第28話 まるで夢のような
「ぷぁ~~~~!」
口の周りに白髭を作り、幸せそうにドネートがジョッキを傾ける。
「一仕事終えた後のビールは最高だな! リュージ!」
ドネートは本当に幸せそうで、俺は心の中でお前の笑顔の方が最高だよ! と思うが、ちょっと恥ずかしくて口には出せない。
「そ、そうだな」
相棒の無邪気な笑みに見惚れてしまい、小さな樽に取っ手をつけたようなジョッキに口をつける。
ゴロツキ亭のビールは常温だがこれはこれで悪くない。日本で飲むビールとは全くの別物で、こってりとした濃い風味とコクがある。焼きたての高級パンみたいな甘さと小麦の味がして、パンをミキサーにかけたみたいにとろりとしている。イメージ的にはパンで作った甘酒と言った感じだ。
街に戻る頃には――道中でドネートに教えて貰ったんだが、この街はバングウェル王国の王都で、そのままバングウェルと呼ばれているらしい――日はすっかり落ちていた。
俺達は一旦スラムにあるドネートの借家――所有者はモーロックで、常連の貧乏冒険者に格安で貸しているとか――に戻り、俺は留守番、ドネートは利息を返しに行った。
戻ってきたドネートとゴロツキ亭に向かい、モーロックにドロップを換金して貰った――千二百ストーンになった。
俺はモーロックに怒られるんじゃないか不安だったが、向こうは初めからこうなるだろうと思っていたらしく、特に怒られる事もなく、むしろ二層の魔物を二匹も狩った事を褒めてくれた――義父さん……しゅき!
で、二人でささやかな祝杯を挙げているというわけだ。
傷だらけの丸テーブルには小鳥の照り焼き、ジャガイモのグラタン、ウナギの蒲焼っぽい何か、ファンタジー野菜の串焼き、アンチョビみたいなのが乗った豆腐なんかが並んでいる。
いやなんでだよ!? と思って聞いてみたが、どこかの国には異世界人の料理人がいるようで、そいつの考えたレシピが広まっているらしい。料理以外にも異世界人は色々とこの世界に影響を与えているようだ。
まぁ、異世界人がいたらそうなるか。ともあれ、思ったよりもこの世界の料理事情は明るそうだ。よくよく聞けば魔術仕掛けの冷蔵庫やら酒を冷やす魔導機械もあるらしい。その手の便利アイテムはかなり高価な上に動かすのに魔力を含んだ特別な燃料が要るそうで、三流店のゴロツキ亭には未実装だという。
モーロックの作る料理は普通に美味いし温いビールもどきもむしろこれは温いまま飲むのが美味い感じの酒なので今の所文句はないが。
「なんかさ、長い一日だったよね」
慣れない外食と疲労で口数の少なくなっていた俺に、しみじみと噛み締めるようにしてドネートは言った。
「そうだな」
と俺は言う。確かに長い一日だった。昨日までの希薄な毎日と比べれば、半年分くらいの濃さがある一日だったように思う。起きて書き、寝て起きて書き。ただそれだけを繰り返していた日々が遠い昔のようだ。
「こうして落ち着くと夢を見ているような気分になる」
どん底の中年ニートの引き籠りワナビの俺が宇宙人に拉致られて異世界にやってくるなんて。しかも勇者のチート能力を授けられ、相棒は可愛い異世界ギャルだ。
……マジでこれ、夢じゃね?
そんなわけはないと分かっていても、その事を思うと俺は無性に怖くなり落ち着かない気分になる。
「もう、怖い事言わないでよ!」
同じ気持ちだったのか、ドネートが口を尖らせる。
「……本当、夢じゃないよね?」
胸を抑えると、不安そうに呟く。
夢のような状況なのはドネートにとっても同じだろう。宇宙人の悪ふざけに巻き込まれ、人々が生まれつき特異な力と才能を与えられた世界。生まれ持った加護とやらでその人間の価値が決まる不平等な世界で、なぜかドネートはなんの加護もなく――あったとしても気づかない程僅かだ――生まれた。
この世界では、彼女は生まれついての負け犬だ。俺が勇者の役割を与えられたというのなら、彼女は敗者の役割を押し付けらた。あるいは役ナシのブタか。それはきっと、世界からお前の居場所などないと言われているような気分だろう。それでもドネートは自分の夢を見出し、実現させる為に精一杯足掻いた。上手くはいかなかったが。
そこに俺が現れた。チート能力が約束された異世界人で、忠犬のように彼女に懐いている。ドネートからすれば、あまりにも都合の良すぎる展開だ。夢じゃないかと疑いたくなる気持ちはよく分かる。そうでなくとも、俺と違って彼女の手にした夢は、俺の心変わり一つで泡のように消えてしまう。その事を思うと、俺は無性に悲しく、寂しい気持ちになる。
気がつくと、俺の右手はドネートの頬を抓んでいた。
「……なに?」
不審そうにドネートが目を細める。
「知らないのか? もし夢ならこれで覚めるんだ。つまり、これは夢じゃない」
「変なの」
そう言いつつ、ドネートはまんざらでもない様子だ。
「俺にもやってくれ」
酔っているのだろうか。無性にそうして欲しくなった。相棒の手で、これは夢じゃないと知らせて欲しい。
酒に酔って眠くなった俺の目をドネートが見つめた。彼女は答えず、黙って俺の頬に手を伸ばす。
「どう?」
「あぁ。夢じゃない」
「……泣く事ないじゃん」
「お互い様だ」
俺の頬を涙が伝う。この世界に生きるもう一人の俺も泣いていた。同じ苦しみを抱える俺達は今、同じ不安を感じ、同じように安堵している。俺の事を拾ってくれたのが彼女でよかったと、心の底から思う。
「――ん、うぉっほん!」
カウンターのモーロックのわざとらしい咳払いが俺達を現実に引き戻した。
……まただ。
やっぱりおかしい。
この俺がこんな可愛い子とムーディーな雰囲気になるなんて!
……それとも、これがイケメンの力なのか?
……あり得る。
……やっぱりイケメンはチートだ。
我に返った俺達はハッとしてお互いの頬から手をはなし、無駄に髪や顔を弄って辺りを見渡す。
店の客が全員俺達を見ていた。
ある者は恨めしそうに、またある者は面白そうに。
「おいモーロック! 良い雰囲気だったんだ! 野暮な事するんじゃねぇよ!」
誰かの言葉に客達がどっと笑った。
俺は恥ずかしくなって顔を隠すようにビールをがぶ飲みする。
「う、うるせぇよ! 別にいい雰囲気になんかなってねぇし!」
真っ赤になってドネートが叫ぶ。裏返った声に説得力はない。
「はぁ~。じゃじゃ馬のドネートに彼氏が出来るとはな。こんな事になるんだったら思い切って口説いとくんだったぜ」
「ばーか。お前じゃ器量不足だ。あの兄ちゃん、棒切れ一本でネイルをのしちまったんだぜ。しかも、初めての人食い森でいきなり二層まで行ったって話だ」
「マジかよ!? すげぇな!? なにもんだ!?」
「記憶喪失なんだとよ。案外元は名のある冒険者だったりしてな!」
「異世界人かもしれねぇぞ!」
「なわけあるかよ! ま、なんにせよだ、ゴロツキ亭には勿体ねぇ男だ! モーロック! 逃げられないように精々大事にしてやれよ!」
常連の冒険者達が口々に言う。
俺とドネートは図星を突かれ、青くなって言葉を減らした。
怪しい事この上ない態度だが、酔った冒険者達はモーロックをからかうのに夢中で、気にする者はいなかった。
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