第27話 幕間~歪んだ関係~
「リュージ、リュージ、リュージ。うん、実に良い。いかにも美味しそうな名前です。そう思いませんか、アペンドラ」
足元で狸寝入りを続ける相棒にテクネが呟く。荒事を生業とする冒険者にとって、肉体や武具に魔力を通す
優れた戦士であるアペンドラも強化を応用した
「……死にたい」
ぼそりと呟くと、アペンドラは打ち上げられた魚みたいにじたばたと手足を振り回す。
「うああああ! またやってしまった! どうして私はいつもいつもいつもいつもこうなんだ!?」
「まったくですね。見た目は悪くないのに、そのせいで彼氏どころか相棒もろくに出来やしない。人見知りの上に面食いでプライドが高く男同士の同性愛をおかずにする僻みっぽい激情家。君みたいな曲者の相棒が務まるのは僕くらいのものですよ」
とは言え、テクネもかなりの曲者だったが。己の欲望に忠実な身勝手な男である。性別に限らず、相棒は美しい人間と決めている。勿論、自分と同程度の実力者でなければ駄目だ。
この条件では男の相棒は見つからない。イケメンならオチるか逃げられるまで口説き続ける。上手くモノに出来る事もあるが、奔放な性格が災いして長続きはしない。
女の相棒だって簡単にはいかない。女には興味のないテクネだ。扱いはぞんざいで口も辛くなる。プライベートの為なら仕事に穴を空ける事も厭わない快楽主義者だ。やはり長続きはしない。
紆余曲折を経て、割れ鍋に綴蓋的なコンビが出来上がった。お互いに自己愛の強い自己中心的な人間である。本質的に他人に興味がない。そういう意味では上手く仕事上の関係を維持している。
「あの男……リュージと言うのか……近年稀に見るイケメンだったな……」
ひとしきり暴れると、アペンドラは夢見る乙女の声で呟いた。
「惚れましたか?」
「あぁ、惚れた。三流冒険者の癖にこの私に盾就く所が気に入った。汚物を見るような目を思い出すと背筋がゾクゾクする」
「本当に救い難いメス豚ですね君は」
「ふ、ふひひ、も、もっと言ってくれ」
興奮するアペンドラの甲冑にテクネが唾を吐きかける。女に興味はないが彼女は特別だ。女と言うか、面白いペットを飼っているような感覚である。男の趣味も合う。口には出さないが、数少ない友人と言っていい。
「勝負しますか? 僕はそれでも構いませんが」
「遠慮する。どうせ私は嫌われた。私みたいなダメ人間は遠くからイケメン達がちちくり合う姿を見ているくらいで丁度いい。勿論見せてくれるんだろう?」
アペンドラはテクネが恋人と抱き合う姿を覗きたがる奇癖があった。最初は奇妙に思ったが、見知った相棒に覗かれながらの情事は悪くない背徳感がある。今となっては終わった後にアペンドラと感想を言い合うのは恒例の楽しみになっていた。
「上手くモノに出来た時には。僕の勘ですが、彼は一筋縄ではいかなそうです」
「それがいいんじゃないか」
自分の事ようにアペンドラは言う。実際そうなのだろう。彼女はテクネの身体を通して男と寝ているのだ。そんな扱いを楽しむ自分も、アペンドラと大差ない豚なのかもしれないが。
「えぇ、それがいい。成功を祈っていて下さい」
相棒に笑いかけると、テクネは森の魔猪が生み出した獣道を振り返った。魔力を宿した人食い森の生命力は凄まじい。折れた樹木からは既に青々とした芽が伸びだしている。
「店の連中に深層の様子を確認するよう言われて来ましたが、まさかこんな出会いに恵まれるとは」
肝心の調査結果だが、別におかしな所はなにもなかった。一度の調査では確かな事は言えないが。
「いつも通りの人食い森だが、なんだったんだろうな」
訝しむように呟くとアペンドラが起き上がる。
「預言があったのかもしれません。あれは結構不確かな内容だそうですから。確認の為に駆り出されたのでしょう」
主が湧くのかもしれない。その前兆を確認する為に派遣された。詳しい事を聞かされなかったのは情報の流出を危惧しての事だろう。
所詮は流浪の冒険者だ。居心地が良くて居付いているが、明日の事は分からない。そんな人間だから店の連中にも信用されていないのだろう。お互い様ではあるが。所詮は利害で繋がる関係である。
テクネにとってはどうでもいい話だった。頭の中にはどこか神秘的な空気感を纏う可愛らしいイケメン冒険者の事でいっぱいである。
あぁ、リュージ。
久々に、燃えるような恋が出来そうだ。
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