第14話 頬杖

 ……けせら? せ? ……なんですと!?


「Que Sera, Sera ……ケ・セラ・セラ……古い歌の歌詞で『なるようになる』……って意味で使われている言葉です。 『サン・クリスタ女史』は『レコード収集が趣味』……って設定なので、時々、若い人が知らない事を言ったりするんです」……と、落合さんが教えてくれた。


「それじゃ、このまま何もしないで衛鬼兵団を見殺しにしろと!?」……と言いたかったが、野華ひろかさん……いや『サン・クリスタ女史』の笑顔を見ていたら、何故なぜか安心感に包まれ、何も言えなくなってしまった。


 ……以前、野華さんは『争いは嫌い』と言っていたが、この人は同時に、ユイやその仲間たちが消滅してしまうのを看過かんか出来る女性ひとでは無い。 それは断言できる。


 俺は彼女の笑顔を信じる事にした。


 偽物のユイが司令徽章に「衛鬼兵団全軍! 完全武装、臨戦態勢で、当地域に集合せよ!」……と命令を下した!


 ……衛鬼兵団、消滅の銃爪ひきがねが引かれてしまった……。


 今の俺は奇跡を信じて、衛鬼兵団の面々の無事を祈る事しか出来なかった。




 ……あれから一週間……


 衛鬼兵団は……いまだに……何の音沙汰も無い……。 ユイも相変わらず、呑気な日々を送っている。


 ……ん? ユイ……ちょっと太ったかぁ? ……ま、まあ良いや! 元気な証拠だ。


 ……王牙と偽物のユイは、あの日から、二人並んで頬杖をつき、店の窓からジ〜ッ……と空を見上げている。



 落合さんと野華さんが、タオルを頭に巻いて、さっぱりした顔で奥から出て来た。


 野華さんが……『お待たせしました……シャワールームが狭くてごめんなさい。 さ、どうぞ』……と、王牙と偽物のユイに声をかけた。


 ……その声で我に返った王牙がユイに向って「もう一週間だぞ! お前は自分の兵団にどーゆーしつけをしてんだ!」……と、少〜し感情を抑えながら言った。 ……この場所で敵意をあらわにすると『銀河の清き流れ』とやらに転送され、浄化されてしまうから、こいつなりに気を遣っているようだ。


 野華さんより前に、佐奈ちゃんと一緒にシャワーを浴びたユイは、まだ暑いらしく、バスタオルを巻いたままの姿で、王牙の手下の一人に命じて団扇うちわで自分をあおがせながら……


「軍事機密だ」……と言って野華さんから貰った氷を頬張った。


 ……王牙は、色々文句を言いたそうだったが、必死に耐え、偽ユイと一緒に「借ります」と野華さんに一礼して、シャワールームに入って行った。


 ……どんな命令でも瞬時に作戦行動を起こす筈の衛鬼兵団が、何故こんなに時間がかかっているのか……


 ……答えは簡単だ。


 王牙は重大な『勘違い』をしているのだ。



 聡明な読者の皆様は、既にお判りだろう。



 衛鬼兵団の総司令は……正確には『たいら 盆人はちひと』だ。 ……ユイは、この世界での指揮権を俺に移譲しているので、兵団を動かす事は出来ない。


 加えて、俺は今『刀根とね 朔也さくや』になっているから、現時点で、衛鬼兵団に命令を下せる人物はこの世に存在しないのだ。


 ……わざわざ教えてやる必要も無いので、奴等が気付くまで、俺達は野華さん達との楽しい生活をエンジョイしているってわけだ。


『ケ・セラ〜セラ〜♪ なるように〜なるわ〜♪』


 ……店内に、何処かで聴いた名曲が流れている。 なるほど、野華さんが言っていたのはこれかぁ!


 キャッチーなメロディと歌詞なので、この場に居る皆(王牙の手下を含む)が、いつの間にか口ずさみ、ちょっとした合唱になっているのが愉快で楽しかった。

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