをするときは一人で決めないで私にも相談して! チェイス君のことを信じていないわけじゃないけど、チェイス君の考えは突飛すぎてたまに心配になるから」


 優しすぎるだの、損な性格だのこれほど皆に言われるとは……決して優しいわけではないと思うのだが……


「ごめんね。今度からはちゃんとシエルに相談します」


「はい、お願いします。じゃあこの話は終わり! お腹減っちゃったし今日の晩御飯はチェイス君の当番だから早く作ってね!」


 いつものシエルに戻ったようでちょっと安心してしまった。本当に僕は良い子と婚約したと思う。








 翌朝、部屋に行くと奴隷の子は既に起きていてベッドの端に腰かけていた。


「おはよう。お腹は減ってる? 今日までは昨日のスープにして、明日から少しずつ普通の食事に戻して行こうか」


 奴隷の子には二階の個室を使ってもらうことにした。これで二階の個室は四部屋とも全部埋まってしまった。


「おはようございます。ご主人様に起こしに来てもらうなんて申し訳ありません……」


 体長が良くなったのか、だいぶ普通に話せるようになったようだ。


「ここが君の家なんだから気を使わなくてもいいよ。あとご主人様はやめてくれないかな……チェイスって呼んでくれていいよ。呼び捨てが呼びにくいならチェイス君でもチェイスさんでもいいからね」


「いいえ……ご主人様と呼ばせてください。それが奴隷にとっては当たり前ですので」


「とりあえずはそれでもいいけど、いつかは名前で呼んで欲しいけどな。それより君はなんて名前なの?」


「申し遅れてしまいすみません……私はエリーミアと申します。今年十才になりまして、簡単な読み書きや計算、家事でしたらできます。よろしくお願いします」


(十才なら弟のニックスと一緒か……ニックスが読み書きや計算ができなかったことを考えると優秀だね)


(ニックスはバカではないだろうがアホだからな。今頃母親の乳軽女と楽しくやってるだろう)


「僕はチェイス、今年十二才になるよ。エリーミアかあ……エリーって呼んでもいいかな?」


「ご主人様のお好きなようにお呼びください。ところで私は何をすればよろしいのでしょうか?」


 エリーが不安そうに尋ねる。確かに何をするかもわからないままでは不安だろう。


「そういえば言ってなかったね、ごめん、ごめん。エリーにはある商品の開発と家事を主にやって欲しいんだ。もちろん体が完全に治ってから少しずつでいいからね」


 味噌と醤油の開発の件も少し説明をした。


「それだけでよろしいのですか? それだと一日の時間が余ってしまいそうです」


「余った時間は読み書きや計算と魔法の勉強をして欲しいんだ」


 エリーは不思議そうな顔をしている。


「奴隷の私が勉強をですか? そのような奴隷の話は聞いたことがありませんが……」


「エリーが大きくなったら僕の仕事を手伝ってもらいたいって思っているから、そのためにはいろいろと学んで欲しいんだ。難しい仕事も任せるつもりだし魔法や勉強も頑張って欲しいな」


「正直よく分かりませんが、ご主人様の言う通りに一生懸命働きます」


「忙しくなると思うけどよろしくね。あ、お腹減ったよね? つい話しすぎちゃったよ。すぐにご飯持ってくるから待っててね」


 相変わらず不思議そうな顔できょとんとしているエリーのもとを離れ食事の準備にかかった。


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