第24話 マニコイドは行間に死す
「リュージストラッシュ!」
逆手に構えた錆び錆びソードに魔力を流し、すれ違いざまに素早く振り抜く。剣の形をした鈍器は朽木に四肢を生やしたようなウッドマンの硬い樹皮をそれなりの切れ味で斬り裂いた。
流石に一撃で両断とはいかないが、マニコイド戦と同じように倒れるまで刻んでやるだけだ。程なくして、ウッドマンは節くれだった膝を着き、ぼろぼろと黒い塵に変わった。ドロップは青味がかったクルミに似た種子だ。
「いっちょ上がりっと」
ドロップをドネートに放る。
「ウッドマンの種じゃん! これ、レアドロップだよ! これだけで六百ストーン!」
「マジか! とりあえず利子の分はなんとかなりそうだな」
ホッとして胸を撫でおろす。
魔力による強化を覚えた俺だが、だらかと言って劇的に強くなったわけじゃない。あの後も、マニコイドを倒すのに苦労した。なにせ元が錆び錆びの剣だ。魔力で強化してやっと並の切れ味といった所だろう。
ウッドマンもそうが、植物系の魔物は血を流さず弱点となる臓器もない。やたらとタフで倒すのに苦労する。もし強化が使えなかったら撲殺する前に剣が駄目になっていたんじゃないだろうか。
一方で、元が植物なだけあって移動速度は遅い。遠距離から攻撃出来る破壊力のある魔術でも使えれば楽に倒せそうだ。
ともあれだ。楽勝とは言わないが、強化に目覚めたおかげで二層でもなんとか狩りは出来そうだ。
「うん……」
頷くと、ドネートは複雑な表情で俺を見つめた。
「どうかしたか?」
「……やっぱり加護持ちって凄いんだなって。あたしだって少しくらいは役に立てるかと思ってたけど、全然無理」
ウッドマンだった黒い塵に視線を向けてドネートが呟く。
どうやら落ち込んでいるらしい。
二人三脚と言いつつお荷物にしかなっていない状況が悔しいのだろう。一層の時点で分かっていた事だが、俺がマニコイドの攻撃を食らったせいでナーバスになっているらしい。
ドネートの魔物情報は役立っている。薄気味悪い人食い森だ。話相手がいるだけで心強い。俺はそう思うが、下手な励ましは余計に彼女を傷つけるだけだろう。
先の事を考えた時、自分が足手まといにしかならないのならこの関係は続かない。そんな風に不安に思っているのかもしれない。
「……加護がなくたって戦う事は出来るんじゃないか?」
それでも俺はどうにか彼女を励ましたくて無責任な言葉を口にする。
「……無理でしょ。それが出来たら、みんなやってるし」
想いだけは伝わったのか、ドネートは苦く笑う。
「わからないぜ。この世界の事はよく知らないけどさ、加護のない奴でも使える不思議な薬とか道具みたいなのがあるんじゃないか?」
ぶつけたら燃えるポーションとか、魔剣的な奴だ。こんな風に魔物を狩って魔力の宿った素材を売り買いしてるんだからあってもおかしくないと思うのだが。
「そりゃあるけど、そういうのって高いし、あたしなんかじゃ手が出ないよ」
「でもあるんだろ? 金で解決出来るなら二人で稼いで買えばいい。そうすればドネートだって戦えるようになる。あとはそうだな。魔物の事を教えてくれるだけでも俺は凄い助かるぜ。加護なんかなくても出来る事は幾らでもあるだろ」
口にしながら、俺は上手くドネートを励ませているか不安になる。伝え方を間違えれば、俺の言葉は持てる者の傲慢にしかならない。
「……リュージってさ、変な奴だよね」
そんな俺の心配を他所に、ドネートは呆れた顔で言った。
そりゃまぁ、ワナビニートの中年異世界人だからな。なんて茶化す事も出来たが、多分そういう場面じゃない。
「なにがだよ」
真面目に尋ねる。
「あたし達、出会ってまだ一日も経ってないんだよ? あたしはリュージの事利用しようとしてるだけなのに、なんでそんなに優しくしてくれるの?」
疑問に思うのは当然だ。ドネートからすれば、そこまでされるような義理はない。
「考えてみてくれよ。俺は異世界人なんだぜ? この世界の事は本当に何一つ分からないんだ。家族もいなけりゃ友達もいない。家もないし金もない。なんなら服すらなかった俺だ。そんな俺に、ドネートは声をかけてくれた。で、俺になかったものを全部くれたわけだ。家に服、洒落た髪型、食い物、話し相手、この世界の事を教えてくれて、金の稼ぎ方まで教えてくれた。利用してるって言うんなら、俺だってドネートの事を都合よく利用してる。お互い様だろ」
「……でも、リュージは別にあたしじゃなくてもいいじゃんか」
自分で言っておいてドネートは泣きそうな顔になる。
「まぁ、そう思うわな」
俺は苦い顔で肩をすくめる。
「こっちの世界に来るまでは、俺はドネートみたいな感じだったんだ。つまり、昨日まではって事だけど。一人で抱えるには大きすぎる夢以外、何一つ持ってない人間だった。だからまぁ、ドネートの気持ちは色々分かるような気でいる。不安とか、悔しさとか、色々さ。だから、なんだ。裏切りたくないと言うか、助けてやりたい言うか、いや、俺だって助けて貰ってるわけだし、偉そうな事を言いたいわけじゃないんけど……」
作家のくせに上手く言葉に出来ない。パソコンを前にたっぷり時間を用意して、何度も消したり書いたりさせてくれれば上手い言葉を見つけてみせるんだが。
「あたしに同情してるって事」
複雑な表情でドネートは言う。
「……違うとは言い切れないけど、でもやっぱ、同情とは違うと思う。多分分からないと思うけど、俺にとってドネートを助ける事は、俺自身を助ける事に繋がる……みたいな……」
俺の中では筋が通っているんだが、他人に理解させるのは難しい感覚だ。
「全然わかんない。でも、いいや。つまり、リュージはあたしを見捨てないって事でしょ?」
「そうだな。そこだけは確かだ。俺はドネートを見捨てない。ドネートも俺を見捨てないだろ?」
「見捨てるわけないじゃん。こんな都合の良い相手」
「お互いにな」
ニヤリと笑うと、ドネートの表情も幾分和らぐ。
胸のもやもやを吐き出すように溜息をつくと、ドネートは言った。
「うん。リュージの言う通りかも。加護がなくても出来る事、探してみるよ。魔物の勉強とかさ。お金かかるけど、出してくれるんでしょ?」
「俺は出さないぞ。二人で稼いで半分こだ。そっから好きに使えばいいだろ」
「え。半分もくれるの?」
びっくりしたようにドネートが言う。
「そのつもりだったんが、違ったのか?」
「だってあたし、見てるだけだし、多くても二割くらいかなって」
「めっちゃ謙虚じゃん。最初に出会ったドSギャルはどこ行っちまったんだよ」
「し、仕方ないじゃん! あの時はリュージがどんな奴かわかんなかったし、全裸の変質者とか普通に怖いし、舐められないように必死だったし!」
ドネートが赤くなる。実に萌えだ。
恥ずかしがる異世界ギャルを微笑ましく眺めていると俺の腹が鳴った。普段の俺は一日一食――家から一歩も出ないニート作家の消費カロリーではこれで十分だ――なんだが、これだけ動き回ると流石に腹が減るらしい。
「そろそろ帰ろっか」
「いいのか? 俺はまだ動けるけど」
「利息の分は稼いだしね。二層で稼げるって分かっただけで充分っしょ。沢山食べて早く寝て、明日頑張ればいーし」
「それもそうだな」
貧乏性の俺である。異世界ギャルと一緒に汗水垂らして稼いだ金を利息で持っていかれるのは悔しいが、粘った所で一日で返すのは無理だろう。ドネートの前では見栄を張ったが、正直朝から動き回ってくたくただ。強化で魔力を使うからなのか、二層の魔物との戦闘も結構疲れる。この辺りが潮時だろう。
「そんじゃま、帰りますか……か……」
背中が泡立ち、俺は森の奥に視線を向ける。
「どうしたの?」
「……わかんねぇけど、やべぇのが来る! 逃げるぞ!」
「え? どういう――」
「いいから走れ!」
俺の剣幕に圧されドネートが駆けだす。
背後を気にしつつ、俺もドネートの後ろを走った。
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