第2話『コマイ先生』

 俺はユイと一緒に、手土産を持って大家さんの家に向かった。 ……ここに来るのはアパートを契約した時以来だ。


 チャイムを押すと『はい?』と言う女性の声がした。


「『ヤヌシハイツ』をお借りしております、たいらと申します。 ……以前、大家さんにお誘いを頂いていたのですが……」


 玄関が開き、女性が顔を出した。 ……確か、大家さんの息子さんのお嫁さんだったな。 『佐奈ちゃん』のお母さんか。


「平さん……ですね。 どうぞ、お入り下さい」……と、笑顔で迎えてくれた。


「失礼致します」……と言いながらお邪魔すると……


「平さん! お〜、ユイ大将閣下も! 良くいらっしゃいました」


 ……階段をゆっくり降りながら、大家さんが嬉しそうに言った。


 ユイがいつもの調子で……「おー! ヤヌシ少尉! 息災であったか〜?」


 あっ! バカ! お母さんもいるんだぞ!


 ……大家さんは相変わらずユイに向かって『恵比寿顔』で……


「はっ! 閣下もお元気そうで! 何よりであります!」……と挙手の敬礼をした。


 ……佐奈ちゃんのお母さんも、大家さんの普段の言動に慣れているからか、ニコニコしているだけだった。


 ……何か、こいつらも、いつも楽しそうで……良いな。



「先日、お会いした際に、お孫さんと遊んで欲しい……と仰られたので、お言葉に甘えてお邪魔してしまいました。」


「平さんは義理堅いね〜! ……さ、こちらにお入り下さい」 


 ……と、大家さんに、応接間に通された。


 大家さんに手土産の『おかき』を渡すと、喜んでお母さんに渡し、代わりに上品そうな和菓子とお茶を出して下さった。


 ……ユイは、和菓子を見るのは初めてで、俺が先にご馳走になると、見様見真似で、菓子楊枝を使って、恐る恐る口に入れた。


 さぞ美味しかったのだろう。 とろけるような顔で味わっている。


 それを見た大家さんが「ユイ閣下は、和菓子は初めてですか?」と聴くと、ユイは「初めてだ! 世の中はまだまだあたしの知らない食料がいっぱいあるのだな!」……と、真剣な顔で言ったので、部屋が笑いに包まれた。


 ……その声が聴こえたからか、中学生位の女の子……恐らく佐奈ちゃんが、隣の部屋からちょこんと顔を出し、軽く会釈して戻ろうとする。


佐奈さぁなちゃん。 この前教えたたいらさんとユイ大将閣下が遊びに来てくれたんだ。 佐奈ちゃんもこっちにおいで」……と、大家さんが猫撫で声で呼んだが「ごめん! 今、手が離せないの」……と、やや不機嫌に答えた。


 大家さんは大きな溜息ためいきをついて……「最近、難しい年頃になったからか、ず〜っと部屋に籠もって、ゲームか何かをやってるんだ……」……と、ポツンと言った。


 ユイが「この前、藤岡中佐が言ってたコレか!」とコントローラーを持つジェスチャーをした。


 ……ヤバい! また、このストーリーが『指示詞だらけになる』事を懸念した俺は、華麗にスルーしたあと、大家さんに……


「……佐奈さんに、お話したい事があるんですが、声をかけても良いですか?」……と聴いた。


 そして、了解を得た上で、佐奈ちゃんの部屋のドア越しに……「佐奈さん、変な事を聴くけど、『コマイ アチオ』さんって小説家、知ってる?」と言った。



 ……その途端、『バンッ』と大きな音を立てて部屋のドアが全開になり、キラキラした瞳の佐奈ちゃんが現れた。


 ……かなりスリムな体型で、貧血気味なのか、ちょっと顔色が悪い印象の子だ。


「わ、わたし、コマイ先生の大、大、大っファンなんです! たいらさん、何でご存知何ですか!?」……と、こっちがたじろぐ程の勢いで迫って来た!


 俺は後退こうたいしながら「……ユイ、あ、情報参謀あいつ、何で判ったのかなあ!?」……と聴いた。


 ……すると、熱いお茶に息を吹きかけ、必死に冷ましていたユイは一言……「軍事機密だ!」……と言って、お茶に口を付け、まだ熱かったのか、更にフーフーしている。


「軍事……機密……?」……佐奈ちゃんは、そう一言告げると、うつむいてしまった……!



 おいおい……、どうなっちゃうの!?

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