第35話 欲しい物リスト

 あの日全裸で駆け回って以来の市街である。


スラムとは違い、石畳の舗装路も背の高い建物も上等な服を着た通行人もなにもかもが立派に見える。例えるなら異世界渋谷という感じだ。活気に溢れすぎて既に俺はちょっと帰りたい気分になっている。というかドネートがいなかったら即座に回れ右だ。そもそも近づきもしなかったろう。


 一方で俺の中にはこれってある意味デートだよな!? とワクワクする気持ちもあった。三十五歳にして初のデートである。恥ずかしながら、母親以外の女性と二人っきりで街を歩くのは初めての俺である。そう思うとテンション上がるし無駄に緊張してきた。


「どうする?」


 市街に繋がる寂れた裏道の一つに立ち、高速道路に合流できない下手なドライバーみたいに立ち止まりながらドネートが聞いてくる。


 どうしよっか……喉元まで出かけた言葉をグッと飲み込む。優柔不断な男は嫌われると人間界ではもっぱらの噂だ。世間知らず、社会知らずの俺ではあるが、本で仕入れた偏った知識だけは豊富にある。


「……どうしよっか」


 知識を行動として活かせるかは全くの別だが。いやもう初めての市街だしドネートと二人っきりで買い物だし緊張して頭回んねぇから!


「とりま、魔術具から見てみる?」

「そうするか」


 クールぶって答えてみるが、魔術具がなんなのかよくわかっていない。読んで字の如く魔術仕掛けのアイテムの事なのだろうが、一応確認する。その通りだったのでやり取りは割愛するが。テクネの持ってきた魔剣やら収納具やら、特殊な力を持つ物は大体全部魔術具扱いだそうだ。


 どうせなら一番良い店を冷やかしてやろうという話になりそれっぽい店を探す。適当に歩いていると巨人の忘れ物みたいな馬鹿デカい剣がぶっ刺さったデザインの店を発見する。


 盾と剣を悪魔合体させたようなデザインの看板にはラガーフェルド工房とあり、入口には青く輝く金属製の部分鎧を着たガードマンが抜き身の長剣を杖のように地面に着いて睨みを利かせている。魔剣の類なのだろうが、刀身にはシャボン玉の表面のような虹色の模様が浮かんでおり、それは対流しているかのように緩やかに形を変えている。


「……別の店にしない?」

「俺もそう思った」


 ドネートの提案にホッと胸を撫でおろす。とてもじゃないが冷やかしで入れる雰囲気じゃない。店構えが立派なら客も立派で、それ以上何を買う必要があるんだ? って高級そうな恰好をした連中が馬車で乗り付けて入っていく。なんならガードマンは店をチラ見する俺達をそれとなく警戒していた。入ろうとしたら止められていたかもしれない。


 二人でお高くとまった高級店の悪口を言い合いながら別の店を探す。先ほどの店からぐっとグレードをダウンして、いかにも大衆的な入りやすい店に吸い込まれる。


 それでも魔術具を扱う店というのは立派なもので、ほとんどの商品が宝石みたいにガラスケースにしまわれていた。若干の気後れを感じつつ、二人で商品を眺める。


「やっぱこいつは一つ持っておきたいよな」


 最初に足を止めたのは収納具コーナーだ。テクネが剣を取り出すのを見た時から、こいつは欲しいと思っていた。


 ガラスケースの中には大きさは大体一緒だが色の違う皮袋がずらりと並んでいる。値段の違いは主に容量の違いだが、中には冷蔵機能のついている物もあり、そちらは同じサイズの物と比べて値段が数倍跳ね上がった。


 この店で一番安い物だとリュック一つ分の容量で三ジェムから。魔物のドロップだって数があるとそれなりにかさばる。中には無駄にデカいドロップもある。他に出来る事はないからとドネートは率先して荷物持ちをしてくれているが、俺としては女の子に荷物を持たせるのは心苦しい。こいつがあればドネートの肩と俺の心が軽くなる。他にもポーションとか――使った事ないけど――そんな感じのお役立ちアイテムを入れておけばドネートの役割も増える。うまく使いこなせば自衛の手段にもなるだろう。


 そんな話を俺がすると、ドネートはトランペット少年のように目を輝かせてケースの中の袋を眺めた。これがあればあたしにも……そんな希望が透けて見える。俺は素直に彼女の願いを叶えてやりたいと思う。そうでなくとも収納具はかなり便利な魔術具だ。戦うにしろ旅をするにしろ無駄な荷物は極力減らして身軽でいたい。冒険者にとってこいつは必需品と言ってもいいだろう。


「欲しい物リストに追加だな」


 少し迷ってから、ドネートはうん! と力強く頷く。


 一ジェムは六千五百ストーンだとドネートは言っていた。六千ジェムを十日かけて返済した俺達である――利息を考えると倍以上だが。一番安い収納袋だってかなり高価だ、どうせ買うならもう少し大きいのを買ってやりたい。それとも、ドロップ用とその他で小さいのを二つ買った方がいいだろうか。とりあえず、目標金額に六ジェムを加えておく。


 次に俺達は武具を見る事にした。


「まずは新しい剣だよ! そんなおんぼろで三層とか絶対無理だし!」

「平気だろ。どうせ魔力で強化するんだ。なんだって同じだって。それよりドネートにも使えそうな武器を探そうぜ」


 なんて話をしていたらオタク顔の店員が近づいて来て聞いてもいないのに解説を始めた。武器には素材や作りに応じた魔力的な特性があって、用途と合わせると効果が何倍にも跳ね上がる。強化の場合は魔力の伝導率が大事で、これが高いと切れ味を増しやすい。


 次に魔力容量で、一般的な武具の素材は魔術士用の杖に使われる魔石のように飛びぬけた魔力容量があるわけではないが、素材によってある程度うんたらかんたら、ようは魔力容量が多いと魔力を流した時に無駄が少なく省エネらしい。


 そんな事より俺は買い物中に店員に話しかけられて最悪な気分になっていたが、オタク店員はオタクなだけあって必要な情報を話し終えると満足して去っていった。やるじゃんオタク、他の店員も見習ってくれ。


「……よくわかんないけど、新しい剣の方がいいって事!」

「俺のは魔剣じゃなくていいだろ」


 バッサリ斬り捨てドネートにも使えそう武具を探す。


 オタク店員の解説の通りなら、強化で戦う俺に高価な魔剣は必要ない。まぁ、あれば便利だろうが、そこそこの素材で作った普通の剣で十分だろう。あと魔剣とか普通に高いし。チラ見した感じ最低でも十五ジェムからとかだ。


「これとかどうだ」


 俺はショーケースに入った短剣を指さす。刃の赤い大振りの短剣で獲物に突き刺すと火を吹くと書いてある。値段も手ごろで三ジェムだ。


 ……いやまぁ、今の俺達の手持ちじゃ全然足りないんだが。高い値札ばかり並んでいるから早くも金銭感覚がバグってきた。


「……多分無理だと思う。あたしはリュージみたいに動けないから……」


 申し訳なさそうにドネートが目を逸らす。


 俺は馬鹿か? ドネートには加護がない。近接戦闘に関する学習能力もなければ適正もない。それ以前に魔力がない。いや、多分ない事はないんだろうが、知覚できないから操れない。


 俺が虎や熊より危険な魔物と正面から斬り合えるのは勇者補正によるスーパーヒーローじみた身体能力と魔力を纏った強化による防御があるおかけだ。それで俺は普通の人間なら絶対に避けられないような攻撃にも余裕で反応できるし、普通の人間なら一発で死ぬような攻撃もいてぇな! で済んでいる。


 ドネートはそうはいかない。一から十まで普通の人間並みだ。そんな人間に火を吹く短剣を渡したってなんにもならない。良くて相打ち、まず間違いなく無駄死にだ。


「……ごめん」


 謝る場面だが謝るべきではなかった。お陰で空気がぎこちなくなる。俺はなにかドネートにも使えそうな武器を探すが、どれもこれも最低限の――この場合の最低限はただの人間以上のという意味になる――戦闘能力を必要とする物ばかりだ。


「……もういいよ」


 居た堪れない顔でドネートは言う。俺が焦れば焦る程、彼女に罪悪感を与える事になる。それが分かっているから俺は余計に焦る。負のスパイラルだ。それでもなにかあるはずだ。加護のない人間でも魔物と戦えるようななにかが! けれど、俺にはそれが見つけられない。途方に暮れた俺は最後の手段に出た。


 頼れるオタク店員を呼びつけ、加護なしの女の子にも使える武器はないか尋ねる。


「いいってば! そんな都合の良い武器あるわけないし……」


 これ以上恥ずかしい思いをさせないで! そんな悲痛さを滲ませてドネートは言う。


「ありますよ」


 オタク店員は事もなげに言った。


「こちらです」


 ロボットみたいに不愛想な店員に案内されて奥に進む。


 ガラスケースの中にはおおよそ異世界らしからぬ武器が飾ってあった。


「……これ、銃だよな」


 どこからどう見てもリボルバー銃にしか見えない物が置いてある。


魔銃ガンドと言って異世界人が発明した武器です。魔術を込めた弾丸を使うので魔力系の加護のない方でも使えます」


 ……なるほど。異世界人のいる世界だ。銃がないはずはないか。


 オタク店員の話によると魔銃には色々な種類があるらしい。魔術を込めた弾丸を破壊する事で封入された魔術を解き放つタイプ。シリンダーに魔術式が掘り込まれ、魔力を込めると対応した術が撃てるタイプ、こちらは魔力系の加護が必要だ。もう一つはほとんど普通の銃と同じだ。弾丸の薬莢部分に風の魔術が込めてあり、風圧で矢じりを飛ばすタイプだ。風の加護を持つ者なら専用の矢じりだけで撃てるという。


 オタク店員のおススメは魔術を込めた弾丸を使うタイプだ。二番目のタイプは論外として、空気銃型はマニアックなので弾を扱っている店が少ないと言う。そもそも魔銃自体ポピュラーな武器ではないが、旅の護身用として持ち歩くならまだ弾を入手しやすい魔術封入型がいいそうだ。


 寝ぼけた顔をして俺達の話をしっかり盗み聞きしていたらしい。少し話が長いが、痒い所に手の届く有能なオタク店員である。


 値段も手ごろで安い物なら一ジェムで買える。魔銃自体はただの射出装置なので厳密には魔術具ではなく、その分安く作れるそうだ。


 弾の値段は封入された術によってマチマチだが、練習用の魔弾丸が十発で三十ストーン。実用品だと一番安いのが低級の魔力の矢で一発四十ストーン、上手く急所に当てれば一層の魔物くらいなら倒せるという。弾代とドロップを比較するとまず間違いなく赤字になるので普段使いはお勧めしないが、護身用やサブウェポンとしては地味に人気があるという。戦闘能力のない金持ちの間では高い弾をばかすかぶっ放して狩りをするのが流行っているという。なんにせよ、対費用効果に目をつぶれば加護なしの女の子でも魔物を倒せる唯一の武器だそうだ。


 それを聞いた時のドネートの顔と来たら。運命の相手と出会ったみたいにぼろぼろ泣きだされ、俺とオタク店員は慌てふためいた。


 ともあれ、ドネートの武器はこれで決まった。


 欲しい物リストの二番目に魔銃とホルスターと弾丸を一揃え加え、目標金額にざっくり二ジェム足しておく。




――――――――欲しい物リスト―――――――

袋タイプの収納具 一番小さいの二個、又はもう少し大きいのを一つ

六ジェム

                               


魔銃 レナード・ファング ホルスターと魔弾丸色々       

二ジェム

                              

なんかいい感じの剣

三十オーレ ←ダメ! もっと良いの買って!

……一ジェムに変更



合計九ジェム

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