第64話 息子の仇を探す父親

 アルを殺した犯人の手掛かりを探して、イースフィルやその周辺の領地を探したがこれといった手掛かりはないままであった。


 そもそも周辺の領地は弱小の田舎貴族が多く、アルを正面から一突きで倒せる程の実力者は領主とその家族や護衛くらいしかいないだろう。


 わざわざ他人の領地で領主の息子を殺すなどよほどの理由がなければやるはずがないことを考えると、周辺領地の者が犯人である可能性はかなり低いと思う。


 あまり考えたくないことではあるが、犯人と一番関わりが深いと思われるのは妻のクロエであろう。思い返せば最近のクロエのアルに対する言動は常軌を逸していたように感じる。


 なんとしてもニックスを跡継ぎにするという執念のようなものを感じ、そのためにはアルを殺すくらいのことはやってしまってもおかしくはなかったと思う。


 だが、クロエが黒幕だとしても何も証拠はない。メイドのリリーも同じように考えているようで、事件以降クロエのことを探っており、逐一報告があるが、今のところクロエに怪しいところはないそうだ。


 クロエのことは確かに怪しいとは思うが、妻であるクロエを信じたい気持ちもある。


 アルが死んでから、今までの不機嫌ぶりが嘘のようにクロエは毎日笑って過ごしていた。心が弱っているときに優しくされると我慢ができなくなる。


 男の嵯峨とは言え嫌なものだ。


 周辺領地をいくら探しても何も見つからなかったため、私は王都を目指すことにした。王都には少し伝手もあるし、アルの師匠のルアンナ様もいらっしゃる。


 もう数年会っていないが、ルアンナ様はアルのことをかわいがっていたし、何か力を貸してくれるかもしれない、その思いで王都に向かった。


 王都までの移動はかなりの日数を取られてしまった。領地周辺で情報収集をしていた期間と併せて半年は領地経営を行っていないことになる。


 領地運営についてはクロエやリリー、その他の側近に分担してお願いしてきたが、戻った時にどのようになっているか不安がある。アルが開拓を頑張ってくれたおかげでイースフィルには多少の余裕があるのがせめてもの救いだ。





 王都に到着した私はルアンナ様の居場所を探した。ルアンナ様の住まいについては王国魔法騎士団副長のウィリスに聞いてすぐに知ることができた。


 ルアンナ様は王都北のスラム街の端で生活をしているらしい。なぜルアンナ様ほどの方がスラム街で生活をしているのか疑問に思ったが何かやむ得ない事情があるのだろう。


 久しぶりのスラム街は相変わらずひどい状況であった。無計画に建てられた建物のせいで道は狭く曲がりくねっていて、道には糞尿やごみが捨てられ、狭くて臭い道にはお腹が膨れた薄汚い子どもが何人も座り込み死を待っているような状況だ。


 だがルアンナ様の自宅に近づくにつれスラムの光景も少し変わってきた。道は広がり、周囲から臭いが消え、草木が増え始めた。そう思っているとスラムに似つかわしくない建物が目の前に現れた。恐らくここがルアンナ様の家なのだろう。貴族街にあってもおかしくなさそうなその白い建物は高い塀で囲まれ、完全に当たりとは一線を画している。


 門の前には警備が配置されており、警備兵にルアンナ様に取り次いでもらえるよう頼んだ。ルアンナ様は普段は来客とはほとんど会わないとのことであったが、アルの名前を出したところすぐに案内してくれた。


 応接室で待っていると下着のような薄く赤い布をまとったルアンナ様が現れた。いろいろと透けて見えてしまっていて正直目のやり場に困る。


「なんだ、アル君が来たのかと思ったらモーリスか。まあいい、久しぶりじゃないか。突然どうした?」


「手紙を書く暇も惜しく突然伺いまして申し訳ありません。ご無礼をお許しください。アルのことでご相談があり参りました」


「懐かしいな。アル君は元気にしているのかい? あれから三年が立つしいい男になっているだろうな」


 ルアンナは半笑いを浮かべ目を閉じながら答えた。成長したアルの姿でも創造しているのだろうか……


「……実は半年前にイースフィルでアルが殺されまして、今犯人の手掛かりを追っているところなのです」


「アル君が殺されただと!? ……死体はちゃんと確認したのか?」


 にやけた顔をしていたルアンナもアルが死んだと聞いて表情を曇らせた。


「ええ、私が埋葬しましたので間違いありません」


「まさか燃やしてはいないだろうな!?」


「殺された次の日に棺桶に入れて埋葬しましたが……それがどうかしましたか?」


「それならまあいい。いろいろと伝えんといかんこともあるが、とりあえず状況を説明してもらおうか」


 ルアンナ様に多数の魔獣がイースフィルに押し寄せてきたこと、アルと協力して倒していったことなどを説明した。


「そうか……犯人の目星も付いたが……」


「それは本当ですか!? どんな情報でも構いません! 教えてください!」


「まあ待て落ち着け。その前に重要な情報がある。多分アル君は生きているぞ」


「アルが生きているですって!? 確かに死んだことは私が確認しましたが……」


 アルが胸を刺され、冷たくなって死んだのは私が確認したことだ。これは間違いないと思う。


「私もいろいろと心配なことがあってな。アル君の誕生日にある魔道具を渡していたんだ。死ぬ寸前に体を仮死状態にして治癒する魔道具なんだが……アル君が死んだとき杖は持っていたか?」


 確かにアルの腰の剣の横には杖があったのは覚えている。


「ええ、確かに腰に杖を差していたと思います。杖の魔石は割れていたようですが……」


「それならほぼ間違いなくアル君は生きているぞ。アル君のことだ、生きていることが分かるとまた狙われると思って姿を隠したんだろう。イースフィルに戻ったら墓を掘り起こしてみろ。多分棺桶の中には何も入っていないはずだ」


「本当に……本当に、アルは生きているのですか!?」


「現段階では恐らくとしか言えないがな。アル君のことだ、姿を隠した先でも目立っているはずだから見つけるのは簡単だろう。姿を隠すとしたら……王国ではまたルタに見つかる可能性もあるだろうし、恐らくユールシア連邦のどこかだろうな」


「ルタ……という者がアルを殺した者ですか?」


「ああ、奴は魔獣を操る力を持っている。アル君がやられる前に魔獣が大量に表れたことを考えるとまず間違いなくルタが犯人だろう。ルタはユグド教の枢機卿だから簡単に手出しはできんから復讐は諦めてアル君を探すことに力を入れるんだな」


 ユグド教の枢機卿……それは確かに簡単に手出しができる相手ではない。だがアルが生きているのならばわざわざ復讐に命をかける必要もない。


「分かりました。アルが生きているのなら手出しはしません。しかし、なぜアルがユグド教の枢機卿に狙われたのでしょうか?」


「それについては私が悪かった。以前、アル君と修行の旅に出た時にルタと遭遇してな、アル君の力がばれてしまったんだ。ルタは王国の国力減退のために優秀な人材を裏で消しまくっているからな」


「ユグド教の枢機卿がですか……最近は比較的平和な時代が続いていましたが、また大きく時代が動きそうですね」


「ああ、最近はルタを始め教会の動きも活発になっているし、帝国側もきな臭い動きが増えてきている。近々何か大きな動きがあってもおかしくはない。領主としては大変な時代を迎えるかもしれないな」


 以前の王国と帝国の大戦の際は各領地から領主や領兵が招集され、働き手がなくなったせいで王国の領地が大きく後退したと聞いている。そのような事態はできれば避けたいものだ。


「ありがとうございました。おかげさまで大きな期待が持てました。とにかく今後についてはイースフィルに戻ってアルの生死を確認した後に決めたいと思います」


「ああ、しかしアル君がユールシアに行ったとなると王都に来ることは当分なさそうだな……そろそろ洗礼式だろうし、アル君が来るのを楽しみにしていたんだが……仕方ない、私の方からアル君を探しに行くか」


 ルアンナ様は軽く散歩にでも行くような雰囲気で話されているが大丈夫なのだろうか……他人事ながら心配になる。


「王都にこれだけの邸宅を構えているとなるルアンナ様は貴族でしょう? そんなに簡単に王都を離れられるのですか?」


「スラム街に住む貴族がいるか! 私は平民だ。金さえあれば家などいくらでも建つからな。人が訪ねてくるのが面倒だからスラム街に家を建てたが思いのほか不便でな、そろそろ王都の暮らしにも飽きてきたし、アル君を探しに行くついでに次の住まいでも見つけることにするよ」


 毎回思うが本当にルアンナ様は自由だ。貴族であり領地に縛られている私としてはこの自由な動きは羨ましい限りだ。


「では、私は早速イースフィルに戻ります。もしアルを見つけたら手紙をお願いします」


「ああ、アル君が了承すれば手紙を送るよ」


 ルアンナ邸を後にした私はすぐにイースフィルに戻ることにした。

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