第8話 この親あって、この子あり



 彼らにとってはオルトガン伯爵家の前・現当主共に変わり者である認識はあるものの、それよりも前の人間の規格外さは知らないし、現当主でありワルターの父でもあるレグルムの社交界デビューの時の話などもうかなり昔の話だ。


 王は彼のひとつ下だからデビュー当時の一騒動を口伝いでしか聞いていないし、更にひとつ年下の王弟ならば尚更だろう。

 オルトガン伯爵家の10才児の凄まじさを知らなくても、まぁ仕方がなくはある。



 しかしたとえ口を噤まざるを得なくとも、王族の鬱憤はまだ晴れない。


 寧ろ不完全燃焼状態だ。

 いつまたその燻りから火が出るか、分からない。


 そしてそんな状態で放置するのが決して良くはない事を、ワルターはきちんと分かってもいた。



 だから出口を用意してやる。


「私には王族の方々がおっしゃる様な他意の余地には気がつけませんでしたが、この様な噂が出るのです、もしかしたらどなたかの思惑がそこにはあったのかもしれません」

「それはつまり『王族の失態という空虚な偽物を故意に作り出した人間が居る』という事か」


 ワルターの言葉に、王はすぐに食いついた。

 もしかしたら彼自身、行き場のない苛立ちのはけ口を探していたのかもしれない。


「いえ、そこまでは。しかし少なくとも結果的に『王家の権威』を損なう噂を広めた人物は確かに存在するのでしょう。ならば私に対して尋問するよりそちらに対処した方が権威は守られるのではないかと愚考します」


 それはまるで、殊勝な臣下であるかのような物言いだった。

 そしてその言葉に踊らされ、王族は怒りの矛先をそちらへと向けたのだった。


 ――無駄な事だとは、夢にも思わずに。






 後日、王族の指揮の下で大規模な『不敬な噂の出所調査』が行われた。


 とはいえ、結果は調査などする前から既に見えている。

 だって所詮は噂なのだ。

 誰かが余程の準備をして噂の操作をしているなどという事がない限り、証拠なんて出てきはしない。

 


 噂なんて結局は誰が言ったか分からない様な代物だ。

 そんなものに証拠なんて残るはずもなく、根拠もなく誰かを罰するとなれば他貴族たちの目が厳しくなる事は必至。

 外面を気にする彼ら王族からすれば、そんなの容易に渡れる橋ではない。

 

 そんな風に噂を無駄にこねくり回している内に噂話も段々と薄れていき、同時に王族の怒りも鎮火した。



 最後まで怒りが持続したのが王弟だった。

 しかし他の誰もがいつまでも進展しないこの件をどうでもよく感じ始め頃、声高にワルターの刑罰を叫ぶ彼に王は言った。


「一度無効にした『不敬罪』を再度蒸し返すなんてそんなブサイクな真似、出来る筈がないではないか」


 その声は、実に呆れた声色だったという。



 こうしてこの騒動は、結局真相がうやむやにされたまま幕を閉じたのであった。





 その後、その噂話から派生して一部貴族たちの間で『国が国民の災害に際して必要な助成をしないというのはおかしいのではないか』という声が上がった。

 そんな声に圧される形で、結局国はグーメルン伯爵領への更なる助成の決定が下された。


 それが人心掌握の為の一種のパフォーマンスである事は、誰から見ても明らかだった。

 勿論グーメルン伯爵もそんな事はきちんと理解していたが、彼は同時に賢明できちんと現実が見える人でもあった。


「確かに王族のイメージアップのために使われるのは少し癪だし、今まで何度言っても助成の『じょ』の字も出さなかったのに今更と思わないでもない。しかし、自身のプライドより領民の命の方が大事だ」


 彼はそう言うと、笑顔でその助成金を全額受け取った。

 そしてグーメルン伯爵領は、元々オルトガン伯爵家から受け取っていた援助に上乗せする形でその全額を余すこと無く領民達の為に使い、どうにか飢饉の終息まで領民達の命を繋ぐ事に成功する。




 こうして事態は『めでたしめでたし』で幕を閉じる事になるのだが――。


「面白いくらい全てが思い通りに動いたな、ワルター。今回の件で抱いた王族の我が家に抱いた怒りを殺し、誰もお咎めを受ける事もなく、その上王族の鼻を明かすどころか、グーメルンへの助成まで取り付けおって」


 クツクツと笑いながらそう言った父に、ワルターはティーカップに付けていた口を少し離してフッと微笑む。


「私はただ王族を褒めた、それだけですよ」

「そうだな、そういう事にしておこう」


 そう言って二人して笑った彼らは、やはり流石は親子である。

 よく似た『良い笑顔』になっていた。



 ~~Fin.

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