第7話 ただの子供と思うなかれ



 王弟が言ったそれは正しく今囁かれている噂話の要約であり、同時にそんな揶揄を機嫌よく聞き流した王族の恥でもあった。



 『自業自得』と言えば、全くもってその通りだろう。


 元々自分から吹っ掛けた喧嘩でやり返されて怒っている。

 これは正にそんな、典型的な逆ギレの図だ。


 しかしその一方で人間の感情を思えば見せしめにでもしないと怒りが収まらないという気持ちも分からなくもない。

 そもそも彼らは外面だけは無駄に気にし、自尊心ばかりが高いきらいがあった。

 そういうヤツが権力を持つと、大抵はこういう力で周りの意見をねじ伏せる戦法を取る方向にまっしぐらだ。


 確かに一番手っ取り早くて一定の効果を発揮する保証のある強いカードではあるが、少なくともワルターには今の彼らがひどく滑稽に見える。


(何だろう。なんかこう……『服に着られている感じ』)


 そんな風に脳内で比喩したところで、父がキッパリとこう言った。


「それでも息子に問うのは酷です」

「まだ言うか!」

「では王弟殿下は本当に『そこにはワルターの意志が介在する余地があった』とお思いですか?」


 スルリと忍び現れたその問いは、少なくとも言葉だけをなぞればつい今しがた王がワルター達に問いかけた内容と同じだった。

 しかしそっくりそのまま返した様なその言葉は、明らかな否定の色を孕んでいる。




 そんな彼の言葉に、王弟は「……何?」と訝しげに言葉を返した。

 そんな彼に、父は言う。


「噂は所詮噂です。事実の上から様々な人間の希望と憶測による尾ひれが付き、原型を留めない話になる。そんなのはよくある話だと思いますが」


 それは社交界に身を置けば誰もが大抵一度は遭遇した事のある事象だった。

 だから他貴族達の賛同も得やすい。


 「どうなる事か」とハラハラしながら両者の問答と聞いている者。

 面白半分の物見遊山で聞いている者。

 そしてオルトガン伯爵家に何らかの制裁が加えられる事を期待している者。

 そんな会場中の誰もが、この話には一定の理解を禁じえない。



 そんな周りの「確かに」という空気感に押されて少し語気を押されてしまいながら、それでも王はまさかここで「はいそうですか」と納得する訳にもいかない。


「……お前は『この噂はワルターの意思とは異なる発展を遂げた結果だ』と言いたいのか」


 彼の言葉にこんな風に食い下がる。

 するとその言葉を待っていたかのように、父は懐から三つ折りにした紙の束を取り出した。


「調べた所、ハルバーナの学術結果が公表されたのは王城パーティーの4日前でした。難解な内容と長文からなる学術結果の報告書です。あの日の時点でその内容をきちんと把握できていた方は限りなく少ないでしょう。それは実際にあの日の社交場ではまだ話題に上がる事が無かった事や、元々我が家を嗤うものだったこの噂が時間が経つにつれて別物へと変貌していった経緯からも十分に察せられます」


 その説明に、観覧貴族たちがサワサワと揺れた。

 

「また確かに最初は『伯爵家がやらかした』という内容の噂だったな」

「それもこれも、あの学術結果を知る人間が限りなく少なかったからに他ならない」


 そんな声がワルターの所まで漏れ聞こえてくる。

 しかしそんな声にも、まだ王は引き下がらない。


「周りが知らずともワルター本人が知っていた場合、それは故意の揶揄となり得る」


 それは正しく今回の的を射た物言いだった。

 しかしその事実を明確証明出来るものは無く、同時に否定する材料も乏しい。


 だから伯爵家は、否定のための材料に『人々の常識』を使う。 





「目を通した方にはご理解いただけると思いますが、報告書の内容は少々小難しく、まだ10歳になったばかりの子供になど読めたものではありません。それを4日の間に読了し、内容を頭に入れておいた上で瞬時に揶揄へと応用する。そんな芸当がまさか出来る筈もありますまい」


 父がさも当然の事のようにそう言うと、周りがまたサワリと揺れた。


「私もこれが噂になった後であの報告書に目を通してみたのだが、確かに小難しい言葉が並んでいた。ああいった報告書はどうにも回りくどい言い回しや難しい言葉を使っていて読みにくい」


 それはおそらく、そういった報告書を読む経験に乏しいせいできっと読みにくかったのだろう。

 目と脳が慣れれば実際にはそこまででは無いのだが、少なくとも10歳の子供にそう言った経験が既に蓄積されているなどとは誰もが夢にも思わない。



 そしてそれは王族側とて何も例外ではなかった。

 さすがの王も、常識を前にすれば「むぅ」と口を閉ざさざるを得ない。


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