第6話 噂は転がり、その結果



 転機が訪れたのは、例の王城パーティーから約一か月後の事だった。


「確かに飢饉なんかは完全なる自然頼りな食糧調達形態を取っている野生動物にはどうにもならんよな」


 おそらくは、語られる中で毎回「飢饉や災害が起きたらハルバーナは絶滅する」という所まで話が為されていたのだろう。

 この頃になると、最早ハルバーナの絶滅問題さえもが噂の一部として昇華されていた。

 そして『飢饉』という言葉から、どこかの誰かが今度はこんな連想ゲームを始めるに至る。


「『飢饉』といえば、グーメルン伯爵領の今回の飢饉はどうやら相当に酷いらしいな」

「あぁ、それなら私も耳に挟んだ。確か通常備蓄の3倍は食料が必要な状況で、国からの補助では全然追いつかないとか」

「3倍か……それは確かに通常の補助では足りないだろうな。しかしそれ、結構な大事ではないのか? 領民の大半が飢え死にするのも時間の問題だぞ、それじゃぁ」


 苦い顔で恰幅のいい男が髭を撫でる。

 

 彼とて領主の1人だ、いざとなれば領民をある程度養わなければならない立場にある。

 真っ当な領主にとって、グーメルン伯爵領の事は決して他人事などではない。


 

 しかし。


「それがオルトガン伯爵が食糧援助しているらしく、そのお陰で何とか持っているらしい」


 そんな苦い顔は、この一言でほんの少し和らいだ。


「あぁ、オルトガンはグーメルンと仲が良いから」


 安堵と納得が言葉の中に入り混じり、言葉尻で吐息となって全て吐き出される。

 が。


「それでも綱渡り状態には変わりない様だが……」


 それでも援助は最低限しか施されていない。

 自領も運営もあるのだ、たかが一領主に出来る援助など精々それくらいが関の山だろう。


「国がもう少し領民に対して親身になってくれれば良いんだがなぁ……」


 その嘆きのような呟きは、きっと似たような会話に行き着いた貴族なら誰もが少なからず抱いた思いだっただろう。

 そしてそうだったからこそ、その小さな声は次第に大きくなっていく。





 あの王城パーティーから、1か月半後。

 遂に噂はワルターの思い描いた終着点へと行き着いた。


 周りは最早、彼のあの時のハルバーナを引き合いに出した言い文句を称賛だとは思っていない。


 もしかしてあの言葉は王族を揶揄する言葉だったのではなかろうか。

 そんな噂が実しやかに囁かれている。



 そしてその噂が当事者たちの耳に届いたのは、既にそんな噂が定着しきった後だった。




 王族たちは勿論ひどく憤っている。


 だって今や彼らは『子供の言葉の裏を読めず、揶揄の言葉を称賛と勘違いして喜んだ阿呆』と周りに認識されているのである。

 本来従えるべき貴族たちからそんな目で見られる現状だ、怒らない方が寧ろおかしい。



 そしてその怒りの矛先が一体どこに向くかというと、だ。


「面を上げよ」


 厳格そうな声が、ワルターの耳朶を叩いた。

 それを受けて、彼はゆっくりと顔を上げる。



 ここは王城・謁見の間。

 王族からの召喚命令を受け、観覧貴族たちが多数見守る中で今、ワルターは父と共に事態の真っ只中に居る。


「呼び出したのは、他でもない。最近流れている王族への無礼な噂話についてだ」


 そう告げたのは、王だった。

 その周りには、あの日の謁見と同じ配置で王族達が座っている。


 

 王も含めた全員が、怒りを隠しきれていなかった。


 中でも王弟殿下はその様が実に顕著だ。

 彼は今にもこめかみの青筋がブチ切れてしまいそうなくらいの明らかさで怒り心頭しているようだった。


 そんな中、王が問う。


「お前はあの時、他意を込めてあの言葉を放ったのか。答えよ、ワルター・オルトガン」


 重々しい、威圧感のある声がワルターの頭上からのしかかる。

 しかしそれでもワルターがその空気に呑まれて口を噤む様な事はない。


「私はただ『王族の方々はハルバーナ』の様に雄々しく美しい』とあの時思いました。それが口をついて出てしまった事に関する無礼については私の不徳の致す所ですが……」


 ワルターは、まずそんな風に一つ前置きをした。

 そして。


「そもそも『他意』とは一体何の事を言っているのでしょうか……?」


 そう言いながら、小首を傾げる。



 その様は、周りから見るとさぞかし心の底から「何の事だろう」と思っている少年に見えただろう。

 そしてそんな良い演技をしてみせた息子に合わせて、今度は父が口を開く。


「発言の許可を頂きたいのですが」

「……よい、話せ」


 王から発言の許可を得て、父はまず「ありがとうございます」と一言置いた。

 そして続きの言葉を紡ぐ。


「例の噂についてですが、息子の言について社交界で様々な憶測が飛び交っている事は私も聞き及んでおります。しかしその是非を息子に問うのは些か酷というものです」


 酷。

 その言葉にいち早く反応したのは、先程から怒りに手がプルプルと震えていた王弟だ。


「酷? 酷だと?! 『ハルバーナが子を切り捨てるが如く王族はグーメルン伯爵領を捨てた。ならばいずれ国難が襲った時、ハルバーナが絶滅するようにやはりこの国も滅びるだろう』だなどと、王族を愚弄する様な物言いをしておいて酷な筈があるまい!!」


 そんな風に、大人気もなく叫ぶように糾弾する。


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