西欧風ファンタジーなんてゾッとする!?>燃やし尽くせよ盗賊建国記!

友情は人生の塩である

第1話 寇掠(ベルトラン)


(まるで溺れたカエルのようだな)


短剣を突き刺した、“相手”の背に馬乗りになって押さえつけながら、ベルトランは思った。


追い詰められ、うつ伏せになって暴れる“相手”の手足が狂ったように動いて、地面と空中の間を搔き回っている。


ベルトランが腰に力を入れ、“相手”の背中に突き刺した剣先をぐっと押し込むと、くぐもったうめき声があがり、頭とつま先が反り返った。


“相手”はしばらく痙攣して、そして突然糸の切れた人形のように、ぐったりと地面に突っ伏し、動かなくなった。


“死体”から短剣を引き抜き、ベルトランが立ち上がって顔を上げると、辺りは炎と血に満ちていた。


周囲の家屋から火の手が上がり、追い立てられる人々の悲鳴と、それを追い立てる人間たちの獣のような怒号が響き渡っている。


ギャンべゾンを着て、ケトルハットを被った歩兵たちが、たいまつを家々の屋根に放り投げており、その向こうで大兜オームを被った大柄な騎士が馬に乗って突撃し、愚かにも手にした鎌で立ち向かおうとした農夫を、剣で頭から真っ二つに叩き割った。


振り返ると、ベルトランが立っている坂の下では、武装した男たちが飢えた目をして走り回り、出会うものすべてを切り払っていた。


ふと、鋭い痛みを感じて自分の顔を触ると、指に血がついた。


さっき、足元の“死体”にぶん殴られたところが、今頃痛んできたのだ。


「おい、どこだ!」


鼓動ごとに襲ってくる痛みに舌打ちして、ベルトランが血で汚れた短剣を“死体”の服で拭っていると、突然右手側の農家の裏手から、男が身軽に走り出てきて叫んだ。


「ベルトラン!無事か!!」


出てきた男が、再び力いっぱい叫んだ。


サーブリエを被って、メイルを身に着けている。


「おお、ここだ!ガエタン!」


ベルトランは、そいつに手を振って答えた。


「いいところに来た、こいつが敵の頭らしいな」


ベルトランに向かって走り寄ってきた男――ガエタンの榛色の目が輝いた。


「本当か!親父さんが喜ぶな!!」


叫んで、ガエタンはくしゃくしゃに波打つ茶色い頭髪に覆われた頭を振り、肘を曲げて握り拳を掲げた。


「ああ、そうかもな」


ベルトランは答えて、そのせいでまた頬の傷の痛みを感じ、顔をしかめた。


この様子だと、酷い青痣になっているに違いない。


「負傷したのか?大丈夫か?」


ガエタンが傍に来て、背を屈めてベルトランの顔を覗き込んだ。


彼はまだ十四になったばかりだが、大柄な体格で、身長も一つ年上のベルトランより高い。


「腫れてるな、そいつは痛いぜ」


ガエタンは、血が滲んで青くなったベルトランの頬を見て言った。


「ああ、痛い。だが殴られただけだ」


ベルトランは認めた。


「そこの死人の左手に。やっこさん、俺に右手と剣を取り上げられたから、あとはそれしかなかったのさ」


「それがやつの“最後っ屁死にゆくドラゴンのひとあえぎ”か。――ふうん、そいつ良い革手袋をしてるな、少なくとも左手は」


足元の死体をしげしげと見つめて、ガエタンが言った。


「ところで、なんで相手の指揮官だとわかったんだ?」


「――ああ、俺が見つけたときは、こいつの他に二人いたんだ」


ベルトランは、短剣をしまいながら答えた。


口を開くと、打撃を受けた顔がひりつく。


「たぶん仲間か、従者だったんだろうな。色々と喋ってた。その中味でわかったのさ。もっともこいつ、あんまり慕われてなかったのか、俺が襲いかかったらそいつらはなんにもせずに、すぐに逃げてしまったけどな」


頬の痛みにもう一度舌打ちをして、彼が死体の腹の下に足を入れてそのまま蹴り上げると、それはくるりと転がって、“顔”を見せた。


“顔”をこちらに向けた死体は、驚いたように口を空けており、眼球には土がついていた。


ベルトランが討ち取った男は、比較的懐に余裕のあった人間らしく、装備は整っている。


そいつは、染色された布を被せ縁に金属細工をあしらった円兜を被っており、髭を綺麗に整え、状態の良い白色のギャンべゾンを着て、反乱都市の紋章を胸にくっつけていた。


脚部は丈夫そうな金属と革を組み合わせたポウレインとキュイスに守られており、下のショーセは詰め物をして黒と黄色の縦縞があしらわれている。


そして、確かに良い手袋を左手に身につけていた。


それはたっぷりと油が馴染んでおり、仕立ての良い革製で、詰め物がされていて厚みがあり、ガエタンが両手にしている泥や汗が染み込んだ物体よりも、ずっと良いものだった。


しかし、死体の半分千切れかけた右手にあるはずのもう片方は、ベルトランが切りつけたときに深く切り込みが入り、一部がどこかに吹っ飛んでいた。


「うん、見たところ、腰に財布があるな。こいつの剣帯も中々だ。手袋いるか?」


ベルトランは、死体の上に身をかがめて、手を伸ばしながら尋ねた。


「片方は細切れな上に血だらけだけどな」


「無事な方を貰うぜ」


ガエタンが答えた。


「俺のやつは穴が開いてるし、おまけに泥だらけの豚みたいなにおいがしやがる。穴が開いてるのは左手だから、助かったぜ」


「右手のほうは、代わりをどっかそのへんのやつが持ってるかもしれん、後で探せよ」


ベルトランはかがみ込んだままにやりと笑い、死体の革手袋を脱がして、そして思わず息を呑んだ。


彼は、死体から素早く抜き取ったを指でつまみ、立ち上がって、顔の前に持っていった。


「……金の指輪だ。それもでかい」


「ほんとだ、良かったな!反乱都市のやつら、羊毛で儲けてやがるからな。ついてるな!」


ガエタンが、目を輝かせて頷いた。


「凝った細工がしてあるぜ。はやくしまえよ」


指輪は、分厚く作られた光沢を放つ一品で、ガエタンのいうとおり膨らんだベゼルの部分に、なにか精妙な彫刻がしてあるのがわかった。


ベルトランは、素早くベルトのポーチにそれを放り込んだ。


「たぶん、紋章つきの指輪だ。もしかしたらこいつは都市にいる騎士や豪商の息子とか、いいとこの出だったかもしれないな」


煙と煤と血の匂いが立ち込めた中で、炎がはぜ返る音がし、ガエタンがその後ろから現れた農家が、派手に燃え始めた。


誰かが付けた火が回ってきたらしい。


「――そろそろ行こう。指揮官の一人はここに転がってるし、抵抗出来そうな奴らは散り散りだ。みんな引き揚げに集まる頃合いだろ」 


ベルトランの周りで、手当たり次第を殺しまくっていた兵士たちは、いつの間にかいなくなっていた。


ほんの少しの人数が残って、辺りの死体を探ったり、生き残った女や男を捕まえてどこかに連れて行こうとしている。


周辺の家屋や納屋は燃えるか、焼け残った黒い塊と化しており、あらゆる場所で煙が上がっていた。


そして、突然、遠くで長く鋭い角笛の音が響いた。


「言ってるそばから、合図だ」


ガエタンが耳に手を当てて、頷いた。


「みんなのとこに集まる前に、そいつの剣帯も貰っていこうぜ——」


彼は陽気に笑って足元を指差したが、すぐにそこで言葉を切った。


角笛は二回、三回と繰り返している。


「“急いで集まれ”だな」


ベルトランがいって、二人は顔を見合わせた。


「〈〉のところに戻ろう。こいつら脆かったが、今朝親父が考えてたより、ちょっと数が多かったように思う。なんか良くないことがあったかもな」


「ちょっと前だけど、本隊は村の教会のところにいたぜ。残りの兵士や、村の連中が立て篭ってたのを包囲してたんだ。あっちだ」


ガエタンが、すばやく背後を指差した。


「俺も周りを漁りたかったけど、仕方ねぇ。そうだ、親父さんに、そいつを持って報告しろよ。手柄ですってな」


「そうするよ」


ベルトランは、浅く頷いた。


それから、思い出して急いで屈み込み、足元の死体のベルトに手を突っ込んだ。


そこから取ったものの中身を確認し、ベルトランは十分だと判断して、ガエタンに手渡した。


「忘れるとこだったが、これをレーモンに渡してくれ」


「また、みんなに分けさせるのか?相変わらず気前がいいな、ベルトラン」


立ち上がったベルトランから、茶色い皮袋の財布を受け取り、ガエタンは肩をすくめた。


「行こう」


ベルトランは促した。



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