第2話 あぁこれが、例のやつか。





 赤い絨毯の敷かれた長い階段を登りきると、あらかじめ聞いた通りそこは小さな広間の様になっていた。


 正面には椅子に座った王族たちがおり、その周りには護衛騎士や使用人服を着た人々がいる。

 その正面が広間になっていて、その真ん中まで歩み出ると父の隣で彼と同じ様にすぐさまワルターも最敬礼の所作を取った。


「陛下に措かれましてはご健勝のこと、何よりでございます。オルトガン伯爵家当主、レグルム・オルトガン、本年度の御挨拶に伺いました」


 先程までの盛大なため息などまるで嘘だったかの様に、スルスルと口上を述べた。

 その言葉は普段のイタズラ好きの彼とも先程までのイヤイヤだった彼とも違う、まるで別人かの様な凛々しさだ。

 その様に思わず感心している間にも、口上はまだ続く。


「そして此処に居りますのは私の息子・ワルターにございます。今年で齢10歳となりましたので、国王並びに王族の方々へのご挨拶に伺いました。末永く、よろしくお願い致します」


 此処までの一通りが、子供が社交界デビューをする際の挨拶の定型文だ。

 しかしここまで聞けば、残念ながら先程までの感心を押しのけて苦笑の方が勝ってしまう。


 というのも、だ。


(お父様の事だから、心中では「誰がお前らなんかと『末永く』などと願うものか。こちらから願い下げだコノヤロウ」なんて思っていても決しておかしくはない)


 容易にそんな造像が出来てしまうのだから仕方がない。

 今にも出てきてしまいそうな笑いを噛み殺す事に内心必死になりながら、表面上はどうにかこうにか何事も無かった体を保ち続ける。

 しかし、表情筋を無理やり別の筋肉で押し留めているのだ、もしかしたら明日は顔面筋肉痛になるかもしれない。




 そんな事をワルターが考えている間にも、今度は王族の方が同じく口上を述べていく。


「レグルム、今年もよく来たな。この社交の場で貴族と顔を繋ぎ、他家と連携してより良い領地経営をする機会としてくれ。――ワルター、お前をオルトガン伯爵家の子息として承認する。貴殿がこの国の発展の礎となる事を願っている」


 こちらの言葉も、父親の時と同じでスラスラと口から出ていった。

 しかしそこには全くと言っていいほど感情が乗っておらず、何だかとても事務的な響きだった。


 否、おそらく真実事務的なのだろう。

 彼らが発した言葉たただの言葉で、取り繕う事さえ知らない響きを持っていた。


 つまりそれは、全くそうは思っていないという事で。


(本当に横柄なヤツ等だな)


 国の発展を本気で願えない王など、どれほどか。

 そんな風に思わずワルターは独り言ちる。




 途切れた声が「儀式はこれで終わりだ」と暗に二人に告げていた。

 その空気感に、ワルターは思わずホッとする。


 下で色々言われてたから、嫌な予感がしていたのだが。


(どうやら杞憂に終わりそうだ)


 そう思いながら父に倣って最敬礼から直ろうとした、その時だった。


「おいレグルム。今日はさぞかし寂しい事だろうな。お前のただ一人の友・グーメルンも、飢饉のお陰で来てないし、お前の話し相手を好き好んでしようと思う奴なんぞ、他には誰もおらんのだろう?」


 嘲笑を色濃く孕んだそんな声が投げられたのは。



 ――あぁこれが、例のやつか。

 この時のワルターの心情は、正にコレだった。


 滞りなく終わらなかった事に対する残念半分、納得半分。

 そんな心境の仲、ワルターは直りかけた中途半端な体制のまま父の出方を見る事にする。


 すると、彼はまたスッと最敬礼の姿勢に戻ってみせた。



 先程は「あんなのに一々付き合っていたら幾らあっても時間が足りない」というような事を言っていたが、流石にあからさまな態度で王族を邪険にするわけにもいかない。

 そんな父の思考が読めたので、ワルターもそれに従う。

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