伯爵子息・ワルターは、国を想ってほくそ笑む。

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 ただの時間の無駄だからな

 


 綺羅びやかな王城のパーティー会場を、深緑の瞳が何の感慨もなく見回した。


 今年は10歳の年。

 社交界デビューの今日、初めて王城へとやってきたのだが何だろう。

 無駄に高そうなものが飾られたり使われたりしている様が、ワルターはどうにも腑に落ちない。



 彼の家・オルトガン伯爵家にも確かに装飾品の類があるから慣れていないという事ではないし、王族としての権威を示すために高価な品が有用なのも分かっているが、それでも思うのだ。


(無駄に過剰なんだよ、そんなに金が有り余ってるなら国家運営に使えばいいのに)


 と。


 

 10才児の思考じゃないと、そう思うだろうか。


 しかし仕方がない。

 だってそれがワルターなのだから。


「我が伯爵家の血筋はな、どうしたって思考がマセる」


 おそらく呆れの感情が顔に出ていたのだろう、まるで気持ちを見透かしたかのような声が降りてきたので、視線を上げる。

 すると隣を歩く父親と目が合った。

 

「初めてここに来た時、私も似たような事を思った記憶があるからな」


 そう言って笑う父親は、いつも通りのまるでいたずらっ子の様な笑顔を浮かべていた。



 

 本来はここに居る筈のもう1人、母親は今日は欠席だ。

 しきりに出たがってはいたのだが、ここ数年はずっと体調を崩しがちで今年もシーズンに間に合わなかった。

 いじけた母から「楽しいお土産話を待っているわね」と言われたが、どうだろう。


 果たしてお土産になるような話は出来るだろうか。

 普段から家の書庫に納められた何かの研究成果や他領事情が書かれた調査結果報告書を読んでいるので、頭は使い慣れている。

 しかしそんなワルターでさえ今のところ、そんなものを持ち帰れる気配はしない。




 パーティー会場に入場して少し経った頃、王族達が入場してきた。

 定位置までやってくると王が何やら横柄な挨拶を述べてから王座へと着席し、すぐに『王族への謁見』が始まった。


 爵位の高い順に挨拶という形で王に謁見する。

 これはどうやら出席者なら必ず行わねばならない毎年恒例の事らしい。


 基本的には各貴族家の当主が王族と謁見するのだが、これには幾つか例外がある。

 その内の一つが、『その年に社交界デビューを果たした子供』だ。


 つまりそれはワルターの事であり、この後彼は父と一緒にその場に立たねばならないのだった。




 謁見のための列に並んで、その順番を待つ。

 その合間に、父親がポロリと言葉をこぼした。


「先程の挨拶を見てお前も思ったろう。ヤツ等に持たせるには、あの権力は重すぎる」


 辺りには歓談の声が沢山ある。

 しかもワルター達の後ろにはまだ人が並んでいない。

 だから絶妙に調整されたこの音声は、おそらく他の誰の耳にも届いていないだろうと思われた。



 一聞するとそれはあたかも野望に満ちた言葉にように聞こえたかもしれない。

 しかしそこには明らかに「権力などどうでもいいわ」と吐き捨てる様な空気があった。


 彼のこの言葉は、権力の在処を語ってなど居ないのだ。

 ただヤツ等にはふさわしくない、そう言っているだけなのである。


「その癖その権力を嵩にきて威張り散らす脳だけは持っているんだから面倒極まりない。今日もおそらく、何かしら当てつけてくるだろう」

 

 そうに違いない。

 更にそう言葉を重ねた父親に、ワルターは思わず苦笑する。


「お父様は、確か王弟殿下と特に仲が悪いんでしたっけ?」

「仲が悪いなどど、そんな可愛いものではない」


 今日のための予習として予め我が家に因縁のある家や人については何となく頭に入れてきた。

 だから王族とのアレコレについてもおそらく間違っていはいない筈なのだが、どうやら表現が父親好みではなかったようだ。


 そんな父の大人気なさに、ワルターは「お父様らしい」とまた一笑する。


「どちらにしても、アイツらの言う事は一々気にしない事だ。例え何を言われても、お前は『よく分からない』という顔をしていれば良い。あんなのに一々付き合っていたら、ただの時間が無駄だからな」


 バッサリと吐き捨てる様なその声に、ワルターは素直に「はい」と頷いておく。



 そうして二人で過ごしている内に、ついにワルター達の番が回ってきた。


 深いため息を吐きながら、落ち着いた足取りで階段を上がっていく。

 そんな父の背中を見上げながら、ワルターもまたその後に続いて歩く。

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