私はヒーローに為りたい

「いつまで此処に来るんだ。」

「良いじゃないですか。私は貴男に憧れているんですよ。」

「だからなんだ? 毎日毎日来て、敷居が高そうにしている。それを見るのももどかしいんだよ。」

「いつもいつも私が来ている事を知って下さっているんですね。嬉しいです。」

「今日は雨降ってるし、流石に来るな。もう帰れ。」

「嫌ですよ。私はいつまでも来ます。ストーカーっぽいですが、貴男がその體になった時、助けたのは私なんですから。」

「そうだが、止めて欲しいんだ。逆にお前が何かしらの事件に巻き込まれる虞があるんだよ。だから、だからなんだ。」

「それでも善いじゃないですか。私はヒーローに成りたいんです。」

「ダメだ。為りたいだなんて。」

「幼子な私を助けてくださいよ、貴男のその気持ちとその心で。」

「何度言えば分かるんだ? 無駄なんだよ。僕はもう何もできない。人を助ける事も、神輿も山車も牽く事は出来ない。何も先導出来ないんだ。」

「してるじゃないですか。私に傘を今差してくれている。合羽の私に傘を差し伸べている。それだけで牽いているんですよ。先導してくれているんですよ。嬉しさが込み上げてきますよ。」

「語彙力も無くなってきているじゃないか。寒いんだろ、帰った方が良い。」

「雨の中でも人助けをする。水の中でも人助けをする。成りたい思いが募るばかりなんです。」

「だから、どうだっていいんですよ。とにかく私を救ってくださいよ。」

 雨は降りしきる。私雨は過ぎることなく、止めどなく。二人を隔てるかの如く降る雨は寒く冷たい。両者共に何も語らわない。ただ、独りと一人が二組いるだけの現状が存在するだけ。

 無意味になる事はないと確信する者と無意味極まりないと認識している者。その二つはこの場でも相容れぬ水と油だった。

「ヒーローじゃなきゃ貴男は誰ですか?」

「ただの一般人、平平凡凡と暮らしている人。偶偶火災に遭遇したってだけ。」

「美しいモノは好きですか?」

「何を突然言い出すんだ。」

「答えてみてください。」

「嫌いだ。」

「だと想いました。貴男はネガティブ過ぎる。」

「昔を懐かしむばかりだとでも言いたいのか?」

「判っているじゃないですか。今から五年此処に来るんだ。」

「良いじゃないですか。私は貴男に憧れているんですよ。」

「だからなんだ? 毎日毎日来て、敷居が高そうにしている。それを見るのももどかしいんだよ。」

「いつもいつも私が来ている事を知って下さっているんですね。嬉しいです。」

「今日は雨降ってるし、流石に来るな。もう帰れ。」

「嫌ですよ。私はいつまでも来ます。ストーカーっぽいですが、貴男がその體になった時、助けたのは私なんですから。」

「そうだが、止めて欲しいんだ。逆にお前が何かしらの事件に巻き込まれる虞があるんだよ。だから、だからなんだ。」

「それでも善いじゃないですか。私はヒーローに成りたいんです。」

「ダメだ。為りたいだなんて。」

「幼子な私を助けてくださいよ、貴男のその気持ちとその心で。」

「何度言えば分かるんだ? 無駄なんだよ。僕はもう何もできない。人を助ける事も、神輿も山車も牽く事は出来ない。何も先導出来ないんだ。」

「してるじゃないですか。私に傘を今差してくれている。合羽の私に傘を差し伸べている。それだけで牽いているんですよ。先導してくれているんですよ。嬉しさが込み上げてきますよ。」

「語彙力も無くなってきているじゃないか。寒いんだろ、帰った方が良い。」

「雨の中でも人助けをする。水の中でも人助けをする。成りたい思いが募るばかりなんです。」

「だから、どうだっていいんですよ。とにかく私を救ってくださいよ。」

 雨は降りしきる。私雨は過ぎることなく、止めどなく。二人を隔てるかの如く降る雨は寒く冷たい。両者共に何も語らわない。ただ、独りと一人が二組いるだけの現状が存在するだけ。

 無意味になる事はないと確信する者と無意味極まりないと認識している者。その二つはこの場でも相容れぬ水と油だった。

「ヒーローじゃなきゃ貴男は誰ですか?」

「ただの一般人、平平凡凡と暮らしている人。偶偶火災に遭遇したってだけ。」

「美しいモノは好きですか?」

「何を突然言い出すんだ。」

「答えてみてください。」

「嫌いだ。」

「だと想いました。貴男はネガティブ過ぎる。」

「昔を懐かしむばかりだとでも言いたいのか?」

「判っているじゃないですか。かなり前の出来事を今でも引きずっている。私がそれを出したとて、貴男は嬉しそうではない。二十歳を越えた私を貴男はどう見ますか?」

「消え去って欲しいよ。」

「それだけですか?」

「あぁ、何年も何年も付き纏われているみたいで気分が悪い。」

「では、次に政をやってみたいと思いますか?」

「思わない、勿論商いもな。」

「浮世は夢です。諦めてばかりでは頭が上がる事はずっとないですよ。」

「媚び諂う人生もまた一興だと思う。ほら、雨も強くなってきた。そろそろ本降りになる。急ぎで帰って何かしてればいい。その方がその理論には当てはまる。」

「いつまでもそういう嘘だけ吐く。貴男は貴男を裏切っている。楽しめばいいじゃないですか。」

「君こそ、いつまでもその話し方をするのは辛いだろう。楽にしな。」

「そうですね、辛い事は言うまでもないので、そろそろ終わらせて頂きましょう。」

「そうだ、ざっくばらんにすればいい。さぁ、帰れ。」

「嫌だと何度言えば解るのですか?」

「解る気はない。」

「断言なされる御心算で?」

「あぁ、そうだよ。自分はヒーローでも何でもないんだ! もう理解してくれ!」

「出来兼ねます。不条理とはまた一風変わってきますが、貴男の御蔭で助かったんです。憧れの存在です。」

「うるさいだよ、もう。理性を保っているのも厳しい今、お前に会うのは酷でしかない。解ってくれ。大人だろ?」

「大人だから理解しなければならないなんて事はないと想います。確かに私は我儘です。自己中心的です。ですが! いつまでものらりくらりとしている貴男を救いたいが故。だから、私を救ってください。ヒーローである事を証明して見せてください。貴男の周りには昔、沢山の人が居たはずです。ですが、貴男はヒーローを続けることを怖がった。その為、今の孤独を選んだ。それは喜ばしい事です。それが最良だったのかもしれませんし、それが最悪の選択だったのかもしれません。ですが! 貴男は自分の意思で選んだ! そこは私はとても評価したいのです! 噓八百と感じられるかもしれません、二枚舌と思われても構いません。救われたのは私です、恩返しがしたいという気持ちに似ているんです。本心で語っています、騙ってなんかいません。」

「長いよ…まずいんだよ、全てが。」

 男はその子の前で泣いた。傘は地面に打ち付けられ、颪で宙を舞う。

「純粋でゐたい。誰からも虐げられず、誰からも文句を言われない。」

「子供に戻ればいい。私も子供の頃は純粋無垢だった。だから、貴男の境遇なんかに目もくれず、ただただその出来事を想起する。車椅子に座る人を見て、大人はどう思う? 子供はどうも思わない。ただ、座っている人としか。そんな風になればいい。ゐたい気持ちは判る。その気持ちを持って、ヒーローに戻ってよ。」

「無理だよ…」

「無理なんかじゃありません。貴男の齢は判りませんが、その無精ひげも剃って、意気揚揚と血気盛んにしてください。悩んで苦しんで藻掻いて足掻いて四苦八苦して。それで良いじゃないですか。人生は全て百と言う値に集約するんです。貴男は負の数が強すぎた。だったら、残りは正の数です。負けた訳じゃない、諦めた訳でもない、閉じ籠ってしまっただけ。そこから出ましょうよ。」

「大人になったんだな。見た目も、心も。」

 男は子を帰らす。子はその仕草を受け入れ、傘を男に返し、帰る。

 みすぼらしい姿を変えようと男は頑張ろうと決め込んだ。仕事も探し、一生懸命に三十路を過ぎた躰を動かして往く。

「ヒーローに僕も成りたいな。」

 職務中にも関わらず、そう淡淡と感傷に浸る。

 邯鄲の夢を視た男。ヒーローに為ったその子を思い出し想う。

「ヒーロー参上!」

「やっぱり私のヒーローだよ。」

「まだ笑えない部分も僕はあまた在るヒーローに成れたんだよね。」

「私独りだけでも居るんだから、もうゐたい事もないでしょう。羽搏く事も出来るようになったでしょう。私は独りだけど、貴男は一人じゃない。」

「罵詈雑言を沢山言ったかもしれない、申し訳ない。」

「ヒーローなんだから、誤らないでよ。」

「本当に申し訳ない。」

「だから、ありがとうって言ってよ。」

 子は「笑って。」そう無言で言う。

「ありがとう!」

 男は笑顔を向ける。その視線の先に積乱雲が視えた為、子を帰すようまた促す。

「私もヒーローに成れたかな?」

「ナれたよ。きっとね。」

「ありがとう。」

「そう言えば、名前は?」

えい。」

「貴男は?」

諫早いさはやです。」

「ありがとうございます。」

「こちらこそ。」

「雨降りそうですね。」

「えぇ。」

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