第34話 時は経って
「これからの事?」
異世界送りにされて十日目の朝だった。
ゴロツキ亭で朝食を食べ終え、いつもの流れで人食い森に狩りに行こうとするドネートを俺は引き留める。
ちなみに今日は上級変態の二人はいない。俺にべったりお熱のテクネとそのペットの変態アーマーだが、流石に毎日現れるわけではない。……いないとちょっと寂しい気がするのは気のせいかしら?
「借金も返し終わった事だし、そろそろ考えてもいいんじゃないかと思ってさ」
ドネートが俺の身支度の為に借りた六千ストーンは昨日の時点で完済した。タイミングの合う時はいつもテクネが馬車に乗せてくれて、そんな日は徒歩の日の何倍も稼ぐ事が出来た。一日一割の利息に加え、追加のマットや俺の着替え、二人分の食費と風呂代にその他諸々で思いの他出費が多かった。テクネの協力がなかったら完済はずっと先になっていただろう。そこは素直に感謝したいが、弱みを見せるとすぐに俺を抱こうとするので伝え方が難しい。
ともあれ、無事返し終えた。
大事なのはそこだ。
「元々ドネートは旅がしたくて俺を捕まえたんだろ。借金は返し終えたんだし、目先の金を追いかける必要はなくなったんだ。この辺で一旦落ち着いてさ、旅を始める為にどうしたらいいか考えてみないか」
可愛い異世界ギャルと規則正しく寝起きして真面目に働く生活も悪くはないというか普通に幸せではある。狩りを終えた後、ゴロツキ亭に戻って二人で飲むビールは最高だ。
最高すぎて、ドネートは目的を忘れているんじゃないかと不安になる。目的のない俺ではあるが、だからこそドネートには夢を忘れて欲しくない。パソコンもない異世界では、俺は作家にはなれないだろう。こっちに来てから一行だって書いてない。書く事以外なにもない俺だった。この世界に来た時点で一戸竜二は死んだ。俺は勇者の加護を持つリュージとして生きていく他ない。夢を失った俺は、ドネートの夢をかなえる事で一戸竜二の夢を贖おうとしているのかもしれない。
「……それはそうだけど」
ドネートは拗ねたように口を尖らせる。
「どうかしたか?」
「だって。本当はあたしがリュージの面倒みてやるはずだったのに、あたしの方がリュージに世話されてる感じなんだもん。魔境でだって役立たずだし……旅の事はあたしも思ってたけど、なんか自分ばっかり良い思いしてるみたいで……ていうか、実際そうなんだけど。だから、言い出しづいらなって思ってたらリュージの方から言われちゃうし、なんかあたし情けないなって……」
勇者の加護のお陰か俺は日増しに強くなっている。既に二層の魔物は楽勝で、三層に進むタイミングをうかがっている状況だ。そんな俺と比較して、ドネートは色々と後ろめたく感じているのだろう。
「ドネートだって頑張ってるだろ」
「……そりゃ、リュージだけ働かして楽するわけにはいかないし。でも、頑張った気になってるだけであんまり意味ある気しないし……」
ドネートは自分自身を笑うような暗い笑みを浮かべる。
ドネートもなにもしていないわけじゃない。むしろ、俺なんかよりもずっと頑張っている。店の常連から情報を集め、二層や三層の採取物を見分けられるようになろうと必死に勉強している。
とは言え、日中は俺と一緒に狩りに出ている。勉強に使える時間は少ない。加護によるインチキ補正もない。努力をしても簡単には結果は出ない。その横で俺はチートパワーで成長している。自分の努力に意味はあるのか? そう感じても仕方ない。
俺にはドネートの気持ちが分かるような気がする。書いても書いても結果を出せず、自分よりもうんと若い作家が成功するのを嫌になる程見送った。心が折れて逃げ出した事は一度や二度じゃない。惨めったらしくしがみついたが、その結果がこれだ。
……俺の話はいい。とにかく、俺はドネートは立派だと思う。彼女も含め、誰一人その価値を認めないとしても、俺だけはそれを認めてやりたい。
……それはただの自己投影なのかもしれない。俺は似たような境遇のドネートを認める事で自分の人生にも価値があったと思い込もうとしているだけなのかもしれない。否定は出来ない。それでも、俺はドネートの努力には価値があると思いたい。
宇宙人のでっち上げた嘘っぱちのインチキな世界だ。その中でなんの加護も受けずに夢を掴もうと足掻く彼女の努力だけは、嘘偽りのない真実だと俺は思う。
なんだっていい! くどくど理由をつけるのは三流作家の悪い癖だ。俺はドネートの悲しい顔を見たくない。俺はドネートの笑った顔が好きだ。それでいいじゃないか。
「意味はあるさ。俺は初めて会った時からずっとドネートに救われ続けてる。知らないだろうが、君と出会うまでは俺の人生は灰色だったんだ。ただ死んでないだけで生きた心地のしない毎日だ。今は違う。君のお陰だ」
俺の台詞にドネートは真っ赤になって俯く。
「……そういう事言うなし……は、恥ずかしいじゃん……」
俺も自分で言っておいて恥ずかしくなる。店の常連達がは~やれやれまたかよ朝っぱらから見せつけてくれるぜペッ! って雰囲気を醸し散らかしているのが見なくても分かる。
イケメン勇者にされてから、俺は時々自分でも驚くようなキザな台詞を吐いてしまう事がある。いやまぁ、昔から自分の書く主人公には似たようなセリフを言わせていたが。
イケメンになった事で恥ずかしげもなく言えるようになったのか、宇宙人に脳みそを弄られたのか、答えは分からない。
クソッタレマニュアルは役目を終えたとばかりに、いくら呼び掛けても答えてはくれない。
あんなのが四六時中頭の中で嫌味を言っていたら鬱になって死ぬだろうからそれでいいのだろう。
俺は咳払いで空気を誤魔化し話を続ける。
「とにかく、旅の話だ。目標というか、これが出来たら旅立てるって条件を決めといた方がいいと思う」
「そうだね。あたしもそう思う」
俺の励ましが効いたのか、幾分元気になってドネートが言う。やっぱり女の子は笑っている姿が一番だ。笑顔を見せてくれるだけで心が安らぎ幸せな気分になる。宇宙一平和的な合法麻薬だ。
「とりあえず俺はもっと強くなりたい。旅をしてたら魔物とか盗賊に襲われる事もあるだろうし。なにかあった時にドネートを守れるくらい強くならないと旅に出るのは不安だ」
「まぁそうだよね……ってあたしが言うのも変な話だけど。現実問題あたしは戦力外だし。旅先の安全はリュージの強さにかかってるわけだからそうなっちゃうよね……」
ドネートはまた少し落ち込む。けれど今度は自分の足で立ち直り、あるいは誤魔化して話を続ける。
「でもさ、強くなるって具体的にはどのくらい?」
「そこが問題なんだよな。正直自分がどれくらい強いのかもよく分かってない」
「ゴロツキ亭じゃ一番だと思うけど。店の連中は二層でもパーティー組んで狩りに行くし」
「パーティー……そういえばあったなそんなの……」
思考がぼっちの引きニートなせいで完全に失念していた。
「多分、今のリュージの強さならパーティー組めば三層も行けると思うけど……」
気にしない振りをしているが、ドネートは少し嫌そうだ。理由は想像できる。加護なしのドネートは俺以外の人間にとってはお荷物でしかない。パーティーを組むとなると同行を断られるだろう。今までその話をしなかったのもそれを気にしての事だと思う。卑怯だとは思わない。誰だってその程度のエゴは持ち合わせている。ていうか今自分から言ってきたしセーフだろ。
「煩わしいのは面倒だし、そいつらと旅をするわけじゃないからな。俺が欲しいのは俺一人でドネートと俺を守れる強さだ。深層で稼ぐ必要が出来たらそういうのもありかもしれないが、とりあえず今は考えなくていいと思う」
「……そっか」
ほっとした様子でドネートは言う。萌えだ。
「テクネ達はどのくらいの強さなんだ? なんとなく凄い冒険者なんだろうなって事は分かるが」
「ちょー強いよ。金獅子亭で仕事を受けてるって言ってたじゃん。あそこはバングウェルで一番の冒険者の店なの。会員制で、試験に合格するかスカウトマンに認められた実力者じゃないと入る事も出来ないし。この街の冒険者の憧れの的って感じ。金獅子亭の名前を出すだけで盗賊なんか逃げ出しちゃうくらい」
「なるほど。つまり、あいつらに勝てるくらい強くなったら余裕って事か」
「それはそうだけど……ちょっと目標高くない?」
無理でしょとは言わないが、限りなくそれに近いニュアンスを感じる。
「言ってみただけだ。二人ともバケモノみたいな強さだったからな。追いつく頃には何年経ってるか。というか、そもそも追いつける気はしないが、目安にはなるだろ。頼めば手合わせくらいはしてくれそうだし」
「代わりにデートさせられるかもよ?」
「テクネには世話になったからな。デートくらいなら付き合ってやるさ」
ドネートがジト目で俺を睨む。
「な、なんだよ……」
「心配だから。あいつに口説かれてる時、リュージも満更でもない感じだし」
丁度ビールを飲んでいた俺はドネートの言葉に思いきり噎せ散らかす。
「ど、ドネート!? 変な事言うなよ!」
妙に胸がドキドキするのはなぜだろう……もしかして俺は……って、そんなわけはない。
……ないよね?
「だって。リュージってチョロそうだし。ちょっと優しくしただけですぐ懐くし……」
自分の時の事を思い出しているのだろう。ドネートはマジで不安そうだ。
「はっはっは! ドネートが男相手にやきもち妬いてら!」
「黙んないとぶっ飛ばすよ!」
常連の冒険者の言葉にドネートが立ち上がる。そのやり取りを見て他の客も笑った。
「もう! 笑いごとじゃないっての!」
ふんすふんすと鼻息を荒げながら着席する。俺を口説く為にちょくちょく現れるテクネはすっかり有名人だ。そのせいで俺も可哀想だから一度くらい寝てやれよ! と無責任なからかいを受けている。
まぁ、悪気はなく、基本的には気のいい奴らだから腹は立たないが。むしろ、ボッチの長い俺には新鮮で、こういう交流も悪くないとすら思える。
「経験不足って事なのかもな。色々経験を積めばどのくらい強くなればいい分かるようになると思う。装備もそうだ。いつまでも錆び錆びソードのままってわけにはいかないし。買い換えるにしても、そもそも剣でいいのかって話もある」
「そだね。その内市街のお店見て回ろっか」
「だな。俺はそんな感じだ。強くなる為に色々やる。色々やってる内にもうちょっと見えて来るだろ」
目標と言うには大雑把すぎるが、まだこの世界に来て十日だ。勇者の力を必要とするような危機の気配もない――あった所で力不足だが。焦らずゆっくりやっていけばいい。
「あたしはもっとリュージの役に立てるようになりたい。お荷物のままずっと旅するのなんか絶対やだし。なんでもいいからあたしにでも出来る事を探して身につけたい。料理くらいしか思いつかないけど……今は色々考え中。後はやっぱり、あたしももうちょっと強くなりたい。加護持ちみたいに強くなるのは無理かもしんないけど、少しでも自分の事くらいは守れるようになりたい。テクネが持ってきた魔剣みたいなのだったらあたしでも使えるかもしれないし……リュージ頼みになっちゃうけど、もし良い感じのが見つかったら、一つでいいから欲しいなって……」
申し訳なさそうにドネートがおねだりをする。萌えだ。
キャバクラなんか行った事がないが、ああいう所で散財するおっさんはこんな気持ちなんだろう。
「ドネートが欲しい物ならいくらでも買ってやるよ」
そんな俺の言葉に、ドネートは嬉し恥ずかし困り顔を見せる。
「気持ちは嬉しいけど、あんまり甘やかされたら駄目になりそうだし……そう言う事、あんまり言わないで……」
も、萌え……。
ドネートはなにも出来なくても俺の心のオアシスだから! って気持ちになるが、それは普通にドネートを傷つけるだけなので口にはしない。ありのままの姿でいてくれるだけで俺の助けになっているという事は分かって欲しいが。
「あとは普通にお金かな。旅先ではなにがあるかわかんないし。まとまったお金は用意しておきたいかも」
「いくらぐらいだ?」
「あたしってあんまりお金のある生活してこなかったら、ぶっちゃけその辺は自信ないんだよね」
ドネートが苦笑いを浮かべる。俺は大いに共感した。貧乏人は金を使う機会が少ないので金銭感覚がバグりがちである。
「市街を見るのはその内って話だったが、今から見て回らないか?」
思い立って提案する。
「欲しい物と値段が分かった方が目標を立てやすいし」
「でも今、借金返したばっかであんまりお金ないよ?」
「見るだけならタダだろ。余計な金がなけりゃ無駄遣いする心配もない」
「それもそっか」
ドネートが納得する。
そういうわけで、俺達は市街に繰り出す事になった。
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