第13話 天使

たいらさ〜ん、皆さ〜ん」


 到着ロビーで待つ俺たちの耳に、常夏の国から届いた、砂浜に寄せては返す波音のごとき陽気な、それでいて奥ゆかしさをたたえた声が届いた!


 実物に会うのは久しぶり! 鷹音ようおんさんの凱旋だ!


 し、しかも聞いた? ……『アンド』だって! ←補正あり


 ……毎日のようにLINEに届いていた自撮り写真と比べると、より健康的に日焼けして見えた。


 鷹音ようおんさんと落合さんは、抱き合って再会を喜んでいる。


 落合さん、その役、代わって下さい。



 そのそばで、鷹音ようおんさんのご両親と藤岡さんが挨拶をしていた。


 ……俺は、長瀬に


「悪い……、鷹音ようおんさんのご家族に変な言葉遣いをすると困るから、ユイをそっちに乗せてもらって良いかな?」……と言うと……


「最初からそのつもりだったから大丈夫ですよ」と言ってくれた。


 更に俺に耳打ちして……「ユイ閣下には、藤岡さんと一緒に、青木七菜をサバゲに誘い込む説得を手伝って頂きます」


 ……本心かどうか判らないが、長瀬が気を利かせてくれた……とも考えられる。 俺は有難くて、心からの感謝を込めて長瀬に頭を下げた。


 

 鷹音ようおんさんが、俺の元に来て、ご両親に紹介してくれた。


「初めまして。 私、鷹音ようおんさんにお世話になっております、『オジカ事務用品』のたいら 盆人はちひとと申します。 ……本日は、宜しくお願い申し上げます」


野華ひろかの父です。 本日はたいらさんのご親切に甘えてしまい、恐縮です。 ……ずはこちらをお納め下さい」……と、かなり厚みがある、恐らく商品券か何かを差し出してくれた。


「とんでも御座いません! 本日は、鷹音ようおんさんをお迎えしたい……という有志の意向ですので、お気になさらないで下さい!」


「いえいえ、そんなわけには参りません」……以下略


 昔から脈々と続くサラリーマンの悲哀を描いたドラマのようなやり取りが続いたが、結局、後日、野華ひろかさんの手料理をご馳走になる事を条件に、ご遠慮させて頂いた。


 鷹音ようおんさんを助手席にお乗せするのは、あまりにもおこがましいので、バンのうしろに乗って頂こうとしたが、鷹音ようおんさんが「僭越せんえつながら、ナビします」と、助手席に自ら乗ってくれた。


 俺は、もう死んでも良い…… やべっ、このタイミングで、その台詞セリフは危険極まりない! あっぶねぇ危ねぇ!



 鷹音ようおんさんのご自宅に向けて出発した。


 車内は、終始和やかムードで、特にお父さんがご機嫌だった。


 バックミラーで見ると、弐号車も、皆、ニコニコしながら会話をしている。


 ユイも、さっきの寂しげな顔が嘘のように、いつもの不敵な笑顔で、何かを話している。



 助手席では、疲れからか野華ひろかさんが、天使のような寝顔をしている。


 赤信号で停車した時、俺は冷房を弱めながら、天使の寝顔を見て、こう思った……


 ……先の事はどうなるか、全く判らない。


 今は一歩でも幸せに近づく事だけを考えて生きて行こう……と。

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