第33話 生きる事は

「ついてくんなよ!」


 店を出ると、一緒にやってきた変態コンビにドネートが言う。


「たまたまですよ。僕達も人食い森に用があるので」


 涼しい顔のテクネにドネートが舌打ちを鳴らす。


「チッ……勝手にしろ!」

「言われなくても」


 人食い森に向かう為街の北門を目指す。

 道中はテクネにあれこれと質問攻めにされた。


「リュージはどこから来たんですか?」

「記憶喪失? それはそれは」

「彼女とはどういった経緯で?」

「だぁうるせぇ! てめぇには関係ねぇだろ!」


 深掘りされるとボロが出る。流れで答えてしまう俺に代わってドネートが釘を刺した。


「ただの好奇心ですよ。それにほら、色々と話している内になにか思い出すかもしれませんし」


 言い合いはテクネの方が一枚上手だ。返す言葉の見つからないドネートは「もういい! 無視しようぜ!」と提案する。ちょっと気まずいが、俺もそうする事にした。


「僕はずっと西のシェルマットという国の出身です。宮廷魔術士の家系だったのですが、男関係で少しばかり揉めてしまい、国を出て冒険者になりました」

「あーあーあー! 聞こえな聞こえない!」


 身の上話を始めるテクネに、ドネートは耳を塞いで大声を出す。俺はちょっと興味があったが、そういう作戦なのだろう。


「ところであの店、今日は創業記念のようで無料でパンを配ってるんですよ」


 高そうなパン屋を指さしてテクネが言う。


「え、マジ!?」

「なわけないでしょう」


 思わず反応するドネートに、テクネはゾッとする程冷ややかな声音で言う。仕返しのつもりだろうが普通に怖い。


 ドネートは悔しさと恐怖でうううう、と唇を噛むと、は! っと思いついて俺を盾にするように背中に隠れた。


「リュージ~! こいつがイジメるよ~!」


 甘い声を出して言う。仕返しの仕返しなのだろう。モテ男になったようで悪い気はしない。


「私の目の前でイチャイチャするんじゃない!?」


 ロボット兵みたいに黙ってついてきていたアペンドラが急にクソデカ大声を出し、俺とドネートはビビり散らかす。


「そんな事をしても、アペンドラが嫉妬に狂うだけで意味はありませんよ」


 追い打ちをかけるようにテクネが鼻で笑った。


 そうこうしている内に北門に到着する。魔物の存在する世界だ。街は分厚く高い石壁で囲われている。壁の上部は通路になっており、武器を持った兵士が遠くを見ながら眠そうに欠伸をしている。


「僕達は馬車で向かいますが、一緒にどうです?」


 門の近くには馬屋が並んでいる。その中の高そうな店を指さしてテクネが言った。


「絶対やだ!」


 ドネートがベー! と舌を出す。テクネを悪い奴だとは思わないが、鬱陶しいのは事実だ。人食い森に着くまで馬車でずっと一緒というのは考えるだけで胃もたれを起こす。


「徒歩だと大体二時間。早馬車なら十五分程度で着きますよ」


 え、そんなに違うの? って感じで俺とドネートが顔を見合わせる。移動が楽になるのは魅力的だ。浮いた時間で沢山狩りが出来る。


 ……でも、こいつと密室に閉じ込められるのかぁ……という目を二人でテクネに向ける。


「いや、気持ちは嬉しいが歩いていくよ」

「リュージはなにも分かっていませんね」


 わざとらしくテクネが肩をすくめる。


「あなた達が徒歩で進む二時間の間、べったり並走しても構わないんですよ? 人食い森に着いてしまえば僕達は深層に向かいます。それまでの辛抱だと考えれば、諦めて馬車に乗った方が賢明だと思いますが」


 ……ここまで来ると呆れを通り越して感心してしまう。


「……だってよ」


 諦め気分で相棒の意見を伺う。


「……ちくしょう! あたしらの負けだ!」


 降参するようにドネートが両手をあげた。

 そういうわけで俺達は早馬車とやらに相乗りする事になった。


◆◇◆


「すっげ~! はえ~!」


 窓から顔を出し、流れる風に髪をなびかせながらドネートがはしゃいでいる。


 自動車や電車を知る俺からすれば大した速度じゃなかったが、歩くよりはうんと早い。


「リュージは落ち着いていますね。以前にも早馬車に乗った事が?」


 そんな俺の様子を目ざとく観察し、向かいに座るテクネが言った。


「い、いや。ないけど。一応これでも驚いてるんだぜ。全然揺れないし、六本足の馬とか初めて見たし」


 つっかえながら誤魔化す。ドネートのように速さに驚く方が自然な反応だったか。


 早馬車は高いだけあって――値段は知らないが絶対に高い――普通の馬車とはわけが違う。引いている馬は一回り大きく六本足で、馬車の車輪は見えない車軸と繋がるようにして客車から浮いている。お陰で揺れは皆無だ。これを知ってしまうと快適過ぎて歩くのが馬鹿らしく思える。そういう意味では身の丈に合わないサービスを利用してしまった事を少し後悔している。


「鳥獣の加護を持つ者だけが手懐けられる特別な馬です。アペンドラが重くなければもっと早く走れるんですが」

「んごぉ!? わ、私が重いんじゃない! 鎧が重いんだ!」


 豚みたいに鼻を鳴らしてアペンドラが抗議した。


「てかさ、そんなん着てて重くないのか?」


 どうせ着くまでは缶詰だ。開き直ってアペンドラに気になっていた質問をぶつけてみる。


「ぇ、ぁ!? え、っと、ひ、ひひひ……」


 急に話を振られてキョドったのだろう。陰キャ丸出しでアペンドラが呻く。その気持ちわかるぜ……落ち着いてれば大丈夫だけど、急に話しかけられると焦るよな……。


「アペンドラは戦士であると同時に強力な鍛冶の加護を宿しているんですよ。金属を操る術が得意で、筋肉を動かすようにして鎧を操っているんです。ですから、見た目ほどは重くありません」

「そういう事だ!」


 テクネの解説にアペンドラががしゃんと胸の装甲を叩く。


 鍛冶スキルの応用でそんな事も出来るのかと感心する。アペンドラのようなタイプは変わり種だろうが。


 程なくして早馬車は人食い森に着いた。本当に早いし楽だ。帰りもどうかと誘われて俺達は断れなかった。テクネの策にハマっていると内心では分かっているんだが……。


 二層までは一緒に進み、そこでテクネ達とは一旦別れた。たっぷり寝て食べた俺は絶好調だ。錆び錆びソードに魔力を込めてばっさばっさと斬り捨てる。戦う程に勇者の身体は俺に馴染んでいく。今日は魔力を纏う事を意識して戦った。多分、この力を使いこなせるようにならないと深層には進めない。早く奥で稼いで自分達の金で馬車に乗れるようになりたい。


 ……貧乏作家もどきをやっていた頃はなにもかもを切り詰めていた。最低限の資料と食費。それ以外を望むような余裕は俺にはなかったし、望もうとも思わなかった。望まないようにしていたの間違いか。稼ぎがないというのはそういう事だ。望む事を諦め、手の中にあるもので満足した気になるしかない。


 それがどうだ。冒険者として金を稼げるようになった途端次々と欲が湧いて出る。馬車に乗って楽がしたい。この世界の美味い飯や酒を食ってみたい。ドネートをもっといい良い家に住まわせてやりたい。数えだしたらキリがないが、それを実現させるだけの力を今の俺は持っている。


 ……欲を持つというのも、ある意味では生きている事の証明なのかもしれない。

 

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