第4話 裏にあった思惑は



 咎める様な父の声がワルターの声に、ワルターは「しまった」という顔を彼らしくもなく表に出した。


「申し訳ありません。思った事がつい口から出てしまいました」


 子供ゆえのついうっかり、一度そんな演出をして相手の出方を少し伺う。

 すると先程こちらに揶揄を吐いてきたあの男が、先程とは打って変わって今度はこんな言葉を口にした。


「そうか、つい口からなぁ。まぁ私達ほどの高貴な者を前にすれば、つい称賛してしまう気持ちも分からなくはない。……良いだろう。今回は不問にしてやる」

「御慈悲を頂き、ありがとうございます」


 王族に対して許可なく言葉を掛ける事は、それだけで『不敬罪』に問われる場合もある。

 そう思えば、そうでなくとも横柄な彼の今回の措置は実に寛容に思えた。


 それもあっての事だろう。

 機嫌良さげなその声に、発言を許されている父親がワルターの代わりにそう応じて深々と頭を下げる。


 そのお陰もあってなのだろうか、ヤツの自尊心はどうやら満たされたようだった。

 一層上機嫌な雰囲気を醸し出し始めた彼に、ワルターは辞去の好機を見る。


 そしてそんな事に父が気が付かない筈がない。

 こうして二人は見事に彼らの目前を辞去する事に成功したのだった。




 行きよりも速足になった父親から離されぬ様に、ワルターは半ば小走り気味で彼の後に続く。


 その様をもし一連のやり取りを知っている者が見ていたら、2人の様子はさぞかし笑いダネになっただろう。

 何と言っても、父を馬鹿にした王族を褒め、あまつさえ危うく『不敬罪』が適応されそうになった息子を連れて急いでいるのだ。

 どう見たって羞恥の念から逃げ出しているようにしか見えない。



 結局その日の内に、そのまま本当に帰路についてしまったオルトガン親子の真意に気が付いた者は誰一人として居なかった。





 2人して帰宅用の馬車に飛び乗ってからしばらく馬車が走った後、父が含み笑いをしながら徐に口を開いた。


「ワルター、よくやった」


 低いが慈愛に満ちた、きちんと子供を褒める親の声が降りてくる。



 そんな父の短い称賛が嬉しくて、ワルターの口角が独りでにクイッと上がった。


「いえ、私は『思った事』をそのまま口に出しただけですから」


 先程の言い訳と全く同じことを口にしながら父の方を見上げれば、ニヤリとした良い笑顔と視線がかち合う。

 今にも鼻歌が出てしまいそうな勢いで言葉がクツクツと弾んでいるのだから、今の父の機嫌が良い事は疑いようもない。


「しかしあれだ、心がとてもスッとした。一連の演技も中々に見事だったし、全く気づいていないアイツらも大いに笑えた。ネックだったのは笑いを堪えるのが大変だった事くらいなものだった」


 そう言って一度言葉を置いた父親が、今までで一番のいい笑顔でこう告げる。


「――こりゃぁ今年の社交界は、しばらくこの話で持ち切りだろうな」


 その言葉には同感だ。

 だからワルターもコクリと頷く。



 あの言葉を聞いていた者は、王族以外にも沢山居ただろう。

 だってあの場には、彼ら以外にも護衛騎士や使用人たちが十数人程は居たのだから。


 そしてその中にはきっと、我が伯爵家を貶めたい奴らも居る。



 おそらく一時的に、それらの噂は『オルトガン伯爵家の失態』として出回るだろう。

 しかし奴らがそれを喜々として流してくれればくれる程、後の火種も大きく花咲く。


「王族のヤツ等も喜々として噂を流したその他の連中も、みんないずれは顔色を悪くする。実に良い『土産話』が出来たじゃないか」


 そう言われて少し考え、思い至って「あぁ」と納得の声を上げる。


 『土産話』とはおそらく、母のあの要望の事を言っているのだろう。


 例えばワルターや父ご聞く分には、この話は十分『土産話』になり得るだろう。

 しかし例え「おそらくそうはならないだろう」と最初から予測できていたとはいっても、息子があわや不敬罪に処される所だったなった話である。



 病床の母にして大丈夫な話だろうか。

 ふと「母から土産話を頼まれていたな」と思い出し、そんな不安が脳裏をよぎる。


 実際がどうであれ、相手は曲がりなりにも王弟殿下だ。

 全く後悔はしていないが、思い返せば結構過激な事をした様な気になってくる。

 

 だから少し気になって、しかしすぐに「まぁ良いや」と思い直した。


(今更無かった事には出来ないのだし、この話を土産にするかどうかは一旦保留にしておこう)


 とりあえずそう判定を下し、「それよりも」と前を向く。


「取り敢えずは思惑通りに事が進んで良かったです」


 先の事はまだ分かりませんが。

 そんな言葉を付け足しながらも、ワルターは僅かに微笑んだ。


 


 今回ワルターが王族の前で起こした失態、敢えて起こしたその事象の裏側には、2つの思惑が存在していた。

 


 1つ目は、まだ続く可能性があった王弟の難癖をぶった斬り、上手く早めに彼の前から辞する事。


 そして2つ目は、あんな言葉で挑発した事を後悔させてやる事である。


 そこに今回、父が自らの「早くこの場から退散し、堪えている笑いを一刻も早く解放する」という思惑を混ぜ込み、協力した。


 先程の一件、図式はそういう形になっている。



 そして実際、父からのアシストはものの見事にハマってくれた。

 起点を利かせた父の一言があの場からの辞去を早めたのは言うまでもない。


 そんな功労者たる父が問う。


「で、どうするつもりなんだ?」


 ワルターによく似た色の瞳が、好奇心にキラリと光る。

 どうやら息子がどんな戦略を立てるのかが、彼の気を引いているようだ。


 そんな父に、ワルターはゆっくりと口を開いた。


「そうですね……取り敢えずは、しらばっくれる所から始めてみようかと思います」


 息子のそんな即答に、父は「ふむ」と頷いた。


「あくまでも子供が言った事ですから、賢明な王家の方々はきっとこの件を『不幸な事故』として片づけてくださる事でしょう」

「まぁそれは、そうなるだろうな」


 ニヤリと笑った父の肯定に、ワルターも笑顔で頷いた。


 父の予測はさながら未来予知の如くよく当たる。

 そんな父が「そうなるだろうな」と言ったのだ、先の展開は最早、確定事項にさえ等しい。



 込み上げてくる笑いをかみ殺しながら、父が「合格だ」とワルターの頭を乱暴に撫でる。


 これでもかと言うくらい髪がグチャグチャになってしまったが、正直言ってあまり気にならない。

 それだけ父の褒め言葉と温かい掌は、ワルターにとっては何より嬉しいものだった。


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