『さよならの夏:コクリコ坂から 主題歌』 自分の布団で寝ろ

 リンは、五分もしないうちに寝た。はやせの膝枕で。


「自分の布団で寝ろ。おいおい」


 揺り起こしてみるが、うーんとうなるだけで起きそうもない。


「しょうがねえな」


 はやせは、お姫様抱っこでリンをかついだ。


 最悪のタイミングで、風呂から上がった二人の先輩とはち合わせる。


「あはは。どうしましょうか?」

「はやせさんのベッドで、寝させてあげてくださいませ」

「えっ!?」

「まあ、寝てしまったら、あちらも何もしませんわ。ご安心なさいな」


 唱子先輩の一言で、押し切られてしまった。


 リンをベッドで眠らせて、自分は床で寝ることにするか。


 ベッドから降りようとした途端、リンがパジャマの袖を引っ張ってきた。


 リンを起こさないように、そっと力を加える。


 しかし、リンは袖から手を離そうとしない。


 しかたなく、距離を置いて眠った。



「あまり眠れなかったな」


 翌朝、目をこすりながら起き上がる。


 リンはシャキッとして目を覚ましていた。


 食事を終えたら、朝から帰り支度である。


「お世話になりました」


 もう二度と見ることのないコインスナック店に、別れを告げた。

 来年ここは、完全に道の駅となる。


「はやせさん、今日は同じクルマに乗りませんか?」

「え? でも軽ですよね?」


 大島家の車は、四人乗りだ。


「お父さんからもOKが出てるから、どうぞ」


 優歌先輩と母親が、はやせの車に乗るという。

 母親同士が、飲んで意気投合したのだそうな。


「もう少し、リンが一緒にいたいそうで」


 両先輩から頼まれたので、お言葉に甘えた。


 後部座席の隅に、リンの隣へ。


「すいません、なにもない村で」

「にぎやかで、いい感じではありませんか」


 はやせの田舎の町並みを見ながら、唱子先輩はしみじみと語る。


「今だけですよ」


 ほとんどが、里帰りに来た客だ。もしくは、観光か。


 地元民は、驚くほど少ない。


「なんか『コクリコ坂から』っぽい」


 祖父の家で一緒に見たアニメ映画を、リンが話題に出す。


「わかります、あのワチャワチャ感。なかなか出会えるものではありませんわ」


 唱子先輩が、祭りの雰囲気を映画にたとえる。


「元は、ドラマの主題歌だったそうですわ」


 父が生まれたあたりのテレビドラマらしい。


「歴史がある」

「この町並みと同じですわ」


 はやせにとっては、見慣れた町並みだ。


 それでも、人によっては惹きつけられる要素があるのかも知れない。


 トイレ休憩で入ったパーキングで、優歌先輩たちと入れ替わる。


 リンは車の中で、ずっとはやせの手を握っていた。

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