第13話 強化魔法が使えない僕

 今朝は実に清々しい素晴らしい朝だ。


 なぜか僕のベッドでは裸のルアンナが僕を抱きしめる様に寝ている。僕の顔はルアンナの胸の谷間にあり、温か柔らかい感触が顔中に伝わってくる。


 昨日の夜のことはよく覚えていないが何かあったのだろうか。オッ・サンが僕のそばで気持ち悪い声を出しながら身もだえている。感覚が共有されるのは本当に煩わしい。


 何が何だか分からないが、もうしばらくこの素晴らしい感触を楽しむことにしよう。


 そう思った瞬間、ドアが開きリリーが入ってきた。


 裸のルアンナと抱きしめられた僕。


 それを見た瞬間リリーは大きな悲鳴を上げた。


「ルアンナ様! 起きなさい! これはどういうことですか!? 説明しなさい!」


 リリーが怒っているのは初めてみた。昨日のクロエにしろ今日のリリーにしろ、この2人を感情むき出しにして怒らせるとは……ルアンナはすごいやつなのかもしれない。


 ルアンナが言うには寝顔を見に来たがあまりにかわいかったから添い寝をしたらしい。裸なのは寝るときはいつも裸だからということだ。


 リリーは怒り疲れて、頭を抱えて座り込んでしまった。リリーの悲鳴にかけつけたモーリスは完全に蚊帳の外で裸のルアンナの姿にうろたえている。早くも二日目でルアンナはクビかと思ったがリリーがモーリスに声をかけた。


「モーリス様、申し訳ありませんが今日からアルヴィン様と一緒に寝かせてください。ルアンナ様がいたのではアルヴィン様はゆっくり眠れません!」


 リリーと一緒に寝られるとは……さすがルアンナ! としか言いようがない。オッ・サンは素晴らしい時間が終わったことで不満そうにしていた。


 朝からひと騒動あったが、なんとか落ち着いたので僕はモーリスと剣の訓練のために庭にでることにした。ルアンナはなぜか今日も付いてくる。


 ルアンナに笑われながら剣を振るのは嫌なので遠慮してもらいたいところではあるが、来るなとも言えないため仕方がない。


 しかし今日は昨日と違って真面目に僕たちの素振りの様子を見ている。


「モーリスは強化魔法は教えてないのかい? アル君は魔法が使えるんだからすぐに使えるようになると思うんだが……弟の方は既に身体に魔力を帯びているから教えればすぐに使えそうだぞ」


「私は剣を振るうちに自然と覚えたので教え方が良くわかりませんで……才能があれば剣を振っていればそのうち覚えると思っていましたが」


「魔法使いとして生きるにしろ強化魔法は使えた方がいいからな。しかしあれほどのレベルで魔法が使えるのに、身体強化が使えないとなると……アル君ちょっとおいで」


 素振りをやめてルアンナのもとにいくと、ルアンナが体中を触ってくる。しかも触り方が妙にいやらしく、ゾクゾクしてしまう。


 オッ・サンが朝に引き続きまたもだえている。一日に二度もオッ・サンの気持ち悪い姿を見るとは……勘弁してほしいものだ。


「あの……何を……あまりそういうことをされるとまたリリーが怒るかと……」


 モーリスが心配そうに見ている。


「心配するな。体内の魔力の流れを確かめているだけだ。アル君、今から身体に魔力を流すから何か感じたら教えてくれ」


 ルアンナが両手を持ち魔力を流しているようだが何も感じない。というか、今まで魔力というモノを感じたことがない。しばらく続けたところでルアンナは諦めたようだ。


「何も感じないみたいだな。アル君は、魔力の感受性がとても弱いんだろう。まあ、そのおかげで体内の魔力を何の抵抗もなく外に出せるんだろうが……」


「つまりアルは強化魔法は使えないということですか?」


「現状はその通りだな。体内魔力をコントロールする訓練を行えば使える可能性もあるが、そうなれば今度は強化魔法以外に支障が出る可能性がある」


「強化魔法は使えないと問題があるんですか?」


「近距離戦闘では圧倒的に不利だ。強化魔法が使えないということは、子どもと大人が戦うようなものだ。熟練者相手なら、切られたことにも気づかずに死ぬだろう」


 結構致命的な弱点のようだ。しかしニックスでも既に無意識で使えているというのに僕が全く使えないというのは情けない……


「そんな顔をするな。近距離戦では不利というだけで、ある程度距離を取った戦いなら今のアル君レベルでも勝てる者は少ないと思うぞ」


(まじかよ……アルなら天下を取れると思っていたが、そんな落とし穴があったとは……物語なら優秀な盾役がいれば後衛で活躍できると思うが現実だと厳しそうだな)


 ルアンナが慰めてくれるがなかなかショックだ。オッ・サンもショックを受けている。


「そんなに深刻になるな。強化魔法が使えなくても近距離戦闘ができる方法もないわけではない。今後教えていくから安心しろ。剣の修練もどこかで役に立つはずだから今まで通り続けろ」


 ルアンナがそう言うのならば信じるしかないだろう。そもそも戦闘能力がそれほど必要かと言われると現時点では必要はないので今のところは何の問題もない。


 剣の訓練が終わると朝食だ。


 昨日の夜は心臓や胃袋、腸といった内臓料理を食べたがなかなかに美味だった。生の肝臓に塩をかけて食べる料理にはドン引きしてしまったが食べてみるとコリコリとして以外に美味しく、モーリスも酒が飲みたくなったと珍しく飲んでいた。今日の朝食も何が出てくるか楽しみだ。


 朝食はシシ肉の香草煮込みといつもの麦粥だった。朝から肉が沢山食べられるのは本当に素晴らしい。これだけでもルアンナに来てもらってよかったと思える。クロエもルアンナに対して不満はあるようだが、食生活が豊かになったことで追い出そうとは思っていないようだ。食は世界を平和にするのかもしれない。


 朝食が終わった後は燻製づくりに付き合わされた。本当なら五日程度塩漬けにした方が良いらしいが、早く食べたいのですぐ食べる分だけは燻製にしてしまうようだ。


「よし、じゃあまずは塩抜きからだ。普通は真水に数時間漬けて塩を抜いてその後一日乾燥させてから燻製にするんだが時間がかかるからな。魔法で乾燥まで一気に終わらせるから見ておけ」


 ルアンナは塩漬けした肉を木箱から取り出し、軽く水洗いした後に肉に両手を添えた。


「塩抜きの原理としては水魔法と一緒だ。空気中から水分を集めるようなイメージで肉の中から塩を抜けばいい。よし終わりだ。ほら塩が抜けてるだろ」


 塩の結晶がついた手のひらを見せてくれた。一瞬で塩抜きは終わるらしい。


「よし、残りはアル君がやってみろ。肉の中から塩を吸い出すイメージだ。手のひらがざらっとするくらいの塩抜きでいいからな。塩の抜きすぎには注意しろよ」


 残りの仕事を押し付けられただけのような気もするが言われた通りにやってみる。肉に手を当てて塩を抜くようにイメージして……手のひらに何か集まってくるようなイメージがある。


「よしそのくらいでいいだろ。うまくできているじゃないか。乾燥も同じ要領で肉から水分を抜けばいいからやっておいてくれ。表面が乾燥する程度でいいからな。私は燻製の準備をしておく」


 塩抜きと同じようにして乾燥もすぐにできてしまった。


(塩や水に魔力でエネルギーを与えて外に押し出しているのか? この技術はすごいな。いろいろと応用が利きそうだぞ)


 新たな技術にオッ・サンは興奮しているようだ。僕には何に応用できるのか全く見当がつかないが……


 数十kgあった肉はさほど時間もかからずに塩抜きと乾燥が完了した。屋敷のすぐ横には冬の食糧確保のために燻製室があるのでそこに肉を運び込みまとめて燻製にする。燻製室でしばらく燻製にしてベーコンは完成した。


 ルアンナは腸詰も作りたかったらしいが今回は面倒くさいので作らなかったらしい。


「さあ、これで今日の魔法の訓練は終わりだ。あとは自習にするから適当にやってくれ。私はベーコンで一杯やるから邪魔するなよ」


 ルアンナは完成したベーコンのブロックを持って食堂に向かった。一キロ以上はありそうだが一人で食べるつもりなのか……


 そしてまだ昼前だというのに今から飲むとは相変わらず自由すぎる。


(よし、自習ならさっきの魔法の復習をするぞ。肉の中から塩が取り出せるなら土の中から金属も取り出せるはずだしやってみるぞ。とりあえず鉄でも取り出してみるか。土の中から鉄を取り出して一つの塊を作るイメージでやってみるぞ)


 地面に手をかざし、土の中の鉄一つ一つに運動エネルギーを与え吸着するイメージで魔法を使う。塩抜きの時と違っていまいち反応が悪い気がする。数秒魔法を使ったところで手のひらに小石サイズの赤黒い塊が現れた。


(塩抜きの時に比べて反応が悪いんだよね。これ本当に鉄かな?)


(赤いってことは恐らく酸化鉄だろうな。土中では酸化鉄の状態であるから反応が悪いのかもしれんな……アル、参加鉄から酸素を切り離して取り出すようなイメージで魔法を使ってみろ)


 確か鉄に酸素原子が二つくっついたものが酸化鉄だったと思うが、それを切り離して鉄だけを取り出すように……今度は少し黒っぽいが銀色に輝くものが手のひらに現れた。


(今度はちゃんと鉄のようだな。魔力消費がそんなになければ大量生産してもいいが、結構魔力持っていかれるだろ? )


(一回目はそうでもなかったけど、二回目は結構魔力を使ったみたいだね。鉄と酸素を切り離すのに魔力を使ったのかな? )


(それもあるだろうが、土中の鉄が少なくなったからだろうな。一回目より遠くから鉄を集めてきたから魔力を余計に使ったのかもしれん)


(これは何かの役に立ちそうなの? )


(今のところなんとも言えんな。金鉱脈でも自由にできれば抽出に時間がかからない分儲けられると思うが金鉱脈を自由にできるわけがないしな。使い道はそのうち考える。しかし、酸化鉄の分離ができるなら結合することもできるんじゃないか? アル、工程は複雑だが水分子から水素を分離して空気中の窒素とくっつけることができるかやってみてくれ。窒素原子1つに水素原子が3つをくっつけるようにイメージしてできるか? )


 オッ・サンの言った通りにやってみる。右手で窒素を左手で水素を集めそれをひとつにくっつけるイメージで結合する。


(臭っ! なにこれ!? )


(臭っ! だがすごいぞ! 成功したぞ! それはアンモニアだ。あんまり体に良くないから一応手を洗っとけ。これだけ簡単に分離と結合ができるとなるといろいろできることが広がるぞ。これはこの国の歴史に名を残してしまうかもしれん)


 この臭いものを作り出すことがオッ・サン的にはとてもすごいことらしい。僕にはよくわからないが……


(今日から魔力に余裕があるときは抽出と合成の魔法を練習するぞ。それなりに魔力を使うみたいだし魔力を空にするにはちょうどいいしな)


 結局その日はオッ・サンの指示のもと鉄やアルミニウムを抽出させられたり、水から酸素と水素を作らされたりして一日が終わった。ルアンナはよほどベーコンが美味しかったのか一日中酒とベーコンを楽しんでいたようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る