第25話 初めて人を殺した僕

 ルアンナが向かっていった『オーク亭』に向かった。『オーク亭』はその名のとおりオーク肉料理を中心に出す店で、貴族も通う高級店だ。


「オーク亭かよ!? さすが金持ってるだけはあるな。たっぷりごちそうになるぜ」


 タッドは高級店でおごってもらうことに気を良くしたのか、肩を組んできたが、近づくと体臭が鼻につくのでやめて欲しい。店に入ると既にルアンナはお酒を飲んでいた。


「先生、お待たせしました」


「もう飲んでいるから気にするな。それより後ろのむさ苦しい男は誰だ?」

「酒をおごってくれるだけじゃなく、いい女と飲めるなんて今日は運がいいな」


 タッドは相変わらずニヤニヤしながらしゃべっているが、ルアンナは不機嫌そうだ。


「冒険者についていろいろと教えてくれる代わりにお酒をおごることになりまして……」


「あほか! こんな三流冒険者に聞く話などないぞ。こんな臭い男が横にいたんではせっかくの酒がまずくなる。さっさと追い出せ!」


「なんだと!? ちょっと顔がいいからって調子にのるな! 俺を誰だと思ってるんだ!? E級冒険者のタッド様だぞ!」


「そういう言葉はせめてC級以上になってから言うんだな。この子は八才だが既にE級だぞ。そんなレベルで威張り散らすなど片腹痛いわ」


「てめぇ!」


 タッドはそう言うと腰に下げた剣を抜いた。近くにいたお客は悲鳴を上げながら店の隅に逃げてしまった。


「アル君、いい機会だから殺しておけ。先に剣を抜いたのはあちらだし、証人は沢山いるからな。冒険者どうしの争いだ、罪に問われることはないだろう。だが、他の客の迷惑になるから外でやれよ」


「このガキが俺を殺るのか!? 冗談も休み休み言え! だが……言葉にしたからには守ってもらうぞ。おい、ガキ! 表に出ろ!」


(ルアンナが許してくれるわけもないし……こうなったら殺るしかないな。アルも覚悟して殺れよ)


 ルアンナの方を見たが、この騒動は終わったとばかりに席について酒を飲んでいる。あれはもう何を言っても無駄だろう。


 タッドは相当頭に来ているだろうし、逃がしてくれそうな気配はない。諦めてタッドと外に出て裏路地に入っていった。


「せっかくうまい酒を飲めそうだったのに残念だ。お前を殺ったあとはあの女だ。死ぬまで犯して苦しめてやる」


「できればこのまま殺さないで終わりたいんですけど無理ですよね?」


 タッドは無言で剣を抜いた。殺さないという選択肢はないようだ。


(アルが逃げのはルアンナが許さないと思うぞ。ここで殺らないと引きずってでも殺らされるだろうな)


 逃げる選択肢もなさそうなので心を決めるしかないようだ。


「腰の剣は抜かなくていいのか? 今なら待ってやるぞ」


「ええ、僕は魔法使いなので必要はありません。もう始めてもいいですか?」


 そう言って僕は右手を相手に向けて掲げた。


 タッドは焦ったように切りかかってくるがもう遅い。タッドと話していたときには既に魔力圧縮を終え、魔力を変換するだけの状況を作っていた。


 タッドは思ったとおり、身体強化も使えないようで充分に目で追える速度しか出せていない。


 タッドが切りかかってくる様子を見ながら魔力を熱に変え、タッドの身体に向かって放出する。初級魔法のファイアボールだが、人ひとりを弾き飛ばすことくらい簡単だ。ファイアボールはタッドの胸に当たるとタッドの身体を跳ね飛ばし、熱気をあたりに巻き散らす。


 タッドは強く壁に身体を打ち付け身動き一つしない。当たりには肉の焦げる臭いが充満している。


(生死を確かめるまでもないが……一応確認だけはしておくか。まだ生きている可能性もないとは言えないから気を付けろよ)


 タッドは背中を曲げるように横向けに転がっている。肩を足で蹴り、仰向けに体勢を変えると、ファイアボールが当たった場所が目に入ってきた。


(こりゃひでえな。当たった瞬間即死だったんじゃねえか?)


 胸は真っ黒に陥没し穴が開いているようにも見える。肺や心臓は潰れ、肋骨と共に蒸発してしまったかのようだ。今までタッドだった……無残な死体は、僕に猛烈な吐き気を与えた。


 タッドの死体から離れ、建物に手を当てうずくまり、胃の中の物を全て吐き出した。全部吐き出したと思ってもまだ吐き気は収まらない。


(アル……気持ちは分かるが、とりあえず、この場所を離れよう。この臭いが余計に気持ち悪くさせていると思う)


 オッ・サンに促されるままにルアンナのもとに戻った。ルアンナは何事もなかったようにお酒を飲んでいる。


「終わったか? ひどい顔をしているぞ。とりあえず座って……食べ物は無理だろうが、酒でも飲め。心が揺れたときは酒を飲んで洗い流すのが一番だ」


 ルアンナに誘われるままにコップに注がれた茶色の液体を飲み干した。口から胃にかけて熱が下っていく。かなり強いお酒だったようで、これまでの疲れもあったせいか一気に眠気が押し寄せてきた。


「生きていれば、敵が死ぬこともあるし仲間が死ぬこともある。私も最初は心を痛めたものだが、そのうちに慣れてくる。人ってのは本当に嫌なものだな。昔は嫌なことを忘れるために酒を飲んでいたが……」


(冒険者に酒飲みが多いのはルアンナと同じような理由からかもな。酒で忘れることがいいとは思わんがな)


 人を殺すのはあまり気持ちの良いことではないが、耐えられないほどのことではない。ただ、ルアンナのようにいつか慣れてしまう日が来るのだろうか……

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