第25話 魔鉄の女~レディアイアン~

「なんなの!?」


 走りながらドネートが聞いてくる。


「探知能力だ! 物凄い魔力の魔物がこっちに向かってきてる!」


 魔物狩りをしていて気づいた事がある。多分、俺が魔物探知だと思っているこの能力の正体は魔力感知だ。魔物は魔力を宿しているから、それを感じる事で存在や位置を探知しているんだろう。その証拠に、一層よりも二層の魔物の方が探知しやすかった。そして今俺は、二層の魔物が赤ん坊に思える程強大な魔力の接近を感じていた。


「三層の魔物が出てきたのかも。珍しいけど、なくはないって噂だし」


「四層かもしれないぞ! 下手したら五層だ! それくらいヤバい!」


「そんな奥の魔物が二層まで出てくるとか聞いた事ないけど!?」


「ぼぉおおおおおおおお!」


 背後で機関車の警笛を百倍凶悪にしたような雄たけびが響く。


 進路を塞ぐ大木を割りばしみたいにへし折りながら現れたのは、苔むした古い樹木が複雑に絡みって形を作る巨大な猪のような魔物だ。高さは三階建ての家くらいある。それが暴走列車みたいに進路を塞ぐ物を岩だろうが木だろうがお構いなしに薙ぎ倒し一直線に追いかけて来ている。


「冗談きついっての!?」


 あんなの絶対三層の魔物じゃない。下手したらこの森のボスモンスターだ。


「なにあれ!? あんなのあたし聞いた事ないし!」


「このままじゃ追いつかれる! 抱えて走るぞ!」


「え――うぁ!?」


 返事を待たず、俺は後ろからドネートをお姫様抱っこした。


「ちょ、リュージ!? 恥ずかしいんだけど!?」


「言ってる場合か!?」


 役割勇者の補正を受けた俺だ。ドネートを抱えたってかなりの速度で走る事が出来る。それでもこのクソデカ猪の方が早く、距離はどんどん縮まっていく。


 腕の中のドネートは背後を見ると、思いつめた表情で言う。


「……あたしを抱えてちゃ逃げきれないよ。あたしはいいから、一人で逃げて!」


「馬鹿言うな!」


「このままじゃ二人とも死んじゃうんだよ!?」


「俺は死んでも生き返る! 気が散るから黙ってろ!」


「リュージ……」


 覚悟を決めたのかドネートも大人しくなる。


 くそ、くそ! 早く、もっと早く! 念じた所で早くなるわけはない。魔力探知に頼るまでもなく、破滅的な足音はすぐそこまで迫っていた。


 ちくしょう! せめてドネートだけでも助けられないのか!?


「あぁ、麗しのテグジュペリ!」


 詩を読むような気障な男の声が聞こえたかと思うと背後で爆発が起き、地震のような地響きが足元を揺らした。


「今度はなんだ!?」


 振り返ると、樹木で出来た巨大猪が横倒しになっていた。横っ腹が榴弾の直撃でも受けたみたいに吹き飛んで黒い煙をあげている。再生しようとしているのか、焼け焦げた傷口の奥から蛇が這い出すように無数の蔓と根が伸び出している。


「はいは~い、危ないですから三流冒険者は下がっててくださいね」


 どこから現れたのか、先ほどの声の主が言った。


 鮮やかな金髪に青い目をした超絶イケメンで、銀糸の刺繍が入った夜色のローブを着ている。手にはいかにもレアアイテムって感じの杖を握っている。金属製の長い杖で、三日月型の台座には紫色の宝石が嵌っている。


 雰囲気的に深層で狩りをする上級冒険者だろう。


「なっ!? 誰が三流冒険者だし!」


 チンピラモードになって腕の中のドネートが吠える。


「あるいは嘆きのメルデンス!」


 ドネートを無視して上級キザ夫が杖の柄で地面を叩く。男の魔力が地面に流れたかと思うと、突然地面が鋭く隆起し、三本の石柱が魔物の巨体を縫い留めた。


「で、何か言いましたか?」


 わざとらしく男が尋ねる。


 派手な魔術を見せつけらてドネートは悔しそうに唇を噛んだ。


 男は嘲笑うように鼻で笑うと、ふと視線を俺に向ける。


「……っ!」

 

「な、なんすか……」


 ジロジロ見られると怖いんですけど。

 男は俺を無視して舐めるような視線を這わせる。


「良い。実に良い。顔も体も僕好みだ。君、僕のモノになりませんか?」


 ……ぇ?


 もしかして俺、口説かれてる?


「……ふ、ふざけんな!? リュージはあたしのだ!?」


 唖然としていると、腕の中の可愛い異世界ギャルが所有権を主張するかのように俺にしがみつく。嬉しい事言ってくれるじゃないか。


 そんなドネートを男は完全無視する。


「この通り僕はイケメンのお金持です。恋人は甘やかすタイプですよ。二層で稼ぐ三流冒険者には考えられないような贅沢をさせてあげましょう。テクニックにも自信があります。タチでもネコでもドンとこいです」


 誇るように言うと、男は長い眉毛を揺らしてウィンクした。


 ズゾゾゾと、鳥肌が立つ。同性愛に偏見はないが、いきなりそういうアプローチをされると流石に困る。


「……あー、気持ちは嬉しいんすけど、俺、ノンケなんで……」


 一応向こうは好意で言っているのだ。なんかいけ好かない感じはするが、丁重に断っておく。


「分かってませんね。この世にノンケの男なんて存在しません。あるのはただ、男を知る男と知らない男だけ。僕が君に男の素晴らしさを教えてあげましょう。男の快楽を知るのは男だけ。きっと病みつきになりますよ」


 ……やだ、この人怖い。


「ちょ、ドネート、た、助けて……」


 たじろぐと、ドネートが腕の中から飛び出して庇うように手を広げる。


「あたしのだって言ってるだろ!」


「うるさいですね。あなたは彼の彼女なんですか?」


「か、彼女!? ち、ちげーし! こいつはあたしの相棒なんだよ!」


「ならいいじゃないですか。仕事とプライベートは別でしょう? 僕は金獅子亭で仕事を受けています。あなたも冒険者の端くれならこの意味が分かりますね? バングウェルの冒険者の中でも数少ない五層で狩りが出来る冒険者という事です。心配しなくとも、二層で狩りをしているような三流冒険者を取ったりなんかしません。分かったら邪魔をしないでくれますか」


「き、金獅子亭の冒険者ぁ!?」


 スター選手みたいなものなのだろう。男の言葉にドネートは怯むが、なんとか踏ん張って耐える。


「そ、そういう問題じゃないし! 嫌がってるだろ!」


 頑張って庇ってくれているが、上級冒険者に対する気後れが声に滲んでいる。


「それがいいんじゃないですか。嫌がる相手を口説き落とすのも恋愛の醍醐味です。あなたみたいな小便臭いお子様には分からないでしょうけどね」


「う、うっせー! ち、チビってなんかねぇし!」


 真っ赤になってドネートが叫ぶ。


 ……うん。仕方ないよね。今日は怖い事いっぱいあったもんね。おじさんも何度かチビっちゃったよ。


「ていうか、いいんすか? なんかあの魔物、復活しそうっすけど……」


 いい加減気になって俺は言った。


 某大人気モンスター狩猟ゲームに出てくる金冠級みたいにデカい樹木製の大猪は今の所は横倒しになって地面から生えだした三本の石柱に縫い留められているが、奴の身体から伸びだした根や蔓に締め付けられて、石柱はひび割れ、今にも壊れそうな感じだ。


 ていうか、そもそもこのモンスターはなんなんだよ? 絶対お前がなんかヘマしてここに現れたんじゃね?


「人食い森の魔物の中でも森の魔猪フォレストボアは特にタフなので。魔核を砕かないと森の魔力を糧にしてすぐに再生します。四層の魔物の中では厄介な部類ですね」


 苦笑いで男が肩をすくめる。そうしている間にも森の魔猪は石柱を砕き、起き上がり始めていた。


 ……ぇ、こいつ四層の魔物なの? 五層じゃなくて? 嘘じゃん!?

 とか思いつつ俺は男に言う。


「いや、呑気に言ってる場合じゃないだろ!?」


「心配ありません。僕にも相棒がいましてね。やっと追いついてきました。がちゃがちゃ着こんでるせいで足が遅いんですよ。先行して足止めをしていたんです」


 男が森の奥に視線をやる。


 バケモノ猪が木々を生み出した四層行きの獣道。


 深淵を呑んだような深い闇の向こうから、銀色に輝く厳つい全身鎧が、がしゃんがしゃんと喧しい金属音を鳴らしながらこちらに突進している。


「……なんだありゃ!?」


 俺はその様子に唖然とする。意匠の凝った鎧はロボットめいた重装甲で、それだけで百キロ以上ありそうだ。加えて鎧の主は昭和のギャグマンガでしか見ないような巨大な大槌を肩に担いでいる。すかした魔術士は足が遅いと言っていたがとんでもない。それだけの重装備でありながら、鎧は俺の全力疾走と大差ない速度で走っている。


「うぉおおおおおおおおおおお!」


 稲妻型の一本角が生えたフルフェイスの兜の中から、雷鳴のような女の怒号が響き渡る。


「レーディング!」


 女が叫び、左手を斜め上に掲げる。女の魔力が鎧に注がれ、肉厚の手甲から無数の鎖がスパイダーパワーを宿したスーパーヒーローの放つ蜘蛛の糸みたいに伸びだして魔猪の頭上の木々に突き刺さった。


 女は跳躍すると同時に鎖を引き戻し、カタパルトから射出されたみたいに魔猪めがけてかっ飛んでいく。


「ガングーニル!」


 空中で女が大槌を振り上げる。白銀の百トンハンマーは女の手の中で溶けるように形を変え、先端が巨大な銛状になった三メートルはありそうな大槍に変化する。


「ぼぉおおおおおおおおお!」


 完全に体勢を立て直した魔猪が吠える。大地から森の魔力を吸い上げたかと思うと、地面から凄まじい勢いで木々が生えだし、密林の防壁を作り上げる。


「ムダムダムダァアアアア!」


 女はゲロ以下の匂いがプンプンする吸血鬼みたいな台詞を吐くと、右腕一本で大槍を投擲する。


 籠手と鎖で繋がった大槍は徹甲弾みたいな勢いで分厚い樹木の壁を貫通し、深々と大猪の脳天に突き刺さる。


 樹木で出来た魔物は痛がるそぶりも見せない。一方で女は槍と繋がった鎖を引き戻し、飛ぶようにして槍の方へと移動する。


 槍の刺さった大猪の頭部に着地すると、両手で大槍を握って大量の魔力を流した。


「これで終りだ!」


 魔物に刺さった槍を内側で変形させているのだろう。複雑に絡み合った硬い樹木を突き破り、内側から無数の鋭い棘が伸びだす。大猪は甲冑を着た悪魔を振り払おうと頭を振り回すが、爪状に変形した具足が食い込んでびくともしない。


 やがて、出鱈目に伸ばした針の一つが魔核を射貫いたのだろう。魔猪は膝を着き、大量の黒い塵の山になって滅んだ。後には、枯草色の芝生のような毛皮が一抱え残る。


「はっはっは! 四層の魔物如きが手間をかけさせるからこうなるんだ!」


 勝ち誇るように高笑いをあげると、女は槍を背負った。


 槍は磁石でくっつけたみたいに鎧の背面に固定され、某大人気狂戦士系漫画に出てくる鉄塊みたいなクソデカソードに変形した。

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