第31話 セイシをかけた戦い

「リュージ、待ちくたびれましたよ」


 ……朝飯を食いにゴロツキ亭に顔を出すとテクネとアペンドラがいた。


 ……真ん中の目立つ席で軽食をつまんでいる。


「……なんでいんだよ」


「もちろんリュージを口説く為です」


 ……ぱちんと長い睫毛を揺らしてウィンクをする。


 ……今の俺は完全に無って感じで何も感じない。


 ……隣のドネートは気まずそうに俯いている。


「……? 様子が変ですね。なにかありましたか?」


「……なんでもねぇよ」


 頼むから聞かないでくれ!


 あぁもう! お前のせいでドネートが顔を覆ってバタバタしだしただろ!?


「そうは見えませんが……」


 と、イケメン魔術士は俺とドネートの顔を名探偵みたいな顔で観察し、ふと鼻をひくひくさせる。


「……この匂いは」


 そしておもむろにしゃがみ込み、俺の股間の匂いを嗅ごうとする。


「だぁ!? なにしやがる!?」


 俺は慌てて飛び退いた。もうやだこいつ! マジで怖い!


「なるほど。そういう事ですか」


 納得した顔でテクネが言う。


 俺が弁解するより先に、全身鎧のイカレ女がテーブルを叩き壊して立ち上がる。


「貴様ら朝っぱらからセックスしたのかぁ!?」


 三軒隣まで届きそうな声に、店中の注目が集まる――モーロックの視線が痛い。


「ち、違う! こいつが勝手に!?」


 真っ赤になったドネートが涙目になって俺を指さす。


 ……なんていうか、地獄みたいな空気になった。


 店の常連とモーロックは見損なったぞ的な半眼を俺に向けている。


「僕は別にリュージが誰を襲おうと気にしませんよ。最終的に僕のモノになりさえすればね」


 肩をすくめてテクネが言う。


「私はそんなエロい恰好をしている貴様にも非があると思うがな!」


 アペンドラは責めるようにしてドネートに言う。本当この女は……。


「違うってば! せっ……そんな事、してないし!」


「私は信じないぞ! その男からは淫らなオスの匂いがプンプンしている! そして貴様の気まずそうな態度がなによりの証拠だ!」


 声高に叫び、アペンドラがドネートに指を突きつける。


 なんだ淫らなオスの匂いって!? つーか井戸水で服と体洗ったんだぞ!?


 とにかく、このままじゃドネートが可哀想だ。どうにか誤解を解かないと。けど、ありのままを説明する事は出来ない。それじゃあ余計にドネートが恥をかくだけだ。


 どうにかドネートの名誉を守る形でこの場を収める言い訳を考えないと! 今こそ作家の腕の見せ所だろ!


「言いがかりはやめてくれ。マジでやってねぇから」


 アペンドラの目――というか覗き穴――を見ながら、店の人間達に聞こえるようにして俺は言う。


「だったらどうして貴様から精子の匂いがしているんだ! えぇ! 嘘じゃないなら説明してみろ!」


 でかい声で精子って言うな馬鹿!


「……夢精したんだよ」


 声のトーンを落として言うと、俺は恥ずかしそうに俯いた。いやまぁ、実際恥ずかしいんだが。


 俺の言葉に、モーロック他店の冒険者達があちゃ~……って感じの顔をする。


 ドネートはわけがわからずぽかんって顔だが、俺は視線でいいから俺に任せろと伝える。


「……それは……大変失礼しました……」


 テクネも男だ。夢精の恥ずかしさは理解しており、申し訳なさそうに頭を下げる。


「……? なんだ、ムセイとは?」


 ただ一人、アペンドラだけが状況を飲み込めず話を続ける。


「……夢精ってのはな」


 毒を食らわば皿までだ。ここまで来たらもはや恥はない。開き直って説明すようとする俺を、テクネが掌で制した。


「これ以上余計な恥を晒す必要はありません」


 気遣うような優しい顔で言うと、テクネはひそひそと夢精について説明する。


「……なに? 男はエッチな夢を見て達する事がある? 馬鹿な!? そんな春画みたいな事が本当にあり得るのか!?」


 春画って……こいつ、普段どんな本読んでんだよ。もしかして、BL漫画的なのが存在すんのか?


「鎧の姉ちゃん、それくらいにしといてやれよ!」

「そうだそうだ! 腕利きの冒険者だからって言っていい事と悪い事があるぞ!」

「あんた相棒だろ! なんとかしろよ!」


 常連の冒険者達が口々に言う。


 ……み、みんな。


 と、俺はゴロツキ亭の絆に感動してちょっとうるっとしてしまう。


「アペンドラ。彼らの言う通りです。それ以上この話題に触れるのは止しましょう」


「……わかったが、後で詳しく教えてくれよ!」


 もうやだこいつら!

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