第32話 プレゼント攻撃
そんなこんなのドタバタが終わり、俺達は適当な席に座って重めの朝食を食べている。
人食い森までは片道二時間の旅だ。今日はがっつり二層で狩りをする予定だから、しっかり食べておかないと。メニューは硬いパンとジャガイモのスープと牛豚鳥の山盛りステーキだ。朝からあんな事があってテンションガタ落ちのドネートだったが、贅沢な――ドネートにとっては――メニューにご満悦の様子だ。食の力は偉大である。
「いかにも大衆的で大雑把な料理ですが、たまにはこういうのも悪くありませんね」
「私は汚い店は嫌いだ」
……変態コンビはなぜか一緒のテーブルにいる――鎧女がぶっ壊したテーブルは後で弁償するらしい。
「……だから、なんでお前らがいるんだよ」
俺達が席に着くと当たり前みたいな顔で相席してきた。
「ですから口説く為ですよ」
「私はイケメン同士がイチャイチャしている所をを見たい」
知るかボケ。テクネはともかく鎧女の相手をしてると話が進まないから無視する。
「いや本当、気持ちは嬉しいけどそっちのケはないんだって」
「構いませんよ。追いかける恋も楽しいものです。植物を育てるようにゆっくりと手間暇をかけて愛の花を咲かせようじゃないありませんか」
……いや、人の話を聞かない事に関してはこいつも同じか。
「リュージ。はっきり迷惑だって言ってやりなよ」
敵対的なジト目でドネートが言う。それが出来たら苦労はしない。なんにつけても断るという事が苦手な俺である。宗教の訪問勧誘すら上手く断れず、ずるずると話を聞いてしまう俺だった。
「一応僕は命の恩人ですよ。邪険にするのはどうかと思いますが?」
恩着せがましくテクネが言う。
……確かにそうだ。
「はっ! 元はと言えばあんたの相棒がヘマしたせいで巻き込まれたんだ! むしろこっちは被害者だろ!」
……確かに!
なんだかんだ素直で騙されやすいタイプの俺である――社会経験が少ないもんで。ドネートのようにはっきり言ってくれる相棒がいると心強い。
「食事は大勢でする方が楽しい物です。もちろんお代は僕が持ちましょう」
流れるようにテクネが話題を変える。これがコミュ強って奴か? 俺にも少し分けてくれとは思わんが。
「舐めんな。てめぇの食いぶちぐらいてめぇで稼ぐっての!」
ぐるるるるとドネートが威嚇する。
「リュージの後ろをついて回っているだけのお荷物がよく言いますね」
穏やかな笑みで言うテクネに、ドネートが絶句した。
「僕達くらいの冒険者になれば身のこなしで大体の実力は分かります。二層どころか一層の魔物にだって敵わないじゃないですか?」
「そ、それは……」
痛い所を突かれドネートが声を震わせる。
「そこまでにしとけよ」
ムカついて俺は割って入った。
「ドネートは俺の大事な相棒だ。舐めた口利くんなら出てってくれ」
……ぇ、今の俺の台詞? やだ、かっこいい……。俺の中にイケメンが馴染みつつあるのか極々自然に口から出た。
「ここはリュージの店じゃない。そんな事を言われても出ていく筋合いはありませんね。力づくで追い出そうにも、この店の全員でかかっても僕を追い出す事は不可能です。でも、言う事を聞きましょう。リュージの事が好きだから。リュージをものにする為なら、喜んでその女のご機嫌を取りますよ」
ニッコリ笑うと、テクネはドネートに言った。
「すみませんでした。先ほどの無礼、心から謝罪します」
「……はっ! なにが心からだよ! そんな事、これっぽっちも思ってねぇ癖に!」
チンピラモードでドネートが毒づく。
「えぇ、思ってません。でもまぁ、リュージの為ですから」
……キュン。
ってバカ! なにときめいてんだよ!? アホか俺は! 相手は男で自己中のサイコパスだぞ!? ちょっとまともに見えそうな瞬間があるのだって相棒が全身鎧のブチ切れホモ好き女だからだ! こいつ単品だったら普通にヤバいから!
うぅぅ……今まで一度もモテた事がない俺だ。好意を向けられると誰だって好きになっちまう……本当よくないよそういう所……。
「そうだ。約束通りリュージにプレゼント持ってきました」
そう言うと、テクネは腰の袋から新品の高そうな剣を取り出した。剣帯と鞘もついていて、剣帯は深い赤、鞘は明るい灰色を基調としている。
「――ってそれどっから出した!?」
驚いて俺は言う。明らかに腰の袋に入るサイズじゃない。
「
テクネの生暖かい表情と言動で大体察する。凄腕の冒険者しか入手できないレアで高価なアイテムなんだろう。
「魔術仕掛けの道具で見た目よりも沢山物が入ります。容量によって値段が変わってきますが、これは大体二百ジェムくらいですね」
「ンゴッ!? ん、んん!?」
ドネートが喉を詰まらせ、俺は慌てて背中を叩く。
「に、ににに、二百ジェム!?」
遠目に見ていた店の冒険者達もざわついているが……また新しい通貨単位だ。一オーレが百ストーンだったから、一ジェムは一万ストーンとかか? それだと二百万ストーンって事になるが……奮発した三種のステーキセットが七十ストーンだ。
……駄目だ。算数レベルの計算ですら苦手な俺には理解が追いつかない。
「……一ジェムってなんストーンなんだ?」
こっそりとドネートに聞く。
「六千五百ストーンくらい」
なにその半端な数字。めちゃくちゃややこしいんだけど! 勘弁してくれ! ともかく、物凄く高い袋だって事は理解出来た。
……いやまぁ、この世界の金銭感覚がよくわからんから今ひとつ驚けない俺がいるが。
どうせなら全部円で統一してくんねぇかな宇宙人さん。
「この剣は諸々込みで三十ジェムくらいです」
「さ、三十ジェム……」
ドネートは力なくうなだれ、野次馬共は顎を外した。
「大した剣じゃありませんよ。魔力を切れ味に変える初歩的な魔剣です。リュージの実力は知りませんが、鍔に魔晶石を嵌めて使うタイプなので問題ないでしょう」
魔晶石。知らない言葉だが文脈的に電池の魔力版みたいな物なんだろう。剣の鍔にはテニスボールが嵌りそうな大きさの穴が開いている。
「なんでもいいけど、受け取らねぇからな」
「ほぅ」
俺の言葉にテクネの眉が片方上がる。
「ばっ! 三十ジェムだぞ! あたしの用意したおんぼろより一万倍良いし! 貰っとけよ!」
驚いてドネートが言う。野次馬達もそうだそうだ! の合唱だ。
「受け取っても受け取らなくても変わらず僕はリュージに付きまといますよ。迷惑料だと思って受け取った方が賢明だと思いますが」
特に怯んだ様子もなく、平然とテクネは言ってくる。
「俺は義理堅いタイプなんだ。そんな高価な物受け取っちまったら絶対負い目を感じる。だからと言ってあんたと寝たりはしないが……まぁ、なんだ。窮屈な思いをしそうだから受け取りたくない」
俺のメンタルはクソ雑魚ナメクジだ。負い目とか貸しに弱い。だから借金とかもしたことがない。身の丈に余る荷物は作家になる夢だけで充分だ。
「なるほど。それは良い事を聞きました」
俺の言葉にテクネはニッコリと笑う。このニッコリは悪魔の浮かべるニッコリだ。
「リュージは押しに弱いタイプのようですね。いきなり押し掛けて口説く僕を嫌ってすらいない。かなり脈ありです」
……あ、あれ? なんか思ってた展開と違うんだけど……こいつ、メンタルがタフ過ぎない? 魔術士は精神力が高い的な? いやまぁ百パーこいつが特別なだけだろうけど。
「そう言われても僕はもうこの剣を買ってしまいました。魔術士の僕には無用の長物です。収納具の容量も限られていまし、アペンドラは武器を必要としません。僕にこれをどうしろと?」
面白がるようにしてテクネが言う。そんなのは俺の知った事じゃない。それなのに俺は罪悪感を覚えてしまう。そういう人間なのだ。テクネのような相手に馬鹿正直に手の内を明かしたのは不味かった。
「……お前、俺を困らせて楽しんでるだろ」
「しっかり困ってくれる所が可愛らしいですね」
微笑ましい視線に背筋がゾクゾクする――この場合のゾクゾクは怪談話を聞いた時のゾクゾクだ。
「こんな奴と話すだけ無駄だ。行こうぜリュージ」
ドネートが立ち上がる。飯はとっくに食い終わっている。
助け船に乗って俺も後に続いた。
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