第9話 看破

『コロンコローン』


 ……お店のドアを開くと、カウベルの長閑のどかな音が響いた。


「ようこそ! いらっしゃいませ!」


 ……と、にこやかにお出ましになったのは……


 ええ〜〜〜!? ひ! ひ! 野華ひろかさん!?


「皆さん、ようこそ! さ、どうぞどうぞ!」


 俺の……野華さんが、可愛らしいエプロンをして俺たちを出迎えてくれた! ……こ、ここ……『スープ専門店 サン・クリスタ』だよね?


 ……取り敢えず、勧められるがままに、席に着いた。


 野華さんが……「皆さん、さっきポトフを食べたばかりだから、そんなには食べられないでしょ? 軽い『冷製スープ』でも作りますね!」 ……と言って鼻歌を歌いながら厨房に入って行った。 ……嗚呼! 鼻歌まで愛おしい!


 ……コホン……さ、さて、突っ込みどころは色々あるものの、『ポトフを食べたばかり』……って言葉が野華さんから出たって事は、現時点での『整合性』は、保たれているようだ。


 ……野華さんの後ろ姿を、ずっと眼で追っていた落合さんが、声を潜めて……


「……さっき、外からこのお店のたたずまいを見て『違和感』を感じていましたが、今、確信しました。 は『サン・クリスタおばさん』のお店ではありません。 むし先程さきほどはなしした、私が失恋した時に野華さんが作ってくれた『ポトフ』を食べてイメージした『サン・クリスタのポトフ』のお店に近いです」……と言った。


 紗奈ちゃんが驚いた顔で「……え? じゃあ、実際には作品として発表されていない、先生の頭の中だけにあったイメージが……本当に形になって現れた……と?」……と聴き返した。


「はい。 矢主さんの『トネ サクヤ』くんにしても『サン・クリスタ』にしても、私達の『イメージだけの存在』が『具現化』したようですね……。 原因は判りませんが……。」


 ……まあ恐らく原因は『斬鬼軍』(『衛鬼兵団』のライバル)だろうが、今回は何か一味ひとあじ違う気がする。


 ……今回、一番大きな変化が起きたのは、なんと俺自身だ。


 俺は、紗奈ちゃんがイメージしている空想上のクラスメイト……『刀根とね 朔也さくや』くんと瓜二つに変身し、加えて自己紹介しようとすると「『すめらぎ宇宙軍軍団長、刀根とね 朔也さくや』」……と勝手に名乗ってしまう。 


 ……違和感を感じているので精神的にはだ『たいら 盆人はちひと』だが、肉体的には完全に变化トランスフォーメーションしてしまったのだろう。


 更に困った事に、頼みの綱の『司令徽章』が消えてしまった。 ……恐らく、俺の肉体が変化したと同時に『俺』を探しに何処どこかに飛んで行っちゃったんだろう。


 おまけに、ユイがたまに使っていた、兵団との連絡用の装置も『司令徽章』と一緒に消えてしまったそうだ。 


 ……それらが無いと、兵団と連絡が取れないので、俺たちは『島流し』……完全に謎の場所に孤立してしまったようなものだ。


 万事休す……。 暫く、様子を見るしかない。

 


 野華さんが笑顔で全員分のお皿を配膳してくれた。 ユイの前には……2杯だ!

……冷たいスープなので、控えめで優しいが、そんな中にも、風雅で鮮烈な香りが絶妙に溶け込んでいる。 何のスープだろう?


 紗奈ちゃんが「……こんな真っ白なヴィシソワーズ……初めて見ました!」


 ……野華さんが更に嬉しそうに……「紗奈ちゃんありがとう! ……この『白さ』には、こだわりがあるの。 じゃがいもをマッシュする時にね……」……と説明している ……へえ〜、じゃがいもが入ってるのか。←無知蒙昧


 ……野華さんが俺に向かって……『あ、朔也くん、まだまだ食べられるよね! 食べ終わったら声をかけてね!』……と言ってくれた。 


 ……野華さんの笑顔は以前と全く変わらなかったので安心した。


  ……のだが! 


 俺は『たいら 盆人はちひと』だ。 ……今は悲しいかな自分の事を『刀根 朔也』と言ってしまうので、ちょっと作戦を変更し、違う視点から、野華さんに訊ねてみる事にした。


「……あの……野華さん……野華さんって『彼氏』……とか居るんですか?」


 ……『刀根 朔也』を好きな紗奈ちゃんが焼きもちを焼いているかが心配で、横目でチラリと見てみたが、紗奈ちゃんは俺の中身が『平 盆人』だと判っているから、さっきのような軽率な行動はしなさそうだった。


 ……野華さんは、いつもの如く耳まで真っ赤にして……


「……恥ずかしい……」と照れていたが、俺の真剣な眼差しに気付いて……


「……私の彼氏は……今……貴方あなたの中にいる……盆人さん……です」……と、はっきりした口調で言ってくれた。


 その言葉を聴いた時……瞬時に俺の眼から嬉し涙が溢れた……。


 余談だが、俺は親から『男が泣くのは生まれた時と親が死んだ時だけだ』……と言われ続けて育って来た。 その俺が臆面も無く、涙を流したんだ。


 落合さんや紗奈ちゃんならまだしも、ユイまで俺の正体が判らなかったのに、野華さんは……ひと目で、今の俺の状況を見抜いてくれたのだ。 ……こんなに嬉しい事は無い……。 涙が止まらなかった……。



 ……さて、俺の嬉し泣きが落ち着いた頃合いで、野華さんが口を開いた。


「……朔也……くん?」


「はい?」


「……私も……1つ不思議な事があって……」


「……?」


「……私……自分は『サン・クリスタ・フリージア』……このお店の料理人です。 ……って言っちゃうんですけど、何かが……変ですよ……ね?」

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