第26話 鋼鉄の処女~アイアンメイデン~
「かっこいい倒し方を模索するあまり仕留め損ねた私が悪いんだが、まさかこんな所まで逃げて来るとはな。それだけこの私が恐ろしかったという事か。ふひっ」
なんかちょっと最後の方はオタクっぽいキモ笑いになりつつ、それ以外は大体クールな感じで女が言う。塵の山を下りながら、謎の魔術士のいるこちらへと顔を向けた。
「テクネ。大丈夫だとは思うが、巻き添えを食った冒険者はいないだろうな……」
言いながら、女の身体がカチンと硬直する。
テクネというのは俺を口説いている魔術士の事だろう。観光名所を案内するバスガイドさんみたいに俺達に向けて掌を差し出している。
「ばっちり巻き込んますよ」
「あ、あひ、ふ、ひひひ……す、すみません、その、わざとじゃなくて、ちょっと調子に乗ってしまって、おおお、お怪我はありませんでしたか?」
急にド陰キャ丸出しのキモオタ喋りに変わると、全身鎧の女はぺこぺこ頭を下げながら大慌てで塵の山を下った。
「アペンドラ。そんなに急ぐと転びますよ」
「――ぇ? ぁびゃ!?」
言ってるそばから足を踏み外し、どんがらがっしゃん! と鋼鉄の騎士アペンドラが転げ落ちる。
「ぅ、ぅう、かっこ悪い、最悪だ、ど、どうにか誤魔化せないだろうか……無理か……ふひっ」
独り言のつもりらしいが鎧の中で反響して丸聞こえだ。
……えっと、なにこれ?
みたいな目を俺とドネートがテクネに向ける。
「恥ずかしながら僕の相棒は極度の人見知りでして。知らない人間の前だとあり得ないくらいあがってしまうんですよ」
苦笑いでテクネが肩をすくめる。それ以外にも色々問題はありそうだが。
「そ、そうっすか」
とりあえずそう言っておく。
なんかよくわからない内によくわからない奴に巻き込まれたという事だけは理解出来た。
「それで、僕の彼氏になる話ですが、考えてくれましたか?」
「……その話、まだ続くんすか」
げっそりして答える。なんか流れでうやむやになってくれると思ったんだがそうはいかないらしい。
「もちろん。僕は欲望に忠実なタイプなので。まぁ、冒険者をやってるような人間はみんなそんなものでしょう。相棒の前で言いづらいのなら街に戻ってから改めて話をしましょう。名前と行きつけの冒険者の店を教えて下さい。プレゼントを持って会いに行きます」
わー。俺めっちゃモテ期じゃん。王子様系男子にモテる少女漫画の主人公ってこんな感じ?
とか言ってる場合じゃない! そりゃまぁ俺も三十五歳の煮詰まった童貞オタクだし、男の娘とかショタBLでシュッシュした経験はあるけど、困りますよ! 普通の女の子とだって合体した事ないのに始めてを男の人に奪われるのはちょっと……。
って、なに満更でもない感じになってんの俺!? 違うでしょ!? 野郎とか無理きめぇよボケ! 的なテンションになってくんない? ……うん、そうだよね。彼女いない歴=年齢のボッチ中年は相手が男でもこんなに熱烈にアタックされたら嬉しくなっちゃうよね……自己肯定感がなさ過ぎて求められると誰にでも尻尾振っちゃう的な。そういうの良くないよ?
でもさぁ、金持ちで強くて物腰も一応柔らかくて積極的なプチ自己中イケメンってヤバくない? 俺が女だったら即オーケーしてたと思う。あぶねーあぶねー。って、女だったら声かけられてないんだけどさ。
「そ、そう言われても……」
と、初めての新宿でナンパ野郎に絡まれてはっきり断れない初心な地方民みたいな返事をしてしまう。
「ちょっとあんた! アペンドラって言うんだろ! さっきからお前の相棒があたしの相棒口説いてくるんだけど! どうにかしてくれよ!」
そんな俺を見かねて、ドネートがド陰キャコミュ障甲冑女に抗議する。
「ぇ、で、でも、お互いのプライベートには口を出さない約束だし……ていうか、あなた、この人の彼氏なんですか?」
ていうかの辺りから急に語気が強くなる。
「ち、違うけど、そーいう問題じゃないだろ!?」
さっきと同じ質問をされてドネートがたじろぐ。彼氏がどうとか言われると俺の心も穏やかではない。内心では勿論がっつり下心のある俺だが、現状の著しく均衡を欠いた状態でそういう関係になってしまうのはよくないと思っている。結局それってドネートと組む代わりに肉体関係を要求するみたいじゃん。そういうのって不純じゃない? おじさんは好きじゃないな……。
と、ドネートの気持ちを無視して先走った事を考えている。オタクの頭の中は何時だって先走った妄想で一杯だ。
「そういう問題だと思いますけど。彼氏じゃないなら止める権利ありませんよねっていうかもし彼氏でも止める権利はないと思いますけどだって恋愛って自由なものじゃないですかテクネに口説かれてその人がなびくんだったらそれはもう合意の上で立派な愛の形ですよいいじゃないですかイケメンとイケメンが身体を合わせて一つになる素敵な事ですよ大体こんなかっこいい人があなたみたいな陽キャのクソビッチと付き合うとか考えるだけで反吐が出るしリア充爆発しろよなんで私はモテねーんだよ金はあるし力もあるし見た目だってブスじゃないだろむしろ平均よりは良い方だろう意味わかんぇなんだよ鋼鉄の
「ひぃ!?」
突然の豹変にドネートがビビり散らかして距離を取る。
どうやらアペンドラとかいう女は超強力な喪女の加護を宿しているらしい。キモオタ特有の高速自分語りを詠唱すると勝手にテンションをぶち上げ暴走した汎用人型決戦兵器みたいに仰け反って吠える。
「……なぁドネート、街道で馬車から俺達をやじってったのってこいつじゃね?」
「かも。どうりでなんか聞いた事ある声だと思った……」
げ、マジかよ、変な奴に絡まれちゃった、みたいな顔を露骨にするドネートに、異世界こじらせ喪女が逆上する。
「あああああ! 貴様はあの時! ぐ、ぎ、ぎ、ぎぎぃいいいい! あんな街道のど真ん中で人目も憚らず良い雰囲気になりおって! 見せつけているつもりか! 私はな、今年で二十六になるのにチューだってしたことないんだぞ! 貴様のような見た目がエロいだけでろくに加護もないビッチがイケメンを食い散らかすから私みたいな奥手の清純派が割を食うんだ! どうせこいつだって色仕掛けで引っ掻けて利用してるんだろう! 毒婦め! 貴様みたいな女は大人しく街の売春宿で冴えない客をとってればいいんだ!」
「な、はぁ!? なんであんたに――」
「なんでてめぇにそんな事言われねぇといけねぇんだよ!」
俺は叫ぶ。叫び散らかす。
はぁ? なんだこの女は。マジでなんだ? 失礼オブザイヤー受賞か? 惑星失礼からやってきた失礼星人か?
大体エッチなお店で働くお姉さんを馬鹿にすんなよ!? 世の中には一人ぼっちでやりきれない孤独を抱える人間が山ほどいるんだ! エッチなお店で働いてくれるお姉さんがいなかったらそういう奴らはどうなっちまう! 彼女達は孤独な人間の心と身体を癒す尊き聖職者だろうが! 性職だけに! いや馬鹿。そこでふざけたら台無しだから! とにかく、俺はムカついた。女の敵は女といのはこいう女の為にある言葉なんだろう。
「え、ぃや、あ、あなたに言ったわけじゃなくてですね……」
腐れド陰キャ女は途端に掌を変えて低姿勢になる。それが一層俺を苛立たせる。
「うるせぇ! 人の相棒侮辱してそんな言い訳が通るかボケ! 自分がモテないのを人のせいにするんじゃねぇ! お前がモテないのはお前がモテないからモテないんだ! どこが奥手の清純派だよ! 性悪毒婦はそっちじゃねぇか! 自分の心の醜さを棚に上げて他人を僻んでる暇あったらてめぇがモテない理由を反省しろよ早口クソ女!」
と、同じ穴のド陰キャクソ童貞キモオタである中年クソニートの俺がクソ早口で言う。言ってから、俺は言い過ぎてしまった事に気づく。同族嫌悪という奴だろう。俺はこの女の中に自分の醜さを見たのだった。
「リュージ、流石に言い過ぎ!」
と、ドネートが俺を咎める。間違った時にちゃんと言ってくれる相棒が頼もしい。
「……俺もそう思う。悪い、ついカッとなって言い過ぎちまった」
甲冑女に謝るが。
「……コロス」
女の返事はそれだった。
「コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロス! 腐れチンポが! ちょっと顔がいいからって人の事見下しやがって! 刻んで裂いて潰して殺す! 非モテなめんなぁああああああ!?」
完全にとち狂った声で叫ぶと甲冑女が背の大剣に手をかける。
やべぇ!? こいつ、マジでやる気だ。殺人は犯罪だろ!? と思うが、俺達は名もなき三流冒険者で、ここは無法の――無法は言い過ぎだろうが――異世界だ。殺されても魔物にやられた事にされて終わりだろう。
どうする俺! どうする俺!? 相手は金属を自在に操り四層の魔物をあっさり殺す超凄腕の冒険者だぞ! どう考えても勝ち目なんかないんだが!?
「こんな日はオーボンヌと共に」
唱えると、テクネは杖で甲冑女の後頭部を小突いた。甲冑女の放つ殺気立った魔力が消えたかと思うと、がしゃんとうつ伏せに倒れる。
「魔術で眠らせました」
茫然とする俺達にテクネが答える。
「そうでもしないと君を殺していたでしょうから」
「悪い。助かった……」
「仕方ありませんね。死体と寝る趣味はないので」
笑えないブラックジョークに頬が引き攣る。
「冗談ですよ。僕は男色趣味があるだけの善良な男です。相棒がくだらない喧嘩で人を殺そうとしているなら流石に止めます。彼女だって冷静になったら後悔するでしょうしね。色々と問題の多い人間ですが……まぁ、問題の多い人間なんです。大目に見てやってください。起きたらいつも通り反省して小一時間程恥ずかしさでのた打ち回るはずですから、もし街で顔を合わせても挑発するような事をしなければ大丈夫だと思います、多分。いや、そうでもないか。保証は出来ませんね」
まったく安心できない言葉に、俺とドネートはなんとも言えない顔になる。
「とりあえず今日は街に戻った方がいい。こういう事はよくあるもので、耐性がついてきてるんですよ。長くは持ちません」
「そうさせて貰う」
こんな事しょっちゅうやってんのかよ!? と思いつつ、俺達は足早にその場を離れる。
「最後に名前を! それくらいはいいでしょう?」
遠ざかる背中にテクネが聞いた。
答える義務はない。ヤバそうな連中だ。関わり合いにならない方がいいだろう。
頭では分かっていたが、一応は助け貰った義理がある。
「……ゴロツキ亭のリュージだ!」
悩んだ結果、結局俺は名乗ってしまった。
そんな事をしたら絶対にろくな事にならないと分かっていたんだが……。
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