第6話 嫌い

 ……俺の『“コード・絶対防衛A・D”、発動アクション』の号令と同時に、周りの景色が一変した。


 ……俺は……いや、俺は、信じられない場所に居た。


 此処ここは、俺が心から愛する、野華ひろかさんの部屋……だ!


 俺の横では、ユイが目をパチクリさせながら野華さんの部屋を物珍しげに見廻している。


 更にその横には、バツの悪そうな顔をした佐奈ちゃんが、膝をかかえてちぢこまっている。


 「…………?」


……何が起こったのか、さっぱり判らない俺が声も出せずに完全静止状態でいると、その混乱を落ち着かせるかのような、この世に存在する全ての『かぐわしきかほり』を凌駕するさやけき芳香が鼻腔を楚々と抜け、我の嗅球をくすぐりてさぶらう←文法(汗)


 ……そちらの芳香ほうこう……いや、方向に目を向けると……


……! !!


 ひ、野華さん!


 「じ……情報参謀! せ、説明を……」


 俺が『司令徽章』に回答を求めたが、ユイが「今、情報参謀との通信は不可能ネガティブだ。 コード絶対防衛A・Dが『発動中アクティブ』だからな」……と言いながら、野華さんが運んで来てテーブルに並べて下さったリーフティーと、手作りトロなまシフォンケーキに、熱い眼差しを送っている。 ……相変わらず食いしん坊だなあ。


 ……かく言う俺も、戸惑いながら、見たことも無い茶器に淹れられ、スノードームを舞う粉雪のように美しく揺蕩たゆたっている茶葉に視線を送っていると……


盆人はちひとさん、衛鬼兵団総司令としての任務のご遂行、本当にお疲れ様でございます」……と言いながら、野華さんが、俺に向かって三つ指を付き、深々と頭を下げてくれた!


 ……え!? 何で!? ……夢か!? これは夢なのかあ!?


 野華さんは、微笑みながら首を横に振り……「夢ではありません。 このフィールドは、盆人さんが、心から『絶対的な不可侵安全区域』として願ってくれた場所です」


 ……うわあ! 野華さんまでが、ユイや衛鬼兵みたいな小難しい事を口にし始めたぞお!


「これは、はからずとも我々衛鬼兵が望んだ通りに事が運んだのだ。 ……兄に司令官権限を移譲したからには、遅かれ早かれ兄のツガイである鷹音ようおんに知られる事になるであろう。 如何に説明すれば理解して貰えるかと案じていたのだが、今回の『絶対防衛A・D発動アクション』によって、『司令徽章』の力も借りて、鷹音に我々と貴様との関係を恙無つつがなく伝達出来たのは、まさに重畳ちょうじょうであった」


 ……と言ってから、ユイは例によって紅茶をふぅーふぅー……と、必死にまし始めた。


「わたし……ホントに驚いたんです……」


 ……これまでうつむいてモジモジしていた佐奈ちゃんが口を開いた。


「最初に宇宙人が現れて、私に片想いの相手との仲を取り持つから『すめらぎ宇宙軍』の『地球特派員』になるように勧められました。 半信半疑だったのですが、ユイさん達が自衛隊を相手に素手で戦っている映像をせられて、びっくりしちゃって……。」


 そりゃそうだ。 中学性位のお嬢ちゃんがあんなバトルを観たら驚かない方がどうかしている。


「でも、わたし……やっぱり朔也さくやくん……片想いの『刀根とね 朔也』くんと仲良くなりたくて、あの宇宙人達に協力する事にしました。……そしたら、強い光を当てられて、急に記憶が無くなっちゃったんです……」……と言って、また俯いた。


ユイが「斬鬼軍も、随分とセコい攻撃をするようになったな」と言いながら、野華さんが、わざわざお手をわずらわせて淹れ直してくれたアイスティーに向かって、手を伸ばした。


 ……「野華さん、ありがとうございます。……ユイ! ちゃんとお礼しろよ!」


「お、おう! ようおん、心より感謝申し上げる」……と言って、頭を下げた。 ……ふむ! 殊勝殊勝!


 野華さんが佐奈ちゃんに向かって「矢主さん、少し落ち着いたら飲んでみてね。 ……元気が無さそうだったから、敢えてティーバッグじゃ無くて、茶葉から淹れたの。 さ、ケーキもどうぞ! ……それとも……和菓子の方が良い?」……と、立とうとする野華さんを、佐奈ちゃんが、必死に止めた。


「いえ! ケーキと紅茶は大好きです! 遠慮なく戴きます!」……と言って、キラキラとそれでいて控えめにきらめく、金色のちいさなフォークを使って、シフォンケーキを口に入れた。 ……と、同時に……


「……!」……佐奈ちゃんが、空いていた左手で口を抑え、疲れからか少し窪んだ眼を大きく見開いて動きを止めた。


 野華さんが「矢主さん! どうしたの? 大丈夫!?」……と紗奈ちゃんに擦り寄った。


 紗奈ちゃんは、涙を浮かべながらも必死に手を振って……「ち、違うんです違うんです! こんな美味しいケーキ、産まれて初めて食べたのでびっくりしちゃって!」……と言った。


 紗奈ちゃんは、近所でも有名な『矢主財閥』のご令嬢で、美味しい物は食べ慣れている筈だ。 その紗奈ちゃんが涙を浮かべるほど美味しがるとは……やはり野華さんの腕は相当な物なんだろう。 それを裏付けるように、紗奈ちゃんが語り始めた。


「わ、わたし、自慢じゃなくて、祖父や父母から世界中のご馳走とかスイーツとかを食べさせて貰っているから、美味しい物は食べ飽きちゃった筈なのに……まだ、こんなに美味しい物があったなんて……」


 ユイが「ようおんの料理の腕は、我が皇帝陛下の『大膳課だいぜんか主房長しゅぼうちょう』以上……と常々つねづね思っていたが、兄への愛が、それを一周りも二周りも大きく成長させたに相違あるまい!」と、シフォンケーキは既に平らげ、特製アイスティーの氷をガリガリ噛み砕きながら言った。


……あの、愛だ恋だの何たるかも理解し得ない衛鬼兵が、遂に『愛』を語り始めた! ……これは今世紀屈指の奇跡かも知れない!


 野華さんは……と言えば、耳まで真っ赤にして照れている。 ……色白だから、顔色の変化が如実に表れて、実に可憐だ。 ……改めて……大好きです。


 野華さんのケーキの美味しさと、リーフティーの絶妙な淹れ具合との奇跡的なコラボに、ひたすら無言で堪能し、『ガリガリ』とユイが氷を噛み砕く音だけが響く野華さんの部屋だったが、ふと俺は重大な事実を思い出した!


 斬鬼軍100体と戦闘中だった!


 ユイが、立ち上がろうとする俺に……「あ、兄、斬鬼軍なら、兄の『“コード・絶対防衛A・D”、発動アクション』と同時に消し飛んだぞ」……と、リーフティーに再チャレンジしながら、事も無げに言った。


「え!? ホント!?」俺が間抜けに聴き返すと……


「本当だ。 あたしの『細胞配列変換』が解除されてるのが、その証拠だ。 ……それに……」


……ユイが久しぶりに例の不敵な笑顔を浮かべながら……


「史上最強兵団の司令官が発した『絶対防衛A・D』……あの程度の兵力を葬るなど、ようおんのお茶を冷ますより、遥かに容易たやすい」と言って、再びリーフティーにチャレンジし、満足げに微笑んだ。


「……俺……また大した事してないのになあ」……と独り言を言うと……


盆人はちひとさんは、今のままでいて欲しい」


……野華さんが珍しく強い口調で言ったので、全員の視線が彼女に向けられた。 そして、照れながらも野華さんは、はっきりとした口調で、こう言った。


「私は……争いは嫌いです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る